第41眼 貴女の武器を買って下さい! の1つ目
学校の授業で英語に触れ始めた頃、とある単語に疑問を持ち始めた事を、私は覚えている。
奇術師。そう、奇術師だ。
魔法と見紛うような奇術を扱う者達を、誰が呼んだか、魔法使いと同じその名で表し始めた。
とは言え、誰しもが知っている。わかっている。奇術師に、魔法は、使えないのだと言う現実を。
彼らは時にタネを、時に仕掛けを仕込み、奇跡や魔法にしか見えない不可思議な技術でもって、見る者を楽しませる、ただのエンターテイナーでしかない。奇術師は魔法使いたり得ない。
…しかし、私は逆にこうも考える。
魔法のない世界でさえ、ただの技術だけで魔法のような光景を生み出せるのが人間だ。
もし。もしも魔法が使える異世界で、魔法と技術の粋を集めて行う魔法による奇術…そんな物がもし実現したら?いったいどれだけの人々を魅了する奇跡を起こせるのだろう。
魔法のある世界。そう、このセステレスには、きっと私の知らないだけで、私をあっと驚かせる魔法のような出来事が、予想もできない不思議な出来事がいくら起こってもおかしくないのだ。誰かが私を驚かせる為に、私の想像もできないようなタネや仕掛けでもって、私の感知できない超技術でもってサプライズを計略したとしても、良い。私はその全てを受け入れる所存だ。
あーびっくりした。驚いた驚いた、腰ぬかすかと思った。不思議な事もあるもんだ、おったまげたよ。一生分とは言わなくても、一年分くらいの驚きはあったね。いやー、人生においてもここまでの驚愕はなかなかないよ、うんうん。少なくともこの世界に来てからは一番驚いたと思うね。驚嘆と言っても良い。もしかしたらこれ以上の驚きはもうこの世界じゃ味わえないかもしれないなあ。
さて、そういう事で。奇術師さんへ。もう良いんじゃないでしょうか。私はとっても驚きました。
なのでここらで、私の手から一瞬で消した聖剣を返していただく事は可能でしょうか?
そろそろ泣きそうです。
目に見える殆ど全ての顔がこちら向いていた。
音源の大まかな方向がわかっても、それが何処の何から発せられた物なのかをはっきりっと見ていた者は少ないのだろう。音を追って目を向けても原因となるような物は見つからない。ただ真っ黒い剣を握りしめた放心のアホ面を曝して突っ立っている女と、それを悲愴のアホ面で見つめる女、そして更にそれを驚愕のアホ面で見守る男が居るだけなのだ。
静寂…と呼ぶには少々騒がしすぎる沈黙。
「ドラゴンか!?」と最初に声を上げたのははす向かいで閉店準備中だった店から剣を持ってドカドカと飛び出して来たガタイの良い見た目40前後の男店主。
飛び出して来たガタイの良い男店主に視線が移る中三拍四拍間をおいてようやく彼を止めに動いたのは、通行人の中で最も私に近くにおり音の原因がドラゴンではないと知る数少ない青年だった。
止める青年に耳を貸さず「家族を守る!」とか「男の仕事だ!」と言って大きな剣を構えるガタイの良い男。
遠方に見えていた人々は目に見える問題が無い事を確認して安心したのか少しずつゆっくりと動き始めた。
うそだ…そんな…ばかな…、と震えながらうわ言のようにつぶやくムース。
大きな音と声に隠れて、微かに話声が聞こえ始める。
何も見つからずに困惑していた所へようやく青年の声が届いたらしく、ガタイの良い男は話をしながらこちらをちらちらと伺うように見ている。
何かが倒れたような大きな音と振動。
間も無く武器屋の隣の建物のドアを力の限り開けたおばあさんが乱れた服も直さずに「ドラゴンガー!ドラゴンガー!」と叫びながら杖を振り回して現れる。
数秒呆気に取られていた青年が暴走するおばあさんの元へ、次いで持っていた武器を店に戻し青年の後を追う壮年の男も加わり二人で宥め始める。
どこかで瓶が割れるような音が二つ。
「何?」「ドラゴン?」「どこ?」。次第に大きくなっていく通りすがりや建物から出て来た人々の声。
冒険者パーティー風の3人が街の入り口側から来て空を見上げている。
杖で殴られながらも止める男二人と「ハナシテー!ドラゴンガー!!」と逆に声を大きくするおばあさん。
音を頼りにたどり着いたらしい野次馬が着いては通り過ぎ着いては戻りと人の往来を加速させる。
3人パーティーはばらばらに聞き込みをはじめ、目つきの鋭い男が声を荒げるおばあさんに近づく。
漆黒の聖剣に恐る恐る顔をよせ難しい表情を作る店主。
