第39眼 青森の街並を歩いて下さい! の3つ目
「アイ様と居ると、本当に予測がつかない事ばかりですよ…」
「いや、これは私関係ないだろ。…多分。」
アオモリは『魔の森』とも呼ばれる地、ホッカイドーに面していると聞いていたのだが、到着してみるとホッカイドーと呼ばれるその森は全く見えない。
巨壁。明るく照らされていてもくすみ気味な白に視界一面埋め尽くされる。それはもはや、建築物の常識を遥かに凌駕する代物だった。
東京の高層ビルですら、この巨壁に比べれば可愛い物だ。上を見上げれば、どれだけ距離があろうとも肉眼で天辺を確認できるんだから。これは無理だ。遠くから見てようやく全貌が理解できていたが、アオモリに到着してしまった今、幾ら見上げても果てが見えない。
形状が違う為正しく比較はできないが…私は、この壁が「富士山よりも高い」と言われれば納得してしまっただろう。
アオモリに到着する前から見えていた、街と森とを隔てる壁。それは右を見ても左を見ても果てが無い、どこまでも続く壁であり、天まで届くような絶壁だった。
ここは、その絶壁に沿って東西に長く伸びた『壁街都市・アオモリ』の中心、第一アオモリ。
壁とは対照的に、ここの建物は殆どが低い。一階建てが殆どで、たまに二階建てがある程度。
大きな施設らしい建物も同じ程度の高さだ。
唯一それよりも高いのは、壁の根元からせり出すように建てられている、同じく灰鼠に近い色の建物だ。あれだけエアーズロック並みの存在感をしている。色もそうだが、もしかしてあれも壁の一部なのだろうか?壁本体とは比べ物にならないが、根元のそれも、王都の王城よりはるかに大きなサイズだ。アオモリはトーキヨとスケールが違う。もしや昔は巨人でも住んでいたんじゃないだろうか。
さて。ムースが「予測がつかない事」と言ったのは、勿論この壁やそのオプションの事ではないし、アオモリの街並みについてでもない。
彼女とアオモリに入る際、門兵からもたらされた追加情報について言っていた。
その追加情報とは…トーキヨ側のドラゴン目撃情報。飛影についてだ。
アイテムボックス移動の効率化を進めていった結果、私は一つの結論に至った。
一度の距離より短時間で転移の回数を増やした方が良いんじゃね?と。
『扉に入る動作』を短縮すれば回転率が上がるんじゃね?と。
そうして私が可能性を見出したのが、万物を平等かつ自動的に移動させる力。そう、万有引力。重力ともいう。
空中を落下しながら次の出口を出し、自分の直ぐ足元に入り口を展開させる。1秒もしないうちに私は出口から放り出されているので、もう一度同じ事をする。それをただただ繰り返すだけ。
そうやって、空を短距離ワープしながら前進した。
空中と言ったが、本来、別に高々度空の旅にする必要は無い。
ステータスの関係上、私一人だけなら地面に落ちても問題はないだろうから。しかし今回、ムースが居たのでそうもいかない。万が一にでも地面に落ちないように余裕を持って高めを意識しながら転移を繰り返した。
ムースは私にお姫様だっこされながら、延々と高速で落下し続けている状態だったわけだ。
途中から一切の休憩なしで移動したら、あっという間にアオモリが見えて来た。
問題は、この移動をしている時、空に現れては消え現れては消えを繰り返していた事。
ドラゴンの目撃証言と同時期、空に飛ぶ謎の影。
アオモリ以南で確認された飛影についての証言に、「ドラゴンの影を見た」ではなく「ドラゴンかどうかは定かでは無いが、鳥ではない怪しい影があった」といった感じの物が2・3含まれていたそうだ。それを聞いてから、彼女は私にゴミを見るような瞳を向けて溜息を繰り返していた。もっとも最初の一度以降、アオモリに入る時から素性を隠す為とかで仮面舞踏会的なマスクを着けているので、透過スキルを使わなければ見れないのだが。
まさかねぇ?
