第34眼 登録の受付を始めて下さい! の3つ目
突如耳に届いたそれは、わりと聞きなれた音だった。細い鎖状の金属の音。
子供の手では握り隠せないような…つまり今まさに、小さな彼女の手に握られているのにその隙間から姿が見え隠れする程大きい宝石がついた、ネックレスだ。
いつの間にか眼鏡をかけていた小さな受付嬢様。彼女は私と話をしながら書類をあーだーこーだしたりそのネックレスを取り出して何かをしていたのだが、話がひと段落ついたからだろうか。ふとこちらに目を向けたまま数センチ上にお手玉のように一回放って、ジャラリ。再び手に戻って来たネックレスを、今度は無遠慮にこちらへ投げた。
避けようかとも一瞬考えたが、素直に受け止める。
手元でまじまじ見ても、やはりネックレスにしてはやりすぎな程の大きさの、暗い赤色の宝石。
赤い宝石と言えば…ルビー?だとしたらとんでもない値段になるだろうけど…。まあここは地球じゃない。同じ宝石があるかもわからないし、同じ物でも価値は全く違う可能性だってある。何より私は本物のルビーを見た事がないのもあって、判別なんてできようはずもない。
宝石の形は、スートのダイヤそのままのフォルム。その一端を遠慮がちに金属で留めてあるが……どうやってんだこれ。落ちないのか。
「通称、仮ゼム。ハンターズギルド仕様、試験者に渡される奴。首から下げときな。…一応言っとくけど売っても損するだけだから。」
これ高く売れるのかな?とか、なんで渡したんだろう?とか、そもそもこれなんだろう?とか。色々聞きたかったのに質問する前に全部答えが返って来た。売りそうに見えたんだろうか。見えたんだろうね。
成程、コレが度々話題に出てた『ゼム』か。
「仮登録は終わってる。試験完了まで可能な限り肌身離さずつけておく事。周辺状況の記録も録ってるから不正はできないと思った方が良いわよ。もちろん意図的に外したら疑われるし、最悪試験内容に関わらず失格。場所が探知できるようにはなってるけど…もし無くしたり、場所がわかってても自分でどうにもできなくなったり、ましてや売ったり…まあつまるところ、自力で持って帰って来れない場合は、回収費用に手数料上乗せで請求されるからそのつもりで。」
「了解。」
「アオモリとホッカイドー…くらいは流石に、わかるわよね?」
「大丈夫。」
北の大地…じゃなくて。
カー・ラ・アスノートの北にある魔の森、ホッカイドー。
魔の森に面しているカー・ラ・アスノート最北都市、アオモリ。
「OK。なら今回の試験内容を簡単に説明するわ。アオモリギルドでクエストをクリアして来る事。条件は二つ。一つ目は、クエスト内容の指定。ホッカイドーに入って魔人魔獣魔物その他なんでも良いから一匹以上のモンスターを捕獲ないし討伐する事。モンスターのランクが評価に直結するから可能な限り高ランク、それも討伐より無力化捕縛の方が望ましいわ。まあ欲かいて身の丈に合わないクエスト失敗なんてしたら間違いなく不合格だけど…アンタの実力なら、多分問題ないでしょうね。あと、あくまでEランクモンスターの群れ50匹全滅させても評価は『E討伐』だから。ここまで質問は?」
「二つ目の条件は?」
「質問が、無ければ、順番に言うに決まってるでしょーが!」バンバンバンダンダンダンダン!
