第35眼 二人の門出を祝って下さい! の3つ目
「そろそろ良いかね、ムースさんや。」
「…はい。」
意気消沈はしていてもしっかりと仕事をこなす。できるビジネスウーマン、女騎士ムース・アンマン。
彼女は本当に優秀だ。彼女の優秀さを語る為にはまず、王都トーキヨがどれだけ巨大かという所から改めて認識する必要がある。
つまりは認識するだけで多大な労力を費やす費用対効果の面を考えればすべからく無駄な行いなので、今は省こうと思う。
と言う事で、多くは語らないけれどああ偉大なるムース様。ムース様万歳。
……別に、その顔面蒼白さに王都内で一度休憩が必要かとすら懸念していたのにいざ到着していた出口に行列ができていて、それを見るや否や「任せて下されば直ぐに通れます。余計な事をせず黙ってできるだけ動かずに待っていて下さいね。」とわんぱく小僧に釘をさすような慎重かつ的確でとても頼りになるアドバイスを残してくれたにも関わらず、深く考えなかった私が門兵に話しかけた事で一悶着起こしかけて、しかしそのいざこざすらも早急に解決してくれた事を恩に感じておべっかで言っているなんて事は決して無いので勘違いしないで欲しい。よっ、あんたが女社長!
そんなこんなで今は既に、数日ぶりに壁の外だ。
巨壁にたどり着くまでもかなりの距離を既に歩いたと思っていたが、なんとビックリ。驚く事に、門を出た後も舗装された大きな道がまだまだ延々と一本続いている。長い道は果てが見えない程ずっと先、それこそ地平線まで続いていた。
魔族の視力と望遠透過を使えば道の果てとは言わずとも次の目印くらいは見る事が出来るだろう。が、別にそこまでして先を見たいわけでもないから見てない。
ああ、きっとこの道をずっとゆけば、アオモリにたどり着ける気がするよアオモリーロード。
身長50mを超える巨大人類の進撃でも想定しているかのような高く厚い壁を背に、二人ぷらぷらと無言で歩き始めた。本当にこんなに大きな壁、何から王都を防護してるのかは謎だ。
そしてこれまた驚いた事が。門から出て一分もすれば周りを歩く人間もほぼ居なくなり、すぐに二人仲良くお話タイムになるかと思いきや、案外と歩行者も相当数居たのである。
とは言え、出口で見た長蛇の待ち列の人数と、外に出て来ている人数がどう見ても比例していなかったりする。中のギチギチ加減と比べると、まあ非常にまばらではあるのだが。
道中馬車とすれ違った。まんま馬車だった。まごう事なき馬だった。それ以外にコメントが出ない。
早歩きで足の遅いお年寄りを追い抜き置き去りにし、距離が稼げた。少しくらい大声を出しても絶対に聞こえない程の距離。
これでようやく。本当にようやく話せる。
ムースは慎重だからなのか臆病だからなのか、無駄だとわかっていながら最後の抵抗を試みているのか、口を開く様子が無かったので私から切り出した。
「まず、ハクに何を命令されたか洗いざらい白状したまえよ。」
「全て、ですか。」
「全てです。」
「…わかりました。主な任務は、アイ様の身辺護衛。状況によってはアイ様の意向を無視してでも。また、それは命を賭してでもと。」
「それはまあ、わからなくはない。」
「なおこの中には、身体や精神を害そうとするケースや拉致捕縛、精神的懐柔や個人的な取引、脅迫等を目的とする利己的接触、なによりも貞操を守る事も含まれており、可能であれば並行して処女であるかどうかをか」
「はいストップー。ごめんちょっと待ってー、思考がおいつかなーい。」
「はい。」
「え、怖いんだけど。普通に怖い。気持ち悪い。」
「私もそう思います…」
「それが命令?本当に?よく従うね。あの人あたま大丈夫?」
「私もそう思いますよ!!でも従う他無いじゃないですか!いえ、違うんです………王は…先王クロウ元陛下は、当然この国に必要な存在ではありました。ただ良し悪しがどうあれ、誰が王であろうと一応は国の体裁は保てるでしょう。しかしヤタ様は違います。あの方は本当にこの国のあらゆる分野に精通し絶大な権力とそれを管理するに必要な能力をその身に持つ存在です。王よりもこの国の根底にあり、欠ける事も替える事も許されない主柱なのです。直接言葉を交わす事など」
異世界転移したと思ったらメンヘラストーカーに粘着された件。
だめだこれは、このタイトルじゃ誰も読んでくれないよ。私も手に取らないよ。
でもマジな話、あれに上回る身体能力を召喚の時点で貰ってなかったら、この程度では済まなかったかもしれない。なにされてたかわかったもんじゃないしわかりたくもない。
考えれば考える程怖いよこの世界!ほんっっっっっっっとに恐怖ばっかりだよ!初手詰みしてたかもしれない要素多すぎない!?
