第40眼 その剣に触らないで下さぁい!!!!!! の2つ目
「んな事も知らねぇのか!?」と男は驚いているが、気にしない。知るはずがない。まあインパクトもでかいから、忘れる事も無いだろうが。
「で?壁からの委託販売ってどういう事よ。」
「たまーにあるんだよ。依頼の品を販売代行、売れればそのうち何割かってね。」
「…壁の兵隊さんって事は、国とか領からの依頼って事だよね?…こんな小さい店に?なんで?」
「大きい小さいは関係ねえだろ!」
「いや、関係あるって。他のもっと人が多い店の方が安心して任せられるじゃん。」
小ささもそうだが、見る限り店は店主一人。他に雇っている人間が居たとしてもそう多くないだろう。セキュリティとかもあるだろうし。それに、そもそも信頼とかは…まあ、10年以上やってる店ならそれはそこそこ、実績ある店って扱いにはなるのか?
「ああ言えばこう言うなぁ…」
「普通の事言ってるつもりだけど…」
「普通の店じゃあ委託販売なんて殆ど受けねぇんだよ。だから第一ツガルのは全部じゃあないが、まあだいたいウチに来る。」
「…受けないってなんで?」
「武器屋が自分所以外の武器なんて普通置かねぇだろうが…」
「…おお!?」
言われてみれば、そうなの…か?
いや、でも、他ブランドの商品を売るのは普通な気がするけど…地球的な考えなのかな?
それとも生産販売を一人で担う個人事業だとそうなるのか?それもまたちょっと違う気はするけど。
しかし全く理解できないわけではない。刀鍛冶の店に入ってみれば、なんと店内には別の有名な刀匠の名刀がズラリと並んでおりました…なんて超絶違和感しかない。武器屋なんだから同じ部類のはずなんだけど、何故か刀に置き換えるとすんなり腑に落ちる不思議。
腕に自信がありプライドが高い人間程、委託販売なんて受けないだろう。
「じゃあなんでこの店では請け負うの?」
「作って売るより楽に稼げるからに決まってるだろう?」
「なるほど。」
うん、シンプルで真理。賢い選択だと思うよ。
武器屋のプライドについて考えた後だとすごく微妙な気持ちになるけどね!
「どうだ、これで納得だろ。」
「一応、一部分は。」
「まだなんかあんのか!?」
「だからその紙の注意書きだって!滅茶苦茶怪しい、騙す気満々の責任逃れ文章にしか見えないんだけど?」
「「………?」」
私以外の二人は全くわからないという顔をしている。
「親切な注意書きだと思いますが…?」
「勘違いしないように書いたつもりだが…?」
「「騙す気ならこんなの書かない」だろ?」「ですよね?」
「………………。」
まさか…本当に、善意100%の文章のつもりで書かれてるのか!!??
OH、異世界コミュニケーション!!!!!!
「…ごめん、ちょっと警戒しすぎてたかも…」
多勢に無勢。冷静さを取り戻しつつあるムースでもやはり親切な注意書きだと感じたというのだ。なら、この世界の常識はこの二人の側なのかもしれない。
確かに注意書き文章を改めて読んでみると、人をだます為には不要な文章だと思う。これを端に小さく書いてある事にはやはり悪意を感じるが…それでも、「騙す気ならこんなの書かない」と言われれば確かにそうだ。日本でこの類の文章を良く見るのは、訴えられた時に「でもここにちゃんと書いてたじゃないですかー」と法の目をかいくぐる為の予防線。逃げの常套句を後ろ暗い所も後ろ明るい所もテンプレ化して使っているからに他ならない。そう言った日本の常識や法律に縛られずに考え、その上でまともな人間を本気で騙そうと思ったならば…書かないだろうこんな怪しい文章。
この国の法律を確認したわけではないが、日本と全く同じって事はまず無かろう。必要無い文章なのにあえて記載している…つまり二人の言う、「普通は書かない」と意見は正しい、のかもしれない。
結論。この文章は善意で書かれている可能性が確かにある。…物凄く釈然としないけど。
自分が間違ったと理解したなら素直に、そして即座に謝るべきだ。
まあ、もしこの二人の常識がおかしいと後から判明したら、勿論改めてブチ切れるけどね?