「あー…じゃあ、同行者は居ても良い?」
「なにアンタ、もうパーティー居るの?」
「んー……そう言うのじゃないかなぁ。監視兼アドバイザー的な?自称ベテランハンター的な。」
「何その超絶胡散臭いの!?…まあアンタに監視が必要そうだってのは納得だけど、アンタの身分とか立ち位置がいまいちわかんないわ。」
わかんないのが普通だと思います。
…あんまり余計な情報は出さない方が良いのかもしれない。けど、これは多分試験を受ける前に確認しておいた方が良い事のはずだよね。
後からカンニング的な扱いにされたらたまったもんじゃない。
「そうねぇ…ダメではないけど、オススメはしないわよ。パーティー戦だと個人の実力がわかりにくくなる。評価が低く見積もられると思った方が良いわ。」
「戦闘は一人でやれば問題ないって事?」
「まあそうね。実力に合うモンスター選びとかも能力として判断基準だし、それ以外にも細かい所で色々あるから全部じゃない。けど、戦闘さえ単独ならその辺りひっくるめて概ね適正な評価になるはずよ。」
「わかった。もう質問はないかな。」
「そ。じゃあ二つ目。期限は…余裕持って、きっかり15日。今日を1日目として、15日目の朝九時までに仮ゼムを提出する事。まあ余裕持ってって言ったけど、移動にかける日程によっては1日2日程度よ。出発が明日の朝になっても良いならウチのギルドでも格安で手配可能よ。1日出発が遅れるけど、都の運送屋より安上がりになるでしょ。まあどっちみち乗合馬車だから片道5・6日はかかると思っておいて?運送屋なら報酬次第で少しは早くしてくれる場合もあるけど、気になるならそっちに直接聞いてね。ま、懐に余裕があるなら個別に馬なりなんなり調達するのが、自分のペースで進めるし良いと思うわよ。どうする?」
「馬…」
「異世界で星も気候も環境も生態系も違うはずなのになんで地球と同じ馬が居るの?何なの変なのご都合主義なのー?」とか、異世界小説を見ててよくよくひねくれた事を思っていた私だけれど。
マジで、居るんだ、馬。
居るんならしゃーなしだよね。
…しゃーなしか?いや、ほんとなんで居るんだ…!?生態系ってどうなってるの!?どうやって生まれたのかも不思議だけどどうやって無事に生き残ったのかも謎なんだけど!!魔物がどうとか言ってる世界だと天敵多そうだけど良く生き残ってるね!?保護したの?絶滅危惧してない種なの?それとも平和になってから誰かが地球から持って来たの?
それにこんな疑問を出し始めたら、「じゃあなんで人間だって環境が違うのに全く同じような形に進化して同じような文化を形成するのさ!」って話にもなるよね!謎が謎を、不思議が不思議を呼ぶよ!!
……………ま、いいけど。
深く考えても答えが出ない事だってわかってるから、これ以上考えない。
「……費用が不安なら、私が立て替えるわよ。」
「…………は?なんで?」
どう返事をしようか悩んでいただけなんだが、金銭的な問題だと思われたらしい。
しかし親切にされる理由がよくわからないせいで、ちょっとキレたみたいな怪訝な言い方になってしまった。
「まあ、迷惑かけたお詫び、みたいなもんかしらね。」
焼け落ちたカウンターの一部を見下ろして申し訳なさそうに言った。
…今関係ないし私のせいじゃないけど、後始末が大変そうだね。
「なんかその言い方だと、本音は別にあるみたいに聞こえる。」
「一応、本音よ。って言っても、他にも色々考えた事はあるけど?こんだけ強い人間が、費用が無いせいで焦って失敗して不合格なんて、バカみたいだしーとか。感謝の念からトーキヨをホームに選んでくれたら私も少しは楽できるかなーとか。女性ハンターは少ないから今の内から囲い込みたいーとか。ああ、それに実力は申し分ないし、アンタならすぐランクも報酬も直ぐにとんでもない事になりそうだし。恩も着せて、後でしっかり利子付けて返して貰うのも良いかなってわけ!ね、ナイスな考えじゃない?」
「下心多すぎんだろ。」
「今さっき、必要もない、高価な、ポーションを、無駄に、開けちゃったからねぇ!別にいいじゃないちょっとどこかで取り返したいと思ったってぇ!」ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダダダン!バン!バンバンバンバンバンババン!
「自分の早とちりが原因だろうに。」
「わかってるからアンタに文句言ってないでしょーがぁ!まあこう見えても私結構稼いでますからぁ!?良いんだけどねぇー!!」バンバンバンバンバンバババン!
良いのかよ。なら机叩くなよ。
つまりは罪悪感と親切心と下心と経済的余裕から来る持てる者の義務感的な何かって事ですかね。
変な理由じゃないしちょっとは理解できる。別に嫌じゃないし、良いか。
要らないけど。