第41眼 貴女の武器を買って下さい! の2つ目
「て、てめぇ!!大人をおちょくってんのか!?」
「いやそんなつもりないけど…」
「ちょっと来なさい!」
ムースに手を引かれ、狭い店内の中で店主から最大限の距離を取る。
たった数歩で到着した店の端で、更に私を端においやりながら肩をホールドされる。
「自分が何言ったかわかってるんですか!?」
「何って…?」
小声で叫ぶ…と言っても、こんだけ狭い店内ならその声量でも間違いなく聞こえてると思う。意味が無いと思うんだけど…。
「どういう意味かわかってんのかって聞いてるんですよ!」
「意味って、そのまんまの意味だけど…」
「この状況で身体検査しろって言ったらどうぞ体触らせてあげますから見逃して下さいって言ってるようなもんなんですよ!!」
「えええええ!?」
なんだそのとんでも解釈!?
いや、一部の下種はそう言う事考えても不思議じゃないけどさ?お前どういう思考回路してんだよ。
「ああ、ああ。わかりましたわかりました。アイ様はあれですよね?自分の性別をうっかり忘れてたんですよね?良いですかーアイ様?人間には性別って物があるんですよぉ?普段あんまり使わないから忘れてるのかもしれないですけど一応貴女は生物学上で言えば例え腐っても女性なんですよ?もう忘れないで下さいね?うふふふ。」
「いや一時たりとも忘れた事はねぇよ。」
そんなうっかりねーよ。あと腐ってもいねーよ。腐りかけだとしてもギリ消費期限内だバカヤロウ。
「じゃあなんでああいう事軽々と言っちゃうんですかあああ!!アホですか!?アホなんですか!?」
「いやでも…持ってないもん持ってるだろって言われたらしょーがないじゃん…」
「しょーがなくないですよお!こういう時こそその頭の使い所でしょうが!!」
お前に言われたくない。
「…あ!って言うかそもそもあれだよほら、何も店主じゃなくても、ムースがやれば良いだけの話だし。」
「アンタそれ今思いついたでしょ!?って言うかそもそも一緒に来た私だって共犯扱いに決まってるでしょうが!意味ないですよ!それともなんですか!?アレの見てる前で裸にでもなるつもりですか!?」
「…それもやむなし?」
『1億するかもしれない商品をわざと壊した』なんて言う恐ろしい誤解で衛兵とかに突き出されて前科者になるのは御免蒙る。
…それで許して貰える程自分に価値があるとは思ってないけど、誤解が解消できて話を聞いて貰える状況になるって言うなら…むしろこの程度安い気がする。別に見せた所で減るもんでもないし。
「何もやむなくないですよ!見せたいんですか痴女ですか!?」
「違うよ!けどさぁ…」
「あああああもうなんでこんな時ばっかりしおらしいんですからしくない!!一国の主にはあれだけ啖呵切ってたくせに…」
「いやだって、あの時とは全然状況が違うし!あれはあっちが100悪かったから怒ったけど、今回は寧ろ私が100悪い気がするって言うか…」
「え…?」
「…何さ。」
「…………100悪いって何ですか?やっぱりアイ様が何かしたんですか?」
「何もしてないって!ただ触ったらこうなった…」
「…何もしてないなら100って事は無くないですか?」
「100は100だよ、おっさんは何も悪くないんだから私が全部でしょ…」
「………つまり、それって…罪悪感?」
「……そうとも言える?多分。」
「…………持ってたんですか、そんな常識…」
「どういう意味だこら。」
「いや、その…アイ様もちゃんと人なんだなって初めて実感できたというか。」
「もっとどういう意味だこら。」
おっさんと言った所でおっさんに睨まれる。どうやらまだお兄さんと呼ばれたい年頃らしい。
って言うかやっぱり聞こえてるし。
過失とは言え、1億の値がつくかもしれない商品を(恐らく)私が壊してしまったんだ。罪悪感と言うか…多分、恐い。首筋が寒い。手に力が入らない。歯が浮いているかのうようだ。現実感がまるで無い。
つーかアオモリへの道中で散々私が人だと勘違いするように話してたのに、結局あんまり意味なかった感じなのか。むなしくなるな…。
ずっと掴んでいた私の肩から腕を撫で、そのまま手を握られる。
…暖かい。
私の手や顔をまじまじと見ている。…何を考えているんだろう、と思っていたら頭に抱き着かれた。胸鎧に勢いよく当たりなかなかに良い音がする。痛くはないけど、恐らく人だった頃は痛かっただろうと思う。私は攻撃されたのだろうか?
