第38眼 異能の真価を示して下さい! の3つ目
荷物の権利保全の為の安全機能。
こちらの機能の対策は、別にこれと言った裏技を使ったりはしていない。
わかりにくいだけで、最初からONになっているセキュリティ。アイテムボックスの機能として最初から、招かれざる侵入者を識別し排除する機能。これをOFFにするだけだった。
因みにこの機能は、『人間』や『生物』と言う分類のしかたではない。
考えてみれば、最初からおかしいかったんだ。アイテムボックスの中に、植物を入れられないと言う異世界作品を、実は私は見た事がない。でも、そんな事ってあるか?別に生命博愛主義みたいな事を言うつもりはないが、植物だってしっかりと命があるはずなんだ。あれらは引き抜いたり切り落とした時点で死ぬわけではない。花瓶に挿した草花の蕾は花開く。地球の現代文化にも普通にある、人間の考えるおぞましい植物キメラ…接ぎ木と言うシステムをご存知の方であれば、否定する者は居ないだろう。植物はとかくしぶとく生きている生命なのだ。
だと言うのに、道端で摘んだ薬草をそのままアイテムボックスにポイッ…なんて光景は異世界あるあるな光景なんだ。これもまた、生き物を入れられないと言うルールの矛盾。
生物が入らない場合でも、死体死骸が入ると言うのも割と共通設定だったりする。
…しかし、一度死んだ人間が少しだけ息を吹き返したなんて事はよく聞く話だ。生物学的に死んだと断言できる人間でも、絶命直後ならまだ心肺蘇生できる可能性は残っているのだから、アイテムボックスに入れて時間を止めて医者の元へ運べば?助かる可能性はあるよね。
生き返る可能性がある死体………それは果たして、アイテムボックスに入るのか、入らないのか。生死を、命の有る無しを、アイテムボックスはどうやって取捨選択していると言うのだろうか?だがそれは、知ってしまえば驚く程簡単な答えだった。
人間・動物にはあって、植物にはない物。
それ即ち、自我意識だ。
使用者以外の自我意識体…言うなら、魂が入っている器を拒絶する。それが、アイテムボックスのセキュリティ。
これは例えば無機物であったとしても、誰かの意識が入った、誰かの意思で操られている人形等も含めて全てを弾くようになっている。
逆に魂がまだ残っているならば、それは死体であったとしてもアイテムボックスに入れる事はできないという事だろう。もっとも、死者の魂がどの時点でその体から消失したと判断されるか人間にわからない以上、結局見た目上、アイテムボックス次第と言う事にはなるのだけれど。人間には曖昧に見えるそこにはちゃんと、可能と不可能の境界線がある。
その辺りは多分自我意識が囁いてくれるんだろう。
ともあれ、これで不安は解消されたはず。
ああもう、ここまで来るの長かった。
途中で立ったけど、まだ座っておけば良かったよ…
「どう?私の使い方がその勇者さんと違うだけ。これが正真正銘のアイテムボックスで、人間が入っても全く問題ない物だって事、理解して貰えた?」
「…はい、そうですね。」
「なら良し。」
「…………あの、所で…」
「なんかわからない所でも?」
「私は、何故、アイテムボックスの安全性を聞いていたのでしたっけ?最初は何の話をしていたでしょう…」
「はあ!?そりゃ、お前…」
アイテムボックスの安全性を理解してもらい、ムースに不安無く入って貰う為で…その為に全力で説明して…その発端が…?………あれ、なんだっけ!?
