第38眼 異能の真価を示して下さい! の1つ目
「え、何。なんか突然怒り始めたよこの人。情緒不安定過ぎません?」
「余計なお世話ですよ!最初に見た時からおかしいおかしいと思っていたんです!貴女のそのスキル、本当はアイテムボックスではないでしょう!?」
「何を根拠に。正真正銘アイテムボックスですよ?まったく次から次へと失礼しちゃうなあ。」
「過去にもアイテムボックスの異能力を持って現れた勇者様が居て、その記述がしっかり資料に残っていたんですよ!!貴女のソレとは明らかに似て非なるモノです!」
ああなるほど。
過去にアイテムボックスを使っていた勇者が居る、と聞いて思い至ったのは、この世界に来る前の、私のスキルを選ぼうとした時にみた、スキルリストみたいな大辞典の中にあったアレの事だろう。
確か名前は…『無限裁量の道具倉庫』。
私が今使っているのは、一部内容変更版の『積量有限の七道具箱』と言うスキルだ。
翻訳システムの問題と言うよりは多分、私がフルネームで呼ばないから、全く同じスキルの名前に聞こえるんだろうと思う。そもそも普段はその辺の違いを意識せずに、ミリアンちゃんにつけさせられたルビだけで呼ぶ事の方が多い。…なんだか何かに毒されている気がするが、とりあえず今は置いておくとして。
まあでも、同じ名前をつけても違和感がないのは当然。容量を減らした代わりに出入口の数を少し増やした事以外の基本性能は、ほぼ同じ物のハズなんだけど…?
「ちょっと違う所があってもおかしくはないと思うんだけど…具体的にはどこが違うわけ?」
「アイテムボックスには、生きている生物を入れる事はできないと明記されていましたよ!」
「ほう!?」
「それを貴女は平気な顔で、人間をそのまま入れているではありませんか!道具箱と言う名前をしているのに道具以外が入っている、明らかに異常です!」
「ふむ…」
これは驚いた。
まさか、まさかムースからこの話題が出るとは思っていなかった。過去の勇者の生き残りや、その末裔なんかが居れば、言及される可能性はあるかと思っていたくらいだが…
しかしそうか、過去の勇者の資料、ときたか。
今日本で大増殖している異世界モノの漫画やライトノベルの一部は、本物の異世界冒険譚やそれを脚色した、いわゆる異世界手引書のような物だとミリアンちゃんも言っていた。
…案外、この世界に残っていると言う、その彼女が見たと言う資料と私が見たそれらは、かなり近しい物かも知れない。
だとすれば、読み物としての勇者譚漁り………有りだ。
娯楽の無いこの世界で本にありつけるなら、私としては大変喜ばしい事ではある。それに資料としての本がダメでも、別の形で見る事ができる可能性もあるのではないだろうか?
王城に戻ったらちょっとハクに聞いてみよう。
その資料とやらも随分気になる所だが、それより今は……どちらにせよムースには、アイテムボックスの扉を潜って貰うつもりだ。なら私には、説明の責任がある気がする。
「なるほどね、言いたい事はわかったよ。じゃ…実験始める前に、軽くその辺りから話そうか。アイテムボックスには生物は入れられない、だったっけ?」
「はい…そうです。」
「ふむ…」
アイテムボックス。私的には、魔法ファンタジー世界におけるド定番チートの一つだ。
細部に違いはあれど、大まかな部分は想像する通りの効果だろう。
主人公の能力や魔法であった場合のアイテムボックスは、物体を出し入れできる扉を、何もない空間に出現させる事ができる。
または魔道具等の類としてのアイテムボックスであれば、カバンや袋の形をしていながら、見た目以上に物が入る不思議収納を指す事もある。
中に入れた物の重量は無視できるのが基本だが、魔道具系アイテムボックスの場合はその一部で、中に入った物の重量がカバンの重量に直結するモノも稀にある。
大抵の場合容量は非常に大きい事が多く、作品によっては無限かそれに近い収納力が備わっている事も多い。
中に入れた物の時間は、普通に経過する場合と時間が停止する場合とがある。これは半々位だろうか?