そしてムースは素早く脱ぎ始めってえ!?
「お前が脱ぐんかい!!」
私のツッコミを華麗にスルーしつつ、胴の鎧だけを取り外してその辺に雑に落とす。再び抱えられた頭は、今度は堅い壁にあたる事も無く柔らかい胸の谷間に到着し、そのまま沈む。
手の時と同じ、柔らかさと、温かさ。さらに上から押し付けるように、頭を撫でられた。
「へ?こえはわーひはないをさえていうんでひょーが?おっふぁいれふは?ひょゆーぃまんめふは。」
「胸と会話しないでください、ちょっとのあいだ位黙れないんですか…」
「ふん…」
私だって好きでおっぱいとお話をしたいわけではない。
「アイ様。落ち着いて下さい。私は味方です。どうか、落ち着いて…。」
なんとも頼りない味方である。
…まあ、居ないよりは良いか?
って言うか本当にこの状況なんなのって話だし。お前は何か、私の姉か何かなのか?
「…少しは落ち着きましたか?」
いや。別に私は暴走とかしてたわけではないのでやめて欲しい。
と言うか冷静になって欲しいのはこっちだ。私には見えないけどおっさんがこの光景の一部始終を見てるんですけど?大丈夫?後で恥ずかしくて死にたくなったりしない?
…ああ、でも。血が逃げたように感じていたあの寒さだけは、多少マシになった…かもしれない。
相変わらずまともに話せそうもなかったのでそのままの姿勢で頷くと、開放された。
「もういい加減いいだろ?」
「あ、はい!?いいえ、すみませんもう少しだけ!」
「っ…」
律儀に待つのか。良いおっさんだ。いや、良いオニイサンだ。
「改めて聞きますが…私には、本当の事を話して下さい。本当に、何もしてないんですね?」
「してないよ、ミリアンちゃんに誓って。」
「…わかりました。剣、少し触らせてもらいますよ。」
そう言って手を伸ばすムース。だが、一瞬触れて直ぐに手を離してしまった。
多分、だけど…
「もしかして、さっきよりかなり、重くなってる?」
「…そのようですね。」
表面に虹を飼っていた聖剣はその姿を漆黒に変えたが、変化はそれだけではない。
重量が異様に増えた気がする。驚くような変化と言えばこれについてだろうとは思ったが…刃に触れたムースは、あの一瞬でそれに気が付いたらしい。
「だいたいわかりました。」
「早っ!ほんと!?どうなってんのこれ!」
「長くなるので後で話してあげますよ。わざとではないというのも、信じられない話ですが、多分本当なのでしょうね…それより今は。」
店主を見てから、更に声のボリュームを落として言った。
「ここを切り抜ける方法についてですが…アイ様、あなたが犯罪者になる事はありません。この国の法の最高責任者が誰かわかりますか?」
「いや知らん。王様?」
「ヤタであるハク様です。」
「はぁ!?」
ハク!?王様を差し置いてそんな権限を持って居るという事も驚きだが、それよりあのイカレた変態女にそんな権力持たせて本当に大丈夫なのかこの国…
「大きな声を出さないでください…!」
「すまん。」
「で、今回の話がハク様に行けば、無罪放免にしていただけるのは確実でしょう。色々面倒はあるでしょうが、心配はいりませんよ。」
「そうか…」
「そこで一つ提案なのですが…アイ様、貴女が勇者である事を明かして、この剣は接収した事にするのはどうでしょう?」
「…接収?」
「勇者法をハク様が…って言っても、伝わりませんか。」
「何それ。」
「勇者に必要な金銭や物品を要求された時、替えが効かない物を除き全て差し出す事を強要する法律…勇者法と呼ばれる悪法がその昔あったんです。ヤタ様は今、それを復活させようとなさっているんです。」
