第33眼 灼熱の業火で焼いて下さい! の2つ目
違うんです。
言い訳をさせて下さい。
見眼麗しい少女、のような外見をした成人女性と会うのはこの世界に来て二度目です。中身が成人でない例を含めれば三度目でしょう。
そんな妹的可愛さを持った美少女との、過度なスキンシップ(多少暴力的な意味合いを含む)でキャッキャウフフな時間を実現できた事に浮かれていたわけではありません。
いや無理だろ。今の。最初からつみだよつんでたよこんなの。
じゃあ例えばさ、私が「クーエンさんとやらの遣いです」って答えてたとしよう。どうなる?クーエンさん全く知らない私がだよ?
例1、
アイ「はいはい、そうですそうです。クーエンさんの遣いです。あのマッチョの。」
ネコ「クーエンはもやしっ子だ嘘つき野郎。ぶっコロス。」
→ BAD END
例2、
アイ「その通り、私はあの男性にしては細身のクーエンさんの遣いです!」
ネコ「クーエンは母親の名前だ腐れペテン師。ぶっコロス。」
→ BAD END
例3、
アイ「あー、そうそう。クーエンさんね。その通り。クーエンさん?クエン酸?の遣いです。そう、あのクーエンさんの、ねっ…!」
ネコ「どんなクーエンか言えてねぇじゃねぇか脊髄反射虚言癖ビッチが。ぶっコロス。」
→ BAD END
はいムリ。ムリですよ。嘘つくとして、じゃあどんな奇跡を起こしてクーエンとやらについてありもしない口裏合わせろって話ですよ。
「サイコロ三つを同時に振って一発で666のゾロ目が出なきゃ世界が滅びますがとりあえず気軽に振って下さい」って言われてる位ムリゲー感しか感じないんですが?
え、なんですか?それともあれですか?異世界転生する前にオレオレ詐欺をするかされるかして自分の素性を相手に錯覚させるノウハウでも学んでこなきゃいけなかったですか?そうですよね、異世界ラノベ系主人公って大抵無駄に色んな経験してますもんね。
バカがぁああああああ!!!!無茶振りに決まってんだろーがこちとら読書が好きなだけの一般人じゃああああ!!!!!
「人間がよぉぉおお、燃える時の臭いってよぉぉおお!?たっまんねぇよなぁあああ!?」だっけ。……いや、ここまで人間やめたセリフじゃなかったっけ?
まあいいや。とにかく、なんかバトルモノの噛ませ犬キャラがいかにも言いそうなセリフ吐きながら近づいて来る美少女を、私は一体どうすれば良いのだろう。
剣と魔法とスキルの世界の住人ってみんなこうなの?もしかして脳みそに筋肉と魔法が詰まってんじゃないの?人類の半分が脳筋で残り半分は脳魔なんじゃないの?
ああいや、もう、わかってるよ。
ミリアンちゃんが言うには、この世界が私の知る異世界ラノベ風なんじゃない。セステレスや他の異世界の世界の在り様が、近代異世界系創作物の素になっているんだ。そりゃあ似るだろうさ。出会って5秒で恋とバトルの乱痴気騒ぎが当たり前みたいな価値観の奴ばっかりなんだろう。だからってさ、ここまでひっきりなしになんでもかんでも巻き込まれなくってもいいじゃない?
自分でも驚く事に、危険を察知したのか数歩分後ろへ飛び退いていた。
身体能力が向上している分、条件反射も過剰になっているのだろう。
その数歩分離れた距離から見る、戦闘態勢な彼女。炎に包まれた手を差し出しながらゆっくり、ただゆっくりと近づいて来ている。
…まだだ。
「なあ、そこのお嬢さん。」
「あ?」
ミドリーの時と同じように、アイテムボックスを使って動けないように固定する事も考えた。
攻撃されても無事かもしれないし無事じゃないかもしれない、でも私が無事だとしても服が燃えて無くなる。間違いない。なら攻撃させないのがベストなんだし、それが一番確実な手だ。
がしかし、だ。
入り口のドアが施錠されず、常に解放されているハンターズギルド内。建物の裏には、半裸のギルマス。
アイテムボックスでのお手軽簡単拘束術は、王城で大立ち回りの末に大勢の前でお披露目した使い方だ。
人目を気にせず使っていればいずれ注目されるだろうし、今だって知る人が見れば「勇者です」と自己紹介してるようなもんだ。いつ人に見られるともわからないこの状況、…ましてやこれだけ建物内で暴れまわっていれば様子を見に来るのが普通だろう。こんな状況じゃあ、可能な限り使いたくない。使わずとも対処できるだろうし、使うとしても最後の手段だ。
そこで取り出したる第一手目は、小粋でクールな会話術~!