「………なんだっけ………」
「………………」
「…アオモリ。行こうか。」
もう使わなくなった椅子と机、そしてニールの木箱をしまう。
するとムース。アイテムボックスを見て思い出したのだろう。
「あ、空間跳躍の話ですよ!実験するって!」
「おお、そうだ!実験につきあえ!」
「あ、え?じゃあこれまだ続くんですか!?」
「…すぐ終わるよぉ。」
「えぇ…」
疑わしい、と顔に書いてあるぞムース。失敬な。
「じゃあ手短にするけどさぁ…私のアイテムボックスは、出入口を複数出せる…って話はしたっけ?」
「聞きましたね。」
「それを利用する。今ここに、空間Aへの入り口があるんだけど。」
そう言って、扉を用意した上で、私は手元に円を描く。
もう一枚の扉、出口をムースの傍まで持っていく。
「ムース、手出して。」
「あ、はい。」
「ここに一本のスプーンがあります。」
これもニールの私物です。金きらきんではないが、なかなか凝ったデザインが持ち柄に施されている。つまり、なんかこだわりのありそうな、高そうなスプーンです。
「これを落とすと、入り口Aから入り、アイテムボックスの中を通り、そして」
スプーンを離すと、すぐにムースの手の上に現れた。見つめて絶句している。
「はい、このように。出口Aダッシュから出てくるわけです。空間跳躍、終わり。」
「えっ!?ざっっつ!!??」
「なんだよ!超手短にしたのに!それはそれで文句言うとかどうなの!?」
「いや、あの、申し訳ありません…」
「もー!細かい説明は省くからね!と言う事でこれを人間でもやります。」
「えぇー………」
「具体的には一歩で数万歩分の距離を移動できるんじゃないかなーと思ってるよ。」
「そんなに!?」
邪眼の一部とした事で得た特殊機能、アイテムボックスの強制終了切断マジック。
その他にもう一つ手に入った副産物、それがこの距離だ。
普通のアイテムボックスは、せいぜい自分の近辺数メートル。
だが邪眼と併用すれば、その目が鮮明に捉えられる距離までが扉の発動範囲になる。
そしてそれを、魔族としての超視力で更に上乗せ。
これだけでかなりの距離であるが、もう一工夫。ダメ押しで、絶対鑑定の遠望透過を使う。
イーグルアイは自分の視点を透視能力をつけた上で俯瞰的に見る事ができる能力。発動距離はアイテムボックスの扉と同じく、『魔族の目で鮮明に捉えられる遠方』。
…わかるだろうか?
イーグルアイで遠方に視点を置く事ができる、と言う事はつまり、その『遠方』の『遠方』まで私は鮮明に見る事ができる。
この目で本来見える距離の、ほぼ二倍先まで鮮明に…。と言う事は?遠方の遠方……そこに出口を置く事ができる、と言う事に他ならない。
空間を跳躍するつもりで今まで生きて来た事は一度もない為、具体的な距離まではわからないが…
それでも一回で移動できる距離は、数kmから、もしかしたら十数kmに及ぶかもしれない。
移動と邪眼発動を手際よく繰り返せれば、平均速度は新幹線を軽く凌駕できる自信はある。
新幹線を置き去りにできる速度とか、なんかそれだけでわくわくするよね!
これが私の アイテムボックス + イーグルアイ with 邪眼式…。邪眼三点式空間跳躍計画の全貌である。
「人間は安全に通れる、空間跳躍も可能!何も問題ないっしょ?」
「…あれ、ならなんで実験なんて?」
「…………」
「…え、あの…アイ様?」
「だからね。私の問題なのよ。」
「はい…えっと、それはどういう?」
「えっとねえ………通れるか、実験した事ないんだよね。私自身が。」
「はぁ!?自分で入った事ないのに人をあんなほいほい入れてたんですか!?姫様も!?」
「だってしょーがないじゃないかあ!!アイテムボックスは使用者本人が特別扱いされてるってわかってるから不安なんだよ!!最悪死んだりアイテムボックスの中から帰って来れない可能性だってあるんだよ!?」
「え、なんでそんなに物騒なんですか!?今からそれを実験って!やめて下さい、この旅の間だけはどうか!」
この旅の間だけはって。自分の責任になるからやめてって事か。つまり私が死ぬ部分への心配はないのかああそうか。言動の節々から本心滲み出てるからなこんちくしょう。コイツ、いつか覚えてろよ…
「ほぼ大丈夫だとわかってはいるんだけどね。色々な可能性を考えると、もしかしたら、万に一つ何か思い違いがあれば…私が頭を通過させようとした途端、エラー起こしてアイテムボックスが強制終了とかね。頭がスパーンと真っ二つ、とか?…万に一つだけどね。」
「やめましょうよそんな危ない方法!」
アイテムボックスの中は、セステレスとは違う異世界。
なら私が、私の能力の起点となっている眼…邪眼がこの世界から消える瞬間があったなら……アイテムボックスの空間に入った途端どのように作用するのか?それが、怖い。
もしもアイテムボックス空間に入った途端、セステレスに発動起点を失ったせいで扉が閉じたとしたら?切断は免れたとしても、じゃあアイテムボックスの中に取り込まれてしまったら?