ああ、知ってるー。それよくあるゲームの勇者だー。
私も村人宅のタンスとかタル見つけたら必ず一度漁ってみる。
って言うか今サラっと悪法を復活させるとか言ってたなオイ。
でも成程。村人の者は勇者の物、勇者の者は勇者の物。この国の全てを私に…って言ってたのはそこから来る発想だったのか。
でも…
「…嫌だ。それだとあのおっさんに迷惑かけるじゃん。」
「恐らく全額分相当かそれに近い金銭を国から補填するはずです。少し面倒な手続きがある位です、心配いりませんよ。と言うか、そもそもあの剣はツガルからの委託販売と言っていましたよね。であれば少なくとも今現在は国の財という名目になっているかと思います。そちらに話を通せば一発ですよ。彼にとっても肩透かしにはなるでしょうが、損ではないはずです。」
「むう…でも、やっぱ嫌だ。」
成程、確かに。損はさせないというのは本当だろう。
しかし、それだと私は、勇者である事を理由に罪を逃れる事になる。
可能ではあっても、いい方法ではないだろう。少なくともおっさんには嫌な気分をさせる事間違いなしだ。私と関わったばかりに儲け話が不意になるんだから。
勇者である事を話すのは、別に嫌ではない。
しかし、勇者としての特権を振りかざす行為に何の引け目も無いわけでもない。
「じゃあ他に方法がって聞きたい所ですが…いつもの顔に戻ってますね。」
「は?いつもこの顔ですが何か?」
「らしいですよ、そっちの方が。」
「どういう事だよ…なあ、オニイサン。」
腕を組んでずっと待っていてくれた店主。
別にそう老けた顔をしているわけでもない、オニイサンと呼んでやるくらいは良いだろう。
「終わったか。で?話は聞かせて貰えるんだろうな?」
「ああ、でもその前に。」
「あ?」
「大事な商品を壊してしまってごめんなさい。」
「……それで終わりか?」
「いいや。弁償ではないけど、この剣は買い取らせて貰う。」
空間をくりぬいたような、闇の塊。
光の侵入角度によってどこかの面が白んだりするのは、どんな物質でも大抵起こる現象だろう。
しかし。この剣は違う。面が、光を一切反射しない。ただ黒い。
重さと、見た目。この二つは大きく変わっているが…実はもう一つ変わった事がある。
いや、変わった事と言えば変わった事ではあるが…この剣、なんだかすごく右手に馴染む。
触れた瞬間は『剣の中に落ちていく』ような奇妙な感覚を味わった気がしたが、特に何もない。
だが、あの時感じた不安とは真逆の安心感を握ったこの手から感じる。
私は多分、この剣を手放したくないんだ。
「ほう?買い取るって、いったい幾らで?」
「値段はアンタが決めるんだ。」
「アイ様!?」
驚きの声を上げるムースを制止する。
この値段交渉は私にやらせて欲しい。
「なら勿論1億だな。」
「そうか…所でさ、一つ情報が不足してると思うんだよ。」
「情報?この期に及んで、何がどう足りないって。」
「1億ってのはさっきの話からすると元の持ち主の情報を鑑みた値段だ。だよね?」
「そうだな。」
「じゃあ、逆も然り…これから誰に売ってこの剣が誰の所有物になって…って言う情報一つでも値段が変わる可能性はある…って解釈もできるよね?」
「…一理あるな。が、だからどうした?お前さんの名前を聞けば、こっちが値下げしたくてたまらなくなるってか?」
「勇者だ。」
「「…は?」」
「私はアイ。この国に、つい数日前召喚された勇者だよ。」
「な!?」
「結局言うんですか!!」
結局言いましたが何か?
さあ、ここからが本番だ!