「お宅、絶対なんか勘違いしてるよ?ここは一度、冷静にさ。話し合いで解決させるつもりはないかい?」
「てめぇの答えが全てだろうが、寝言は火葬されてから言っとけ。」
決裂!
そりゃもう寝言じゃないよ、死者の呼び声だよ。妄言ならぬ亡言だよ。
さあ、続きまして第二手目は~?
………力尽くしかないわ。私も大概バトル脳。
「んなら自業自得だ…力尽くでも平和的解決、させて貰おうじゃあないか!怪我しても文句言わないでよね!」
「随分なめられたもんだな、私も。まあ、なら…」
前に出した燃え盛る手を鎖骨の辺りまで引く。
…髪も皮膚もそうだが、服すら燃える様子が無い。なんだあの不思議炎。いや、魔法の炎だ。知ってるけどさ。
「その尊大なお優しさに免じてこっちも…腕の1・2本で、」
目と目が合った。
見逃すな、気を緩めるな。次だ。引いた手で、それで、どうする。振り回す?掴みかかってくる?ファイヤーボール放っちゃう!?
どうするつもりか知らないが、手だ。燃え盛る手。その手が基点だ。その手だけだ。良く見ろ、人間やめたこの超絶動体視力で、その手だけ!その火がマジシャンの視線誘導的フェイントで他に本命があるとか許さないからな!
「勘弁してやる」
「そこだああ!!!!」
「よおぉおあ!?」
メイド喫茶で定番らしい。
らしい、と言うのは実際に見た事が無いからだけど。実際みたわけでもないのになんでかそんなイメージだけ先行している、メイド喫茶で定番らしいアレこと『萌え萌えキューン』。アレに非常に酷似した動作から繰り出される予定だった何らかの魔法攻撃の、その発動直前。
一歩。一息に下から潜り込んで、その両手首の下を鷲掴みにした。
炎を身に纏いながら、その炎は何故か自身に一切のダメージを与えていない。
魔法の不思議と言ってしまえばそれまでだが、髪も服も無事だと言うなら話は別だ。カウンターが燃え落ちた事から炎の魔法が使える事は明白だが、手に纏っているド派手な炎はハッタリ、もしくは攻撃発動前の準備段階で火の熱さとかは無いと考えるべきだろう。
実際、今掴んで居る部分も含め、既に彼女の腕は肘近くまで真っ赤な火に包まれているので私の手もその中に突っ込んでいる事になるが、全く痛くもかゆくも熱くも無い。
「取ったぞ。」
「お、ひっ!?」
数センチで鼻が触れる程の距離。
眼前に、人形のように整った、生物にしかない驚きと恐怖で表情を引きつらせる、美少女のご尊顔があらせられる。
「何考えて!!」
何考えてる、って言いたいのか?
ハハ、正直言えば。
……何も考えてなかった。
…………………………ここからどうしよう。
「とりあえず手首掴めば攻撃されないかもな!」って考えただけだった。思いつきだったんです。
ニヤリ。
とりあえず笑ってごまかしておく。
「は、なせぇ!手ぇ!」
一応捨て身の焼身攻撃とかも懸念してたけど、それも大丈夫そうだ。
とりあえず一安心。…したところでほんと、どうしようこの状況。
咄嗟の事だったし、「相手も強いし、どうせ何か考えも及ばないイレギュラーでも起こるだろうし、そうなったらそうなった時に対処しよう。とりあえずものは試しだー。」…とか考えてたもんだから、ここまで思った通りの状況になった時の事を考えてなかった。
このさきのこと、ほんと、なんにもかんがえてないの。どうしよう。
「話聞いてくれなきゃ………」
えっと、まず、美少女でしょ?
で、あと、私に害意があるってより、なんか勘違いしてるみたいだし。
敵意は有ると思われちゃダメ。
それと、一応これから登録したいハンターギルドの受付さんだって事もある。
そんな事より顔が近い。
なんか痛めつけたり、取り返しのつかないような脅しはしたくないダメぜったいダメ。
自分がされて嫌な事、でも嫌われない程度で。
だから、えっと、何か痛いとか損するとかじゃなくて、でもされて嫌がりそうな事。
えっと、えっと。
「えっと………ちゅーしちゃうぞ?」
「……………は?」
………失敗した!(二回目)
二人同時に固唾を呑んで、静寂。
ごうごうと燃える炎の音だけが耳に木霊のように響いていた。