第38眼 異能の真価を示して下さい! の2つ目
「ま、いや!待って下さい!それはいささか強引すぎます!」
「あん?何がよ。」
「スキル発動者本人なのですから当たり前ではないですか!」
「何が当たり前だって?」
「特例と言う事です!生物を入れられないと言うルールの対象外なのでは!?」
生物は入れる事はできない。ただし、スキル発動者だけは例外である。
うん。誰だってすぐ思いつく事だろう。
「違うね、そうじゃない。」
「何故言い切れるんですか!」
「ムースぅ。既にそのルールの根源は覆されたんだよぉ。発動者がルールの対象外?逆だよ、逆。例外なのは、発動者以外の方なんだよ。」
「ど、どういう…」
「アイテムボックスに人間をいれる事は可能、可能なんだ!君はさっきそれを不可能と断定していたが、もうそれが間違いだと証明された。良いか?さっきまで、その箱の中は、生きている人間が入る事は決してできない人類不到の地だと君は言っていた。侵入不可能だと言われていた。だが違う。入れるんだ、人は。発動者という入った例ができた。なら条件付きだろうがなんだろうが、なにはともあれ入れるんだ。四の五の言っても現実は変わらない、アイテムボックスに人を入れる事は可能か不可能かで言えば?『可能』!この結論は変わらない。この事実は決して変わらない!そして根源的なルールがほぼ180℃裏返ったんだから、他の部分もひっくり返る。」
原則と、例外。
目には見えない「積み上げた常識」を、出した二つの掌乗せて。
ゆっくりと返す。
哀れ。常識は、ボロボロと、ゴミ箱へ。
また一から積み上げなおし。
「例外は、その他の方。人は入れる、『ただし発動者以外の人間を中に入れる事はできない』が正解だ。」
「そんなの…ただの言いまわしの違いです!」
「そうでもないのさ。確かに?入れる人間はアイテムボックス使用者のみという事実もまた変わらない。第三者から見れば一見言葉遊びに見えるかもしれない。この時点ではね。だが話は進展した。アイテムボックスの性能機能として、生きた人間を入れる事は可能か不可能かと言う議論は、可能と言う結論が出た。ならば次は、何故使用者以外は入れないのか…論点は一つ次に進んだ。だから、ステップ2。」
「次の、ステップ…」
「でも私の限界はここまで!」
「……は?」
「他の人が入れない理由なんてノーヒントで考えてわかるわけないじゃん?あらゆる憶測とそれらしい理由は考えられても、それが正解かなんで誰も教えてくれないわけだし。そんなのはもう、世界あらゆるの可能性を追い求める途方もない無限の旅だよ。自分探しの旅より無意味な思考の宇宙遊泳だよ、目的地も知らない無謀な蛮勇。終わりがない。だから私はここで考えるのをやめた。」
作者のご都合主義、では興醒めなので除外するとしても…
使用者の倫理観的な無意識、アイテムボックスの内的要因、神や世界から制限される外的要因、思い込み、血統、etc。
しっくりくる答えや、可能性が高い理由を考える事はいくらでもできるが、それが正解かどうかは、考えてわかる問題ではない。
そんな物は推理とは言わない。妄想だ。
「はぁ!?そんな…そんな結論のない無意味な話をしていたと!?」
「なので、ここからはステップ1とは逆の方向から考えてみようと思います。」
「なん…え?………つまり?」
「カンニングしましょって言ってんの。1から考えるんじゃなくて100から逆算するの。答えからそこに至る理由を導き出してそれっぽく述べてみる…だって私は、答え合わせのできる解答集を持っているんだもの。」
「…はい?」
「と言う事で、またまたここでクイズ!」
「え!?」
「アイテムボックスには初めから二つの安全機能がついています!それはなんでしょう!?」
「安全機能?え、えと…」
「一つは使用者本人の身の安全を保護する目的で、もう一つは中に入れた物体の安全を保護する目的でつけられた物です。ストッパーと、セキュリティーって所かな。」
「入れた物…?本人と物資の安全…?ん?んん…………」
「はい時間切れー」
「早っ!」
「いや、だって考えても答え出るとは思えなかったから…」
「ひどっ!」
「んもー。…じゃあヒント。これも逆から考えると良い。安全機能がない場合このアイテムボックスは、使用者に危険が及ぶ場合があるし、荷物の安全も保障されない。」
「えええ………」
「はい1、2…」
