第9眼 この熱の名を教えて下さい。 の1つ目
本日一話分更新。
サブタイトルの雰囲気がちょっと違うのは仕様です。
ロウも護衛達も皆出遅れてそのまま足並みが揃わなかったが、その他の事は気にしない。キーロの声が聞こえる位置をキープする事だけを考えて後ろをついて行った。
「詳しく聞かせて貰える?」
「少々、聞き苦しい言葉になるかもしれないですが」
「良いよ良いよ。」
「では。そうですね…そこの、ロウが言っていた通り、昔は…と言っても、ほんの4・5年前までの話なのですけど。」
■■■
それまでは、素敵な笑顔を振りまく、それはそれは可愛い妹、だったんですよ。私の事を姉と呼び慕い、ついてきてくれていた事を除いても。
そうですね。天使と並べても引けを取らない、と。本心から、そう、思っておりました。
整った顔は今も変わりません。…が、それだけ、あの頃と今の表情の違いを見せられるたびに…あの子の、顔を、取り外して、もう二度と見なくて済むようにできないかと考えてしまいます。
あの子の素敵な笑顔の記憶が、下卑た声と表情の記憶に、どんどんと上書きされて行く毎に、なんというか、憤り過ぎて、食事すら戻してしまいそうで。
…顔を他人に見せられないように醜い傷をつけてしまえば、それ以降一生顔を見ず過ごせないかなと、二度ほど計画を立てた事もありました。
勿論、腐っても、妹は妹。実際に行うつもり等はありませんでしたけれど。
■■■
先程までのキーロからは想像もできない程暗く、しかし途切れる事無くしっかりと届く低い声が続いていた。
滝のように流暢な言葉がするする出てくる様は、演劇の決められたワンシーンでも見ているかのように途切れる事もなく続いたが、ここでようやく一呼吸を置いた。
先程のロウの話を聞いて何を思っていたのか、赤裸々な懺悔大会のような様相になりつつある。こんなつもりではなかったが、やはり聞いておきたくなった。
多分この話は、聞いておいた方が良い。この国をどうするか判断する際に必要になりそうな、そんな気がしてきたからだ。
そして合いの手を待たずに、彼女の独白は静かに再開する。
その頃には護衛も定位置に戻って居たが、語りながら歩くキーロの歩みは遅く、それを気にしながら何度も振り返りムースは、明らかに顔色が優れなかった。
『これは、聞いてはいけない話。聞かなかった事にしなければならない話。できればこれ以上、聞きたくない話。』
そう判断した他の全員は、顔をそらしてただ話が終わるのを待っているかの様でもある。
■■■
5年程前の話ですが…父は、今でこそ問題なく国王の責務を全うして…いえ?そうですね。一応、国王の席にお戻りになられておりますが。その頃、長く病床に伏していた時期があります。
あの時からですね。アレが、ああなったのは。
兄も、そして私も、毎日忙しくしておりました。
まだ父の仕事を代わりにする等とても現実的ではありませんでしたが、それでも少しでも父の負担を軽くし…最悪、いつその時が来ても、国王の責務に怯えずに国を動かせるように、自分がその役になっても、決して泣き言は言わないように、と。
ただ一番小さなミドリーだけは、そういった事を学ぶにはひどく幼く、読み書きの基本すらまだ終わっていなかった事もあり、一人離れで基礎勉学をさせられていました。
その為…暫くの間、顔をほとんど見ない毎日が続きました。
父の回復の兆しを聞き、時間にも心にも少し余裕が出た頃です。私はその事実に気がつき愕然としたのを覚えています。
まだ、今ほどではありませんでしたが…それでも衝撃は凄まじいものでした。
自分のわがままの後に続けて、「王族の命令だ」とつければ、誰も逆らわない。
金を出せば、寄って来ない人間は居ない。
平民も貴族も、給仕も他の王候補も、…私や、兄様すら。皆自分よりも頭の悪い下等な生き物だ、と、そう、何に憚られる事もなく言うのです。
ああ、そうそう。自分が強く言えば、父と母以外は何も言えない、と口に出して言ったのをはっきり聞いた事もありました。
そして徐々に、人の努力を笑い、壊し、時には自分の手柄であるかのように声を上げて掠め取ったり、買い叩いたり、そんな遊びをはじめました。
…10にも満たない子供が、ですよ?
子供が、たった独りで、誰から知識を得るわけでもなく、急に変わったにしては些か劇的過ぎる変化だとは、わかっています。おかしいなんて事は、誰にだって一目瞭然でした。
それでも、私は、殊更あの子に触れるような事は、しませんでした。怖かったんです。自分に、言い聞かせていました。しばらく様子を見ていれば、そのうち元に戻るかもしれないと。
当時話す機会が減っていたのを良い事に、そのまま遠巻きに様子を見ていました。
もしかしたら家族と触れ合う時間が少なくなった寂しさを持て余しているのかもしれない。
私だけではなく、誰もミドリーにかまってあげられる時間がなかった。そんな日々のせいであの子の心は荒れているだけかもしれない。
暫く甘えて欲が満たされたなら、全て元通りにはならなくても、きっとまた私の後を追いかけてくれていた、あの頃のミドリーと同じ、明るい笑顔に戻るかもしれない…と。
その頃から、以前よりよく母に甘える姿を見かけるようになったと言うのも、その理由の一つかもしれません。
姉の未熟な私より、母であるあの人の方が、より容易く、上手く、あの子を満たしてあげられるはずだからと。
…気がつけばあの頃、いえ…本当はその前からかもしれません。母もミドリーに負けず劣らず、理解できないモノになって居たのですが。
私達三人…兄と私とミドリーに対しては、変わらず優しい母であったので、ミドリー程大きな違和感があったわけではないのです。
でも、あの頃から母は、私達が私達以外の王族との関係を持つ事をそれまで以上に嫌い、遠ざけました。
父も、そんな母の言葉を素直に受けました。
一番父の代わりらしい責務を負っていた母は、父が戻ってからも父の代わりをする事が多々あり、気付けば今に至ります。
今では、母が王より王らしいと影で笑われる事もある程です。
■■■
「…いえ、すみません。ミドリーの話のはずが…。」
母親の話題に変わった途端に声のトーンが落ち、いつのまにか失速していた。
そして言葉と同時に、彼女の足も止まる。
最後の十字路を左に曲がり、まだ遠くに見える大きな扉の前には、四人の人間が立っているのがわかった。
銀色に輝く金属鎧に長い柄の武器。扉の番をする兵ですよ、と遠くからでも察しがつく者が二人。更に左右に一人ずつ。それぞれ白と、黒の装飾が付けられた前方が開いたローブのような衣服をメインにしながら、どちらも銀のプレートを更にその下に着込んだ者が立っていた。
キーロが口にしたわけではないが…あまり近づくと彼らに声が聞こえてしまうから、ここで立ち止まってくれたのかもしれない。
「可愛かったんだね。小さい頃のミドリーちゃんは、さ。」
「はい。それは、もう。」
にっこりと笑って振り返る彼女だが、もう先程までのように流暢に話し始めたりはしなかった。
代わりに、一拍二泊の息を呑む間を置いたあと、真剣な眼差しに震える声を添えた。
「勇者様、アイ様。どうぞ、ここからお逃げ下さい。この城から。この国から。」