またこれは、アイテムボックスを扱う作品でも多岐に渡る部分ではあるが、収納した物が頭の中で具体的に想像できる、もしくはゲームの道具画面のように一覧表示で見る事ができると言う場合もある。
余談だが、魔道具系アイテムボックスとほぼ同性能のチート持ちとして一番の有名キャラは、恐らくドラ●もんであろう。某ネコ型ロボットの四次元ポケットは、現在よく聞く魔道具系アイテムボックスと殆ど同機能を兼ね備えている。空想科学と魔法ファンタジーの行きつく先は同じと言う事なのだろうか。
ムースの言っているそれは、セステレスに来た勇者のスキルだと言う。だとすれば…
「私と同じアイテムボックスって名前のスキルで、出し入れの扉も同様、不可視の扉を近くの空間に自在に出せて…。容量は途方もなく大きく、限界は測定不能。あと、多分…中に入れた物の時間を止めて永久に劣化させずに保存する事ができたんじゃない?」
「ご存知だったんですか!?」
「ご存知じゃあありませんよ。言っただろ、同じスキルだって。」
「いや、だって…」
「使う人間の性格と発想の問題だよ。って言っても納得しないだろうけど。」
「勿論です。」
「だよねぇ。」
ありふれたチートでありながら、その設定が作品により微妙に異なる力、アイテムボックス。
だが逆に、ほぼ全ての作品において、能力・道具どちらのアイテムボックスでも共通する普遍にして絶対の注意書きが存在する。
『生きている生物をアイテムボックスに入れる事はできない』。
私のアイテムボックスは、この根源たるルールを度外視している。そう彼女は言っているのだ。
「いやあ、頭使えって言った手前申し訳なくなるなぁ。まさかムースもちゃんとこういう事考えたりするんだと感心するよ。ごめんねムース、私が悪かった。君はちゃんと頭使える子だよ、うんうん。」
「茶化さないでください!」
「しかし惜しい、30点だ。」
「え!?さ、30!?全然惜しくないじゃないですか!」
「そうでもないさ?資料を読み込んで理解した所で1/5。私の能力との相違点を断定した所で2/5。違和感を持ったら正しい情報を集める前に批判、攻撃なんてバカは多い。その点今回、考える為の下地と言うか、基礎はバッチリだと思うよ。ただし結論不能と言う回答ではなく即想像しやすい安易な誤答に走ってしまった為一歩後退、って所かな。」
「…今、もしかして馬鹿にされていますか?私。」
「褒めてるんだけどなぁ。後は慣れの問題だと思うよ。考える事に慣れるべし。」
「はあ…なれる、ですか…」
「1から行こうか?まあでも、アイテムボックスの実演はもう前にやったから必要ないよね。」
「はい…あの時から既に異様な力だとは思っていました。物だけでなく、人すら通さない…受け止めるわけではないから、耐久力の限界もない。全てを吸収する、見えざる無敵の盾にして、一度触れれば最後の完全拘束具……私はアレを見せられただけで、貴女を敵にしたくないと心底思いました。」
「拘束具、ねえ。」
なるほど。
そう言えば最初にこの力を見せた時、キーロちゃんに手を突っ込んで貰って、数秒だけ抜けない状態にしたっけ。
…あれ。もう殆どの機能見せてるくない?
なら口で説明すれば良いか。
「ご存知の通りこれは、アイテムボックスと言うスキル空間とこの世界とで、物を自在に出し入れできる異能だ。私のも例外じゃない。他より優れてると言えば、出し入れ可能な扉の数が複数枚同時に使う事が出来るってくらいだよ。」
厳密に言えば、邪眼と言う異能の効力として設定された…異能上の異能と言う少し特殊な発動形態をとっている。それによる恩恵もまたあるが…その関係まで細かく解説してやる必要は無いだろう。
「いい加減その勿体ぶった言い方をやめて下さい!現に、人間を収納できるなんて言う埒外の機能が備わっているではありませんか!」
「それは…ただの考え方の違いなんだよ。何度も言うけど、私のこれはいたって普通のアイテムボックスだ。順序だてて話すから、私の話を遮らない方が早く知れると思うんだけど?いい加減その辺り学習して欲しいんですが。」
「くぅっ…!」
お、これが巷で話題の女騎士の『くっ…!』か!
……いや、別に萌えないぞこれは。ムースだからか?年上だからか?頼むから私より若い女騎士でやってくれ、妹系騎士で頼みます。………………ああ、妄想上の眼福。
「私も大体ムースと同じ位の知識しか持ってなかったと思うよ。でも、それでもずっと疑問に思ってた事はあった。致命的なルールの矛盾点。そこが私の出発点だった。さて、まずはそれを君に実体験で感じて頂こう。アイテムボックスと言う見えない非物理的な能力だからわかりにくくなる。ここに現実の箱があったとしよう。ハイ注目!ここに大きなアイテムボックスと言う箱がありますよ。良いですねここですよ?で、出し入れできる口はここ。上ね。」
そう言って腰の高さ程度の大きな箱を想定し、人が二人は余裕で立てそうなスペースを手で四角く囲うように示す。上面になる辺りを手で撫でる様に動かし、そこが出し入れ口だと伝える。
ムースも怪訝そうな顔はするものの、その仕草を真剣な顔で見つめていた。
「さてムース。君の剣をそのアイテムボックスの中に入れて下さい。」
「………他の物では駄目ですか?地面に置くのはちょっと…」
「別に良いけど、ガラクタ以外でね。君がアイテムボックスのスキルを使えたら入れておきそうな、他人に盗まれたくない物で頼むよ。」
「…いえ、わかりました。ならやはり、剣にします。」
そう言って私に見せた。どうやら「ガラクタ以外」と言われて想像した物は、剣にもまして地面に置きたくない程大切な物らしい。
私は先程指定した場所の地面スレスレにアイテムボックスを開き、ちょうどいいサイズの箱が中にあったので、その箱の蓋上面を数ミリだけ出す。箱には妖精か女神かといった風情の穏やかな女性が向き合ったデザインが彫り込まれていて、それはまるで道端に突然、木製の高級絨毯が現れたような光景だ。
…ちなみに今回使ったちょうどいいサイズの箱については、髭男爵ニールが私のアイテムボックス内に持ち込んでいる、つまりは彼の私物である。
剣、地面に置きたくないなら、汚れないようにした方が良いもんね?