ちょっと人が2人空を飛んだり落ちたりしてたからって、それだけでドラゴンと間違えて数十人単位のハンターを動かしたとか…ないよね?そんな確認不十分すぎる状態でギルトが無駄に人を雇って大赤字とかありえないよねって言うか私のせいじゃない絶対。
…ムースのこの態度もきっと、空の旅をしたことに対する私怨も含まれているんだと思う。きっとそうだ。
あんなに画期的な移動方法を開発したというのに、何故こうも非難されなければならないのか。全くもう。
街に入ってすぐ、大きな十字路を右に曲がる。左右に伸びていた道は曲線を描いており、大回りしながら壁に向かうような形だ。
「こっちにギルドがあるの?」
「在るには在ります…が、まず先に。宿を取りましょう。」
「宿?まだ明るいよ?」
「寧ろもう手遅れかもしれません。ドラゴンは要警戒対象です。ハンターズギルドもそうですが、人も店も普段と違う動きをするので、ここ最近のアオモリはわかりませんが…普段よりかなり早く部屋が埋まる可能性だってある。先に取って損もないですしね。」
実は。
ムースからはもう一つ事前に提案を貰ってはいた。アオモリの領主に挨拶すれば、そっちに泊めて貰えると思うよ?と。しかし私はそれを断った。挨拶とやらも面倒だったが、それ以上に私はこのアオモリで、「勇者としての優遇」を受けたくない気分だった。
冒険者気分を味わいたい、と言えばわかって貰えるだろうか。ムースにはわかって貰えなかったけれど。
安宿でも私は良いのだが、「貴女を安全性皆無な底辺宿にとか、間違いなくハク様に殺されますよ!」との事だったので、生まれて初めての高級外泊になる予定だ。
つまり今回ムースがした「宿を先に取ろう」の提案は私のわがままによる所が大きい。
あまり文句を言わず、言われた通り淡々と宿屋へ向かう事に。
街は普通の雰囲気ではなかった。
普段を知らない私が言うのもなんだが、見る人通る人の全てが空を不安そうに見上げている様は異様で、いつものアオモリとはまるで違う光景なのだという事がわかる。勇ましい声を上げるのは、たまに居る武器を持ったハンターらしい人間くらいだ。
歯抜けになった露天、所々で閉店している店。店仕舞いをする者や、ここぞとばかりに声を張り上げて売ろうとする者。
「懐かしいです。」
「前にもこんな事あったの?」
「いえ、そうではなくて…こんな状態ですが、知っている店や建物が幾つか目に入りまして。」
「ああ、そういう…」
「こう忙しそうでなければ、二言三言挨拶でもしたかったのですが…。」
「別に声かける位はいいでしょ。」
少しだけ遅くなる歩調。
通りに視線を滑らせるが、だからと言って何処を見つめたわけでもない。
すぐにまた同じ速度で歩き始める。
「…いいえ、気を使わせるわけにもいきませんから。」
「そう?そう言うなら良いけど。まあ、じゃあ…アオモリ居る間にドラゴン騒ぎが収まったら、行ってくると良いさ。」
「やめておきます。アイ様から離れるのが怖いので。何をしでかすかわかった物ではありませんし。」
「ひっでぇ。…って言うかさっきから、なんか色々理由適当に付けて断ってるように見えるけど?本当はここ、あんま好きじゃなかったんじゃないの?」
「そんな…いえ。そんな事、ありませんよ。」
「言葉に詰まっておいて。」
「それは別に…。」
今度は立ち止まる。
…何か悪い事でも言っただろうか?