「わかってくれたなら別に良い…パーティーの事なら他人事じゃ居られねぇだろうしな。ま、早とちりはこれっきりにしてくれ。一回許すのは特別、コイツのツレだからだ。次があれば営業妨害って事でケジメつけて貰うからな?」
「気を付けるよ。で、鍵が云々って話してたけど、開けてくれないの?」
「少しくらい反省した顔しねぇか普通…」
「え?特別に許して貰えたらしいので、もう良いかなと。」
「…変な奴ってよく言われるだろ。」
「ここに来てからは特にね。」
「…鍵は、半分他所に預けてんだよ。」
「預けるって、何処に?」
鍵預かり屋みたいなのがあるんだろうか。
「近く知り合いの店。」
「はぁ!?セキュリティやばくない!?」
「何がだよ。」
鍵を他人に預けるってどういう神経してるんだコイツ…と思ったけど、たった今自分の常識に疑問を抱いたばかり。落ち着け落ち着け。何よりムースが普通の顔をして聞いていらっしゃる…セステレス的には普通の事なのかもしれない。
そして何気に、「やばくない!?」と言う日本語がほぼ思った通りに変換されて伝わったっぽい反応も驚きだ。
「そう言えば、ここでは良くやってましたよね。魔道具で呼び出すんでしたっけ?」
「お前…人ん家の防犯べらべら喋ってんじゃねぇぞ…」
「あああすみません!」
「まあそこは問題ない所だから良いけどよぉ…それ以上話したら出禁にすっからな!ったく、相変わらず…」
ムースは相変わらずのお馬鹿と言う事なのか。ご苦労様です。
「あ…まだこんな物置いてるんですね。」
「こんな物たぁなんだ、こんな物たぁ!」
ケースから少し離れたムースは、店主の近くにあった箱を見ていた。箱に入った木剣のような物が数本、そのうち一つに手を伸ばす。
取り出した木の剣の形は平凡な西洋剣のイメージに近い物だが、刃身に七つの小さな宝石のような物が等間隔で埋め込まれていた。
ただの練習用の剣にしては、その宝石は異様。実用性は勿論ない。
「なんだそれ。」
「ああ、これは」
「待て待て、勝手に使うな金を出せ。」
「ああ…えっと、お願いします。」
そう言いながら私の顔を見られても……
ああ。財布もまとめてアイテムボックスに入れてるんだったっけ。
ムースから預かっていた財布を、懐から取り出したように見える形でアイテムボックスから取り出して手渡す。
店主の男は驚いた顔でその様子を見ていた。…アイテムボックス、バレてないよね?って言うかこの男の名前なんだよ。やっぱりムースは一度も呼ばないし。
店主の顔など一切気にせず、ムースは財布から銀色の硬貨を三枚渡す。
改めて木の剣を構えるムース。結局ただの木剣なのか、と思った瞬間。
「おお!?」
埋め込まれていた七つの宝石が全て白に光る。光はまだ空が明るいというのにしっかりと尾を引いて、剣筋の後を追う。
そのまま踊るように剣を振るう姿は、まるで舞踊だ。
何かを切り払うような動きを数度繰り返していたが、その姿に見とれていたのも数秒の事。木剣を腰の剣と重ねるように添えた。一度閉じた目を開いたのが、終わりの合図だったらしい。
「剣の適正と言うか…強化の腕を見るのに適した模擬剣なんです。剣の腕はまた別なんですが…これを七つ全部光らせられるなら、魔力強化が申し分なく行き届いている証らしいですよ。」
一呼吸の後に補足説明を始めるムース。そして、「貴女もどうですか?」と言いながら木剣を差し出して来る。
時を忘れるような美しい舞の直後にやれと言われると、なんとも気が重い。しかしその反面、あそこまでではなくとも…夜の手持ち花火よりかは幾分か綺麗な光景を、自分も描けやしないか、と。
そう思って手を伸ばすと、宝石は突如、振動しながら音と閃光を放ち―
「…」
―すさまじい破裂音と共に砕け散る。宝石ごと、粉々に。触れる前に。
「…あの…」
「「………」」
「これ…どうなったの?」
「こっちが聞きたいんですけど!?何をしたんですか貴女は!!」
ええええ!?私?これも私が悪いの!?
百歩譲って宝石みたいなのはわかるよ?ムースが持った時は白く光ってたから只の宝石じゃなくて恐らく魔石とかそんな感じの、ファンタジーな物体だろう。私には理解不能な物体だからこそ、理解不能な壊れて方をしてもおかしくはない。この石なんの石気になる石って感じな石だから、とっても不思議な物体はとっても不思議な壊れ方としてもなんとか許容できる。
でもじゃあ木は?本体の木はなんで砕け散ったの?私この木に何かしたの?してないよね!?