セステレスから物の出口を開く事ができるのと、セステレスへの扉を中から開く事ができるかは、別の力なのではないだろうか?だってそうでなければ、ここでアイテムボックスに閉じこもって、世界各地のどこへだって行ける、それこそ無制限の空間跳躍になる。デフォルトでそんなぶっ飛び機能がついているとは思えない。自分が中に入った上で、扉が閉じたら…自力では、永遠に出られないと思った方が良い。
人間は丸ごと入れた。自分の手も入れられる。特に予想外の反応も起こっていない。ここまで大いに順調。だから今回もきっと、大丈夫。そう思ってはいる。
ただそれでも、断言ができないと言う事は…怖い事だ。
でもまあ、保険もかけておいた。
…保険の保険にも心当たりがある。こっちは、他力本願だけど。
「私は、文明に淘汰された馬車とかそういう不便極まりない歴史の遺物に乗り込む気は、最初からないんだよ。馬に乗ったり歩くつもりも無ければ野宿もごめんだ。これが出来れば確実に、一日で、アオモリまで行けるだろ。」
アイテムボックスを使おうとするが…頭で考えるだけではどうにも動作が鈍く感じる。頭の中で考える事が多い為か、それとも二つ以上の異能を同時に使おうとしているからか。
少しでも抵抗無く意識を向けられるように、アオモリがある方へ手を伸ばす。
「私はなぁ、ムース。ベッドで寝たいんだ。だからやる。変更も延期もなしだ。」
「そんな理由で命をかけるんですか!?」
「まあ、死んでも多分生き返るから大丈夫。」
「多分!?」
「もし間違って、死んだまましばらく動かなかったり、そもそも死体すら残らなかったらその時は………うん。」
「うん、て!なんですか、やめてください!」
「その時はしこたまハクに怒られやがって下さい。」
「なんの嫌がらせですか!!」
なんのと聞かれれば、私を心配しない事へのだ。
いやあ、ムースを叫ばせるのは実に愉快だ。彼女はツッコミ役として最適だと思う。
入口を目の前に。イーグルアイを遠方で展開、更に遠方へ出口を。
アイテムボックス空間の内側で、入口と出口の距離を極限まで狭める。
これで、アイテムボックス内で通過するのは実質数mm。扉を潜れば、数km先だ。
準備は完了した。
怖いのは本当だが、そんな事を言っていては何もできない。人事を尽くしたんだから、あとは天と運とミリアンちゃんに任せよう。
「私が通り抜け終わるまで絶対に入って来るなよ?何がおきるかわからんから。間違えて私と一緒に腕とれても、ミドリーちゃんみたいに治してあげられるとは限らないしね。」
「ちょっと!待って下さい、心の準備が!」
「私が通った場所をちゃんと覚えて、それと同じ場所を通る事。多分大丈夫だけど、見えないんだから足元に気を付けて?行く時は大股気味に入る事をオススメするよ。じゃ。」
私は突入角度を調整し、頭から、アイテムボックスの扉に飛び込む。
そこで私の意識は途切れ…
…………なかった。
わかってたけどね!
見える光景は一瞬で随分変わったが、道だけはまだまだ続いている。
狼狽したムースがアイテムボックスを抜けて出て来るまで数十秒。
私は、もっと良いやり方が他に無いか考えながら待ち続けた。