「…ありがとうございます。」
ムースは鞘ごと剣を、平になった地面に置く。
「違う。なんで壁貫通してんだよ。」
「はい?いや、壁って」
「そこには壁があるの!腰くらいの高さだってでしょ!はいやり直し!」
「…これ、意味あるんですか?」
文句は言うものの、言われた通り律儀にもう一度剣を手に取るムース。
今度は腰ほどの壁があるのだ、と自分に言い聞かせるようにその辺りを触りながら、ぎこちなく剣を置いた。…いかにも素人のパントマイムな、わざとらしさにちょっと笑いそうになるが我慢だ。ここで噴き出したらまたムースが怒り始めて話が長くなる。顔がニヨニヨし始めてるけど大丈夫、声さえ出さなきゃ大丈夫。
「…フゥ。さて、じゃあ今度はアイテムボックスからその剣を出して。あ、ちゃんと入り口の部分から出してよ?壁通り抜け禁止ね。」
「…」
納得していない顔ではあるが、律儀に、言われた通り動いてくれる。
少しだけ窮屈そうな体勢にも見えるが、難なく剣を手に取った。
「はい、ステップ1終わり。証明終了。ここまででわからない所は?」
「全部ですよ!全部!」
その手の剣を、鞘ごとこっちに向けて来た。
たいへんご立腹らしい。
「終了ってなんですか!まだなんにもしてないじゃないですか!私何やらされたんですか、意味なかったんですか!?」
「え、マジで!?今ので気付かないの!?」
「何にですか!」
「やっぱ前言撤回だわ。頭使え。」
「うぅ…またそれですか…」
やはりこの騎士、頭脳労働が苦手な脳筋種族らしい。
「姫様より使ってるのに…!」と小声で言っていたのは聞かなかった事にしてあげよう。王族侮辱罪みたいなのがあるかはわかないけど、結構ギリギリ発言だと思うんだが…姫の騎士がそれで良いのかムースよ。
「え、何、君、もしかしてアンデット的な何かなの?既に死んでるの?」
「はぁ!?なんですか唐突に!!そんなわけないじゃないですか!!しっかり生きてますよ!」
「じゃあ義手とか使ってるわけ?」
「生身ですよ!」
「ならどうやってアイテムボックスから剣出したのよ。」
「だから!こうやってですよ!!」
そう言って、さっきより少しだけ雑に、しかしわりかし自然に、窮屈そうな体制で木板に触れる様に、手を下へと伸ばす。
その手が下に触れる、直前。
「ストップ。」
「え」
「止まれ。」
私も歩いて木板に近づく。必然、ムースとの距離も縮まった。
同じように腰を曲げ、ただし、手は彼女の顔辺りの高さに残したまま。
撫でる様に滑らせた私の手が触れているのは、
「ここがアイテムボックスの入り口だって言ったよな。」
先程『アイテムボックスの出し入れ口』と説明したのとほぼ同じ高さ。想像上の、箱の入り口。
私の手の動きをじっと見ていた彼女は、ゆっくりとその顔を、私に向ける。
鼻先が触れ合いそうな程の距離。小さく、息を吸う音が聞こえた。
「私には、ムース・アンマンと言う生きている人間が、腕からアイテムボックスに入りかけている様にしか見えないわけだが?」
「ヒッ…あ…」
…………………私が近くに居ると息ができないらしい。言葉通りの意味で。
なんだか複雑な気分を残しながら、数歩離れる。
「『生き物を入れる事は不可能』だあ?んな小学生でもわかるような嘘が通じるのは脳みそまで異世界ファンタジーな奴だけだっつーの。百歩譲って、読物なら気にも止めないどうでも良い部分…それで良いんだろうけどな。自分の能力として使ったら一目瞭然。どう見たって穴だらけの設定じゃねえか。」
「あ…あ………」
「アイテムボックスに、生物を、人間を入れる事は不可能?NOだ!できる!入れられる!どう見たって出来ている!さあ…もう一度言おうか?ステップ1完了…証明、終了だ。質問が無ければ次のステップに進むけど?」