あ、でも周りの誰もケガがないようで良かった。破片、かなり細かくなって飛んだもんね。
周辺は木端が舞い、砂場の砂のように細かく、そして満遍なく降り積もる。
ムースと店主が話したが、原因不明と言う事で片付いた。
「ああ…まさか…」
ただ、ムースは嘆いていた。
あの木の剣は、使って直ぐに返すと料金が半分以上戻って来るらしい。
ごめんなさい。
あの木剣をもう一度試すか?と言う話も出た。しかし、却下。また砕け散ったらと思うと断固拒否だ。
少しテンションが下がったムースは再度聖剣前のガラスにへばりついている、さっきよりも2割増でケースにめり込むように。
聞けばそのお値段数千エインだとか。…安いとは言わないけど、王女の相談役やってた奴がテンション下げる程の値段じゃないと思うんだけど…
まあ、勿論私が原因な可能性は高いわけで、そんな事は口が裂けても言えないのですが。
「にしても…互いを信頼してんだな、お前らは。」
この男はどこをどう見てそう思ったのか。
ムースも怪訝そうな顔をするだけで、何も言わない。
「…もう一人はどうした?あの爆弾娘。」
爆弾娘って誰?と思ったが、どうやらその声はムースに向かって発せられていたらしい。
だがムースは剣の方から顔をそらさず、悲しそうな笑顔で言った。
「私が知りたいくらいですよ…あれっきりです。ここには来てないんですか?」
「魔導士がなんで武器屋に来るんだよ…」
「え?だって私とは何度も…」
「どう考えてもお前の付き添いだろうが…。」
「…そうなんですか?」
人のイメージなんて、一緒に居る時間が増えればそれだけ変わっていく物だろう。しかし、ムース。お前の印象はさすがに変わり過ぎだと思う。バカまっしぐらだ。
「ずっとハンターを続けるものとばかり思っていたんですけどね…あれから何度かこちらに来ていますが、影も形も。」
「ギルドに聞けば良いんじゃねぇのか?パーティーだろ。」
「元、ですよ。それに、手段が無いわけではないですが…普通、無暗に個人の情報は開示されません。パーティーは所詮、パーティーですから。」
剣に語り掛けるムース。昔を懐かしんでいるだけなのだろうが、今この姿を見始めた人には、美しい剣にうっとり顔で話しかけている危ない人にしか見えない。
成程、爆弾とやらはムースの元パーティーメンバーの事なのね。
知らない人の話題を突然出すのはやめて欲しいわ。…あれ、そう言えばさっきカインドさんもなんだか様を呼んでくれーとか言ってたっけ?あれとはまた別の話なのか?わからん。
「で?今のお仲間さんとはもう長いのか?」
今度は私を見られる。が、やはり話し相手は私ではない。
「違いますよ。…って言うかそれ、私が相談役をクビになった前提で話してません?」
「なってないのか!?」
「本気で驚かないでください!なんなんですか皆して…」
一応私が無理やり似たようなポジションにねじ込んだが、実際の所はもう相談役ではない。
あまり口外できないらしいから、ムース自身も口には出さないが。
「ねえ、その爆弾娘って?」
「…昔、成り行きで組んだ二人パーティーだったんですけどね。ああ、非常識で無鉄砲な所は、貴女と少し似ています。会えたら、きっと気が合ったんじゃないでしょうか。」
「褒めてる?」
「いいえ?」
「…」
「トーキヨに行く時、喧嘩別れのような形になってしまって…会おうと思えばいつでも会える、と思っていたんですが………数年後にアオモリへ来た時にはもう、話も聞かなくなっていて…。ギルドで聞いても、何の情報も。」
「パーティーは所詮、パーティー」。さっきのムースの言葉が、頭で木霊する。誰かにそんな事を言われたんだろうか。
「…生きていればすぐに見つかると思っていました。居るだけでいつも、話題の絶えない子でしたから。だから…見つからないって事は、きっとそう言う事なんです。」
きっとそういう事。きっと、死んだと言う事。
あまりにも当たり前だけど、ハンターとはそう言う物。死と隣り合わせの仕事。
ハンター。私はまだ、その実感が湧いていないんだろう。
そりゃそうさ。私はまだ、命を脅かされた事が無いんだから。