第二章EX 第38.5眼 移動効率の本末転倒(ロストリーズン) の3つ目
このあと実際に使ってまた試すつもりだが、イーグルアイで一度の最大移動距離を倍に延ばすより、イーグルアイ抜きの、つまりアイテムボックスだけで回数をこなす方が遥かに早いと言う結論に至る。
…なんで一度の距離を長くしようと思ったのか、自分でもわからない。ロマンとしか言えない。その結果移動速度が遅いのでは本末転倒、凡ミスも良い所だ。灯台元暗し?まあでも、どちらもできるに越したことは無いだろうけどね。いつか一度の距離を稼ぎたい時が来たら、こんな方法もある、と知っている事は強みになる。
それに、邪眼のそれぞれの能力を同時に使用しながらフルスペックを出そうとすると、私の今の脳みそでは処理速度が足りないと言う事もまた理解できた。組み合わせによってはそこまで負担はないかも知れないが、そう言うデメリットが発生する可能性があると言う事実を事前に知れた事はとても有益だと思う。なので、これはこれで良い。
そもそも最大限の力を引き出そうとした結果効率が悪くなるとか、実際やってみて失敗しなきゃわからんし。そもそも失敗じゃないし。これ布石だし。うん。別に自分が失敗した事を正当化する為の苦しい言い訳じゃないし。ほんとだし。
……………壁からまた随分と距離ができ、あと少しも歩けば、後ろの視線を気にせず好き放題できるだろうと考え始めた頃。
「ねぇムース。」
「はい、なんですか?」
「今、私達って、なんで歩いてるんだっけ。」
「…は?」
「私のスキルを大勢に見せないためだよね?」
「わかってるじゃないですか!なんで聞いたんですか!?」
既に手遅れのような気もするが、私のアイテムボックスをなるべく人目に晒さないと言う目的。それも、転移まがいの使い方もできると言う事を、あまり大っぴらにしたくなかったからだ。
だが、これと同時に、もう一つある。
知られて、驚かれて、そしてらまたひと悶着あるだろうと予測できる。そこまでの一連の流れが面倒なので、全部省いてとっとと終わらせたい。
つまり、時間短縮だ。
「でも、ムースの前では使ってるじゃん?」
「…当たり前じゃないですか。何が言いたいのか全くわかりません。」
「いやー、ね?だから…ムースって、最初からアイテムボックスの事知ってたよね。」
「えっと、ええ。最初と言うと違うと思いますが、初日から…姫様と見せて頂いた時ですね。」
「だよねー。」
「あの…」
「君は私が神様か聞いた時にさ。ニールをアイテムボックスから出したよね。」
「まだその話続けるんですか?」
トーキヨから出てすぐの事だ。
ムースは言った、貴女が神ならば、それを証明する為に奇跡を見せて欲しいと。
その奇跡とは、人を瞬時に0から作り出す事だと。
あの時ははぐらかす為に時間を稼ぎながら、「神様が人間作れるとは限らないよね?」って雑に言いくるめてしまった。ムース的には自分の恥ずかしい古傷に塩を塗られている気分だろう。苦い顔を隠そうともしない。
「いいじゃんいいじゃん。でさ、あの時即座に『今のは違う、人間を一から作り出す事だ』って否定してたけどさ。ムースはアイテムボックスの事を知ってたし、ニールの事も知ってた。」
「…?ええ、はい。」
「だから、私が一から人を作ったんじゃないって即否定したけど。もし君が私のスキルの事も、ニールの事も知らなかったらなんて反応してただろうね?」
「……知らな、かったら?」
「君は私が、言われた通り人間を一人、瞬時に、一から作りだしたように見えたんだろうかね。そしたら私は今頃、神様に見えたかい?」
「…………」
口元に手を当てて、真剣に考え始めてしまった。
…少しくらいなら良いけどね。頭を使うようになったなら、その時間を作ってあげたいとも思うし。
スキル使って移動するのは、もう少し後にすれば良い。
普通は、アイテムボックスを突然目の前で使った場合、驚くだろう。驚かせる事が目的ではないが、逆に驚かない場合の反応と言うのもなかなか想像できない。
だが、それを知る人物からすればなんて事はないただのスキル、ただの現象だ。
私が道端で椅子に座ったニールを出した時も少しだけしか驚かなかった。突然椅子や机を出した時なんかはもう、驚きよりも呆れ顔だったくらいだ。
彼女は慣れている。彼女は知っている。だから彼女は驚かない。
なら、知らない人間の前で、このアイテムボックスでのビックリイリュージョンをすれば?
…アホの民衆を騙して神様を騙りたいなら?もっと工夫は必要かもしれないでも…逆に言えば、工夫ひ一つで…
この力一つで、騙せる馬鹿は騙せるんじゃ…?
………いや。
その必要も、予定も無い。少なくとも今の所は、だけどね。
邪眼アイテムボックス移動術の中でも、今後セステレスで砂原愛が最も使用する事になる効率改善発展版であり、彼女の中でも最高水準の平均移動速度を誇る最高傑作が存在する。
本人曰く正式名称、『邪眼二点二式空間跳躍術VerⅡ』改め『落下型点二式』。
その方法は、使用者が効率を最重視したが為に、同行する人間の肉体や精神にかける負荷を度外視した、「あまりに人道反する」と非難される物となる。
開発者本人の最高傑作であると言う自負に反するように沸き起こる、体験者達からの証言、忌避の念…そして何よりも、込められた憎しみの想い。それらを本人の呼び方になぞらえた『落命式』の異名を皮切りに、数々の不名誉な隠語で呼ばれる問題児。
その方法を彼女が思いつくまで、残り跳躍試行回数4回。
ムース・アンマンに新たなトラウマを植え付けるまで、あと約15分。