「ドラゴンの姿を見た者は居るか!?」と壁側から到着した全身鎧の兵士らしき女性が開口一番に叫ぶ。
ついにムースが膝から崩れ落ちる。
女兵士の二度目の呼びかけと同時に十数秒遅れて到着する数人の兵士たちが近くの人を捕まえて話を聞き始める。
三度目の女兵士の声にようやく気が付いたガタイの良い男は彼女の元へと駆け出す。
青年を突き飛ばし解放されたおばあさん。
おばあさんと二言三言言葉を交わし他二人と合流した三人パーティーは魔法を唱えて空を見上げながら走り出す。
走り出した三人パーティーを止めようと青年が後を追いかける。
自由になったおばあさんはついに言葉にならない叫び声を発して杖を振り回し始める。
こちらへ向かってきていた女兵士と接触したガタイの良い男が話を始める。
直ぐに戻って来た青年と走って来た兵士の一人がおばあさんから杖を取り上げ壁に押さえつける。
壁側から到着した5人組の別パーティーの一人が兵士を捕まえて乱暴に話を聞く。
ガタイの良い男に連れられて近付いて来る女兵士。
この瞬間までその場を一歩も動いていなかったほぼ全てを最初から近くで見ていたであろう高齢男性が女兵士を避けるように素知らぬ顔で歩き始める。
到着した女兵士に質問され「ドラゴンが!私見たのよ!ほんとよ!」と繰り返すおばあさん。
おばあさんを押さえつけていた兵士が倒れているムースに大丈夫ですかと声をかける。
呻き続けるムース。
兵士の訝し気な視線を問題ないですと軽くあしらう店主。
女兵士の近くで小声で話すガタイの良い男と青年。
詳しい話を聞かせて下さいと言っておばあさんを連行するよう指示を出した女兵士。
連れて行かれるおばあさん。
野次馬や兵士たちに何度も頭を下げながら徐々に閉店中の店に戻っていくガタイの良い男。
地に手をついていたムースを起き上がらせて店内へと連れて行く店主。
おばあさんが遠くなるまで待ってから同じ方向へ歩き始めた青年。
目が合い三度頷き合う店に入る直前のガタイの良い男と去り際の青年。
壁側から街の入り口方向へ駆けていく冒険者風の男女。
私の手首が店主に掴まれて店の中へと連れこまれる。
閉まる扉。
カウンター横の地べたに、やはりくずおれたままのムースが居た。
店の扉が閉まると、微かに外の音が聞こえる程度になる。
外界と隔たれた事で訪れた静けさは、それゆえ外がどれだけ声なき声であふれていたかを改めて伝えて来る。
締め切ったドアの隙間からくぐもった声が環境音に成り下がって聞こえて来る。
周りが静かになったせいで、ムースのつぶやきが先程よりも良く聞こえて来た。
「で、説明して貰えるんだろうな?お前は」
「何したんですかアンタはああああ!!!」
店主の横を瞬時にすり抜けて私につかみかかってきたムース。
やめて下さい。前後に揺らさないで下さい。そして何が起こったのか知りたいのは私の方です。
「…何って」
「いったい何をどうやったら聖剣がそんな黒くてわけのわからない物になるかって聞いてんですよお!!なんですかこれ!この禍々しい色!これじゃ聖剣どころかもう魔剣じゃないですか!!!」
「…聖剣も魔剣もあんま変わんなくない?」
「どこがですかあああ!!!どっからどう見ても全くの別物ですよぉ!!!って言うか私は聖剣が欲しかったんですよぉおおお、おおお、おおおおお…」
聖剣だろうが魔剣だろうが、どっちにしても超スゴイ剣なわけじゃん?…いや、聖剣は悪しき物しか切れないイメージだけど、魔剣はなんでも切れるんじゃないだろうか。なら寧ろグレードアップな気がする。
だいたいこれ、聖剣じゃないし…自分でレプリカって言ってたじゃん…
「私はただ、握っただけ、だけど…」
「握っただけで黒くなる剣が何処にありますか!!!」
「…ここに?」
「キィイイイイイエエエ!!!!」
私だってわからないんだから質問ばかりしないで欲しい。そしてもう一度言うが揺らさないで欲しい…
「俺はいつまでその茶番を眺めてれば良いんだ?出すなら早く出せ。持ってるんだろ?」
「…出せって、何を?」
「魔石だよ魔石!認めて直ぐに渡すんなら…まだ今なら、穏便に済ませてやらん事も無い。」
「そんなの、持ってないけど…」
「魔石も無しにこんな事できるわけねぇだろ!はぁ…あくまでしらきる気か?良いんだぞ俺は。今からそのドアもう一回開けて、さっきの騒ぎはこいつらの仕業だって大声で叫んでやろうか!?一から十まで全部話してなぁ!」
「ほんとに持ってないんだって…なんなら身体検査でもする?」
「「……はあ!!??」」