しかし、20秒程数えて待っていたが全く反応が無い。
「やっぱりわからんのだろうが、文句ばっかり言って、この見栄っ張りめ。」
「うぅ……」
「まず身の安全についてだ。が、ムース。時にこのアイテムボックス、扉の向こう側の空間っていったい何だと思う?」
「え?…アイテムボックス、なのでは…」
「あ゛?」
「え、いや!えっと…収納?広い空間…」
「…正解はね。色んな言い方ができるけど、異空間・亜空間・四次元空間・異次元空間…もしくは、異世界だ。」
「…い、せかい?」
「アイテムボックスが生成した空間は、この世界のどこにも存在しない空間。別世界…小さな小さな異世界らしいよ。」
これはミリアンちゃん曰くの話なので確実だ。
セステレスの空間を一部切り取り、本人の資質を神の力でどうのこうのして、本人が管理する新しい空間として作り上げる。セステレスに存在的にも概念的にも近いが、セステレスではない別世界。
…まあ、だからと言ってその呼び方が今回の話にどう関わって来るかと言われれば、全く関係ないのだが。
「問題はね。見た目通りではあるけど、アイテムボックスに入った物はその間、別世界にある………この世界から消えているって事実が重要なんだ。さて、ここで出てくる使用者の身の安全を守る保護機能の話なんだけど…。大広間で、私がミドリーちゃんを拘束してたのは覚えてる?」
「…はい。アレもアイテムボックスで、ですよね。」
「そう。あの拘束状態ってのは、さっきムースがやったように、手だけアイテムボックスの中に入ってる…それはつまり、手だけ、この世界から、消えて無くなっている状態だったわけだよね?」
「…え」
「もしその途中で、私が、アイテムボックスを終了したら?どうなると思う?キヒッ」
あの時の事を思い出して、つい笑みがこぼれる。
もしかしたら、できるのではないか…と。半信半疑ではあった。だが、全て思った通りに作用した。
その結果が、あれだ。ボックスの中に入っていた彼女の腕は、ボックスの中に取り残された。
本体を現実世界に残したまま。
「…………あなた、まさか…」
「使用者の安全を守る効果、安全装置とは、物の出し入れが行われている間、扉を何かが通過している最中は、本来であれば、どんな事があろうとも、決して、扉の展開を中断できないと言う誤終了防止のストッパーの事なんだよ。何かの拍子に間違って終了してしまった際、物を出し入れする人間の腕が、誤って異空間に分断されて、取り残されてしまわないようにするための機能。」
「…いや、だって、貴女は!」
ミドリーの腕を、実際に、したではないか。分断して、切り取って、奪ったではないか。
そう言いたいのだろう。わかっているさ。
「普通に切れないなら強制終了すれば良いと思わない?扉を閉じれないなら、スキルを切れば良いだけだと思わない?」
「そ…………そんな……屁理屈みたいな…」
正しくは、それだけではない。本来はどんな事があろうとも中段できないと言うのは言葉の通りだ。ストッパーはストッパー。神様であるミリアンちゃんが付けた、利用者の安全の為に最優先される機能を、勝手に取り外す事は出来ない。アイテムボックスの強制終了なんて、スキルの構造上不可能な話なんだ。アイテムボックスは、の話だけれど。
できたんだから、勿論トリックはある。
簡単な話。安全機能は他でもない、アイテムボックスの中に組み込まれている。なら、アイテムボックスが正常に機能しなければ良い。
私が強制終了したのは、『積量有限の七道具箱』ではない。『単目直視の覚醒邪眼』の方だ。
邪眼の効果として発動しているアイテムボックスは、当然ながら邪眼を終了すれば止まる。機能を停止させる。
パソコンやスマホに例えるとわかりやすいと思う。
アイテムボックスの扉はアプリ。アイテムボックスはOS。そして邪眼はハード。
アプリが停止して終了できない時は、アプリを管理しているOSで終了を試みるし、OSからではどうしようもないようなフリーズ状態に陥ったらどうするのか?スマホの電源落とすよね。…それもできない最悪のケースなら、電源を引っこ抜く。
今回の場合、アイテムボックスに『扉利用中はアイテムボックスを終了できない』と言う機能がついているのだから…アイテムボックスを動かしている邪眼の電源をオフにした。
『絶対に終了できないアプリ』VS『絶対にアプリを終了させちゃう電源』!