「アイ様!!」
「はい!」
「ちゃんと聞いていますか!?」
「はい聞いてます!」
すみません聞いてませんでした。考え事してました。
って言うかなんで逆に怒られてるの?怒ってるのは私の方だったはずなんだけど。
…あれ、私怒ってるんだっけ?ハクの命令にドン引きしすぎていつの間にか怒りまで消えている。今はただただ気持ち悪い。思い出したくもない。
「命令された内容についてはわかったよ。」
「あ、はい…そうですね。」
再びしょげる。そう言えば今は怒られてるんでしたって思い出したらしい。
もう私、怒る気力もないんだけどさぁ。
「あとは、私がどう思われてるのかって言うのかな。イメージとか、どう共有されてるのか知りたいわけだけど。」
「………………はい。」
「…まあ本人にはなかなか言い辛いとは思うけどねぇ。約束だし?聞かせてくれるんでしょ?」
「はい。正直に。ただ……こう、難しいのです。イメージと言うのが。私個人で思っている事も、他の方から聞いた物も、それらがどれだけ広まっている物かもそうですが…何より漠然としておりますし、私の中でも情報が足りずハッキリとしない物ばかりで…」
手元で何かをこねくり回しているような動作をするムース。
口に出している以上に考えている様子だけど、それで出てくる動作がそれってどうなの。
なに。私、粘土かなにかですか?
それに、違うんだよなぁ。聞きたかったのはそう言う、小難しい感じの事じゃなくて、もっと「顔が怖いよね」とか「目つきが怖いよね」とか「人を殺してそうだよね」とかそんなんばっかりかよ!おっと違うそんな事はまだ口に出しては言われてない。とにかくそう言うファーストインプレッション的なのが聞きたかったんだけど。こうまで真剣に悩んでくれてるのを見ると言い出し辛い。
「じゃあまず、ムースの中での私についてで良いよ。」
「アイ様。」
「え、なに?」
「質問を、させていただいてもよろしいでしょうか…?アイ様のイメージ…その答えを出す為に。」
「うーん…質問の内容によっては答えられないけど、それでも良いなら。」
質問の答えを聞くために質問すんじゃねーよとか、頭硬いよとか色々言いたい事はあるけど別に良いや。
その問答に時間を割く方が馬鹿らしい。
「貴女は何故、姫様を王にされなかったのですか?」
「……なに?」
「貴女ならばキーロ様を王にできたはずだ。なのに、何故なのですか。」
「…え、もしかしてヤタになりたかったとか?」
ヤタ。カー・ラ・アスノートの宰相的存在。
王の相談役とも言われる存在。
ヤタ任命に関して厳格な定めはないモノの、現ヤタであるハクは、クロウ王が王になる前から彼の相談役だった事から、王になった者の相談役が次期ヤタになるのでは?とまことしやかにささやかれていたのだとはニールから聞いていた。
ならさっきのは、「お前がキーロ姫様を王にしていれば私がヤタになれたのにぃい!」という意味にも聞こえる。
「そんな事ではありません!」
そんな事ではなかったらしい。
じゃあどういう事?
キーロちゃんを王にしなかった?私が?なぜ?なぜってどういう意味?
アッカー王子を次の王にしようなんて、私は言った覚えはない。
…と言う私の思考が顔に出ていたのだろうか。
「何故キーロ様ではなく、アッカー様が王になるのを黙認なされたのかという事です!」
「何故って…。決めたのはお前らだろうに。」
「キーロ様が王になれば良いと、貴方はそう思われていたではありませんか!」
確かに思っていた。………と思う。もう数日前で、記憶も曖昧だけど。
王が決まる前となると、私が王族と認識して話した相手はクロウ王と金銀おばさん、さらにミドリー。このラインナップである。キーロちゃんを除けばクズしかいないのではないかと本気で考えていたような気もする。
アッカー王子とはあの時点で殆ど言葉を交わして居なかったので、彼が王になると言うのは年齢や性別から考えれば順当だろうとは思ったが、私としては割とダークホースだった。
なら当然、これから先この国と交渉していく上で、キーロちゃんが王ならどれだけ話が早く進むだろうかと。まあ、思ったには思った。
……しかし、異世界くんだりまで召喚されて当日中に新王アッカー誕生。半日とかからなかった。さらにそれまでムースと話したのは、大謁見の間に向かうまでのあの道中しかなかったハズだ。
だから、例え思っていたとしても、
「そんな事を言った覚えはないけど?」
「あれだけ言われてわからないはずがありません!直接口にされなかっただけではありませんか!」
…読心術?スキル?
いいや違う。彼女のスキルは、そういう類の物ではない。
「あの時あの場は、交渉と言うにはあまりに一方的で、ただ一言、新しい王をキーロ様にと!そう言えばよかった!願っていた、その力が貴女にはあった……何故、そうなされなかったのですか!?」
「なぜなぜって…」
つまり、なんで力があるのに、その力を使って自分勝手してないのかってそういう事?
なんだ、その、「お前のモノは俺のモノ!」とか言わんばかりの自分勝手さ。
私のイメージを答えるための質問がコレ…私が、そう言う傍若無人なイメージって事?
「私が、自分の好き勝手しないのがそんなに変?」
「貴女は、アイ様は、神なのではないのですか!?」
「…………は?」