「アオモリで過ごし始めた頃は…そうですね。あまり心穏やかではありませんでしたので…。でも本当に違うんです。それを忘れられる程、ここには沢山の良い出会いがありました。」
「…ふーん。」
「姫様と出会ったのもここです。だから、ここは私にとって…特別な場所なんです。」
「へぇー。」
「貴女は本当に…興味が無いなら聞かないでくださいよ!私一人恥ずかしい事を言っているみたいじゃないですか!」
「自覚はあったんだ?」
「もう!行きますよ!」
別に揶揄うつもりで聞いていたわけではないんだが…。
案内役として色々適任だった事もあり、私はムースと共にここまで来た。
しかし、門の外で出会ったカインド。アオモリを見て思い出を巡らせる姿。こういった物を見ていると、なんとも居心地が悪い。
漫画でもたまにそう言うシーンは見た事がある。友人が、自分の知らない人物と楽しそうに話をしている時に感じるらしいそれは、疎外感だという。
しかし、私はあまりこういう経験がない。
それは勿論、そもそも私と交流がある人間が必要最低限だった事が唯一にして最大の原因だと思う。
友人が居なければ、友人に関わるあれやこれやのイベントは当然発生しないのだ。
疎外感とは少し違う気はするが…だからと言って、私はこの気分に該当する感情に覚えがない。あえて言うなら、『なんだか煩わしい、不愉快な気分』だろうか?…我ながら語彙力の低さに鳥肌が立つ。
じゃあ今隣に居るムースは、私の『友人』だろうか?もしそうでなくとも、今から友人になる事はできるだろうか?これからも冒険者として共に旅する仲間になりえるだろうか?
…どうにもしっくりこない。
なら、私はハンターになって…今は全く知りもしない人物に声をかけて仲間になり、一緒にこの世界を冒険する?できる?その仲間になる誰かにも、やっぱり別の知人が居て。またこうやって煩わしい思いをする…?
…やはりしっくりこない。
一緒に遠出するならやはり、キーロちゃんが良い。しかし、彼女も仲間って感じじゃない。そうだよ、お姫様であるキーロちゃんに戦わせるとかないよ。
なら姫様と、それを守る騎士…ないないない。どちらかと言うと悪い魔法つかいとか、桃姫をかどわかす爬虫類的な役回りの方がらしいと思ってしまう。
キーロちゃんと行くのは冒険じゃなくて旅行だな。うん。
冒険仲間と言うからには強くあって欲しいものだ。それを言えば、王の剣で人類最強兵器のウルカスとか、キレ芸受付嬢のクーエルちゃんとかか。
雷神(笑)さんより遥かに強かったしね、あのギルド受付嬢。ああ、あれが年下だったなら…………!!!!なんとも悔やまれる。
「この店も…………………」
考え事をしてた私に声がかかる。が、声の主であるムースは、とある武器屋の前を通り過ぎようとした体勢でピタリと止まった。時が止まったように。
「この店が」
どうかしたのか?と聞こうと思ったが、ムースの目線の先を追って…私の時間も止まった。
そこにあるのはまるで芸術品の如く美しい一本の剣。刃の表面は虹が動くような光沢…下地は完全な銀色ではなく、銀にほんの少しの金を混ぜたような色味をしており、角度を変えて見れば、その上を虹が走るように動く。
だが。私の動きを止めたのはその剣の美しさではなく、それと同時に私の目に飛び込んできた、添えるように立て置かれた幾つものキャッチーな広告板。
『勇者の聖剣、入荷しました!』※
『なんと!あの勇者シオンも使ってた!?』※
『現品限り、早い者勝ち!』
『この素材もしかしてあのオリハ●コン…?』※
『現代に蘇る究極の業物を、今君の手に…!』※
『これで君も…今日から、勇者だっ!!』※
………………うっっっっっっっっっっっっっっっわ怪しぃぃぃぃいい!!!
ネットで良く見る胡散臭い系広告のダメな所を凝縮したような煽り文句がでかでかと並んでいた。
これだけでもヒドイと言うのに、別のめっちゃくちゃ小さい紙に
(※『勇者の聖剣』は商品名です。聖剣である事や、勇者シオンが使っていた事実を確約する文言ではありません。また未鑑定の商品であり、素材・価値について保証する物ではありません。装備者が勇者になれるどうかは個人の能力に左右される場合があります。予めご理解の上ご購入をお願い申し上げます。)
とか書かれてる。
詐欺だ。むせかえるような悪徳商法の臭いがする。
「店主!!表の剣はいくらですか!!」
ムースが店内に押入っていた。
呆気に取られている間の出来事である。
「馬鹿か!!!!!」
人生で一番想いが込められた「馬鹿」が出た。