矛盾ったりするまでもなく、電源の圧勝。扉はあっけなく、邪眼と共に沈黙する。
………でも邪眼の事まで全部説明するのは面倒なので、「スキル強制終了しました!」で通すつもりだ。
「さあ、呆けるにはまだ早いよ?今言ったのが使用者の安全機能。次に、物資の保護機能についての話だ。で、話しは変わるけどアイテムボックス使える勇者が居たって?過去に、二人以上同時にアイテムボックスを使える人が居た記録とかってある?」
「……いえ、少なくとも、私は、知らないです。」
「じゃあ。例えば私とムースは今、二人ともアイテムボックスを使えるって事にします。さあ、さっきみたいに剣を入れて下さい。」
箱(ニールの私物)の上蓋をもう一度指さす。
何も仕掛けがない事はわかっているはずなのに、先程よりずいぶん慎重に置いた。ちゃんと箱の横壁も想定してだ。まあ、今回の目的はそれじゃないけど。
ムースが剣を置いたのを確認すると、私はまたおもむろに近付いていく。
より警戒の姿勢を強めるムースだが、私が目指しているのは彼女のごく近くにある箱の蓋の上。剣だ。
ムースが入れた時と同様、上方から手を伸ばして剣を取る。もしかしたら怒るかもしれない、とは思いつつ。
「はい、これで君のアイテムボックスから剣が消えました。」
「はあ!?」
「はい。」
あんまり怒らせるとまた話を聞かなくなりそうなので、早々に返しておく事にする。
口では何も言わないが、私の手から力の限りぶんどって、思いっきり睨まれてるけど。と言うか、ちょっと泣いてる?なんだ今更、可愛さアピールとか要らないぞ?…ちょっとだけ申し訳ない気持ちにはなったけど。
剣を抱くように威嚇されてしまった。やっぱりわりと大切らしい。
「私は君の見える所で、君に知られている状態で剣を取ったけど。これが全く顔も名前も知らない二人だったらどうする?大事な物を入れたはずが、いつの間にか無くなっている可能性がある。怖いよね?」
「こんな事が起こり得るんですか!!」
質問と言うよりもはや叱咤である。
「ないと思うよ?さっきも言った通り、アイテムボックスは、異世界への扉を開く力じゃない。小さな異世界を管理する力なんだ。だから使う人間が違えば、それぞれ違う異世界が用意されていて、その場所へ自分しか開けない扉が開かれる。所有物の権利と利便性を考えると、異次元空間の共有なんてされるわけないだろうね。あれれー?でもこれでもまだ安全じゃないぞー?」
「安全ではない?何がですか。」
「だから荷物だよ。アイテムボックスの扉は自分にしか開けないけど、今はセキュリティの機能がない場合の話をしてるんだぜ?『中に人間が入る事ができる』アイテムボックスなら?別にスキル使用者でなくとも、アイテムボックス保持者でなくとも中に侵入する事ができたとしたら?おんなじ事が起こるんじゃないのか?扉に何かを通している間は扉を閉じる事ができないのなら、間に縄でも通してやれば…一度侵入を許したが最後、入り放題取り放題。壊し放題のやりたい放題だ。荷物の安全は、保障されない。」
「そんな…」
ムースは自分の剣を強く抱える。
「勿論、なるべく人目につかないように使用するのは大前提ではあるよ。見られる場合でも、人が近くに居る時は絶対に使わない、とかでも対策できる事かもしれない。でも、それは確実に徹底するのは難しいよね?ならどうする?使用者の努力云々とは関係なしに、アイテムボックスの効果として最初から対策が出来ていれば一番良いと思わない?例えば、泥棒が絶対に侵入できないようなセキュリティ機能がアイテムボックスに付いてたら?」
「あ、まさか…」
「わかった?アイテムボックスが本来生物を入れる事もできるはずなのに、『使用者以外の生物が入れない』と言われる理由。」
「中身の、道具の安全保護機能…。」
「大正解!なら後は簡単だよね!セキュリティを切れば良い!一見歓迎、盗人ウェルカム、中の荷物は自己管理!これだけでアイテムボックスは、人間だろうが動物だろうが全てが入るブラックボックスに早変わり!」