第32眼 食品と生物は分けて下さい… の2つ目
「たのもー。」
別に道場破り的なつもりはない、と心の中で自分にツッコミを入れておく。
黙って入るのがなんだか違うと思ったから、咄嗟になにか言いたかっただけだ。
建築に詳しいわけではないが、それでも今の日本で生活していればその単語くらいは耳にする『木造』や『鉄筋コンクリート』と言う言葉。今も主流な建築物はこのどちらかだったはず、と言う程度の知識はある。まあそう言いながら、鉄筋コンクリートってどういうものかって事すら知らないんだけどね。おぼろげな記憶ながら、通ってた学校は鉄筋コンクリートだって聞いたような気がする。
ハンターズギルドも道中見かけた建物たちの例に漏れず、ほぼ全てが継ぎ目のない石造建築の二階建てだった。
この世界の、もしくはこの国独自の物なのかはわからないが、この石造建築(ムース曰く建築魔導とやらの賜物らしい)は現代日本の物件しか知らない私からすれば、記憶の中の建物のどれとも違う不思議な雰囲気を感じる。
王城は勿論のこと何から何まで規格外ではあった為そこまで意識しなかったが、日本の一般的な物件に近いハンターズギルドのサイズに比べ、この建物の扉もなかなかデカい。大人の背丈から言っても少し大きすぎるくらいの両開き扉は、大勢が同時に出入りするのに支障ないよう配慮して作られたのではないか。…今の惨状を見るに、全くの無意味に思えてもはや哀愁すら漂っている気がしてくるが。
中に入り一通り目線で内装を撫でた後、改めて見た受付カウンター。扉を開けてほぼ真正面に座っていた彼女は、手元でしていた何かしらの作業を止めてこちらをぼうっと見つめていた。
少女だ。中1か中2かくらいが妥当と思われる、美少女だった。
昔の勇者たちによる影響だろうか?王族にはじまり会う人見る人、大なり小なり日本人的な面立ちを感じる事が殆どだ。カウンター越しにこちらを眺めている少女も、王族達のそれには遠く及ばないまでも、幼さの中にはっきりとアジアンビューティーを感じる。…美しさと言うより可愛さなんだから、アジアンキューティー?
クルクルふわっとカールした明るい茶髪、見開かれた大きな瞳。美しく整ってはいるものの、高級感や気品より、比較的庶民側な親しみやすさを感じる造形美。
学校に一人か二人は居てもおかしくない。ヒロイン的な?いや違うな、読モっぽい感じかも。
…そして少女の美しさとは全く関係のない部分で、私は嫌な推理に行きついてしまう。
そんな心の不安をふつふつ沸騰させるのに忙しい私の耳に届いたのは、見た目を裏切らない幼さと拙さと心許無さを感じさせる声。
「………勇者!」
「え゛、人違いです!」
秒でバレたぁあああ!!!!?
「初顔よね!ようこそトーキヨハンターズギルドへ!本日は何、アオモリから護衛?遠征?それとも他国からかしら?」
カウンターを大回りして短い距離をバタバタ、しゃべりながらわざと踏み鳴らすかのように大仰に走って近づいて来る。そして、だ、だだっだだだだだ抱き着かれた!?
近くで見てもやはり美少女。可愛い子が興奮気味に、スキンシップ過多で満面の笑み。
控え目に言って、感無量。
「どっちにしても最高にナイスなタイミングよ!貴女は我がギルドを救う勇者、メシアよ!これも運命の巡り合わせって奴よね、ありがとう神様!やっててよかったミリアンガー教!」
抱き着いたまま離れない。ここは天国か。君は天使か妹か。
それにしても…バレたわけじゃないのか?
メシアって。まあこの世界にとっては、勇者こそ紛う事なき救国の英雄か。
………あれ?何か違和感が…なんだろう。
「あのー…」
「あ、ごめんなさい!ご存知の通りこの有様でね。」
ようやく私から離れた少女が、部屋の中を指し示すように両手を広げた。人が居ないギルドの建物は本当に静かで、閑古鳥が鳴くのを遠慮しそうな閑散ぶりだ。……裏手に居るおっさんの話声がさえなければ本当に静かだっただろう。
「いや、ごちそうさま。気にしてないよ。」
「…?そう?なら良いけど。とりあえずこっち来て座って。依頼が結構溜まってるから目を通すだけでも面倒だろうし、私が希望に沿って案内するわよ。」
「ありがとう。」
「良いわよ。貴女のランクは?あ、先にゼムとカード出しといて。」
「無いよ。」
「無い?何の話?」
「ゼム。」
「は?じゃなに、再発行に来たの?」
「違うよ。新規発行。」
「………」
「………」
「……………は?」
「新規登録って言うのかな。」
「…ランクは?」
「ないよ。」
「ゼムは…」
「無いんだってば。」
「パーティーカード…」
「それ何?」
「…新規?登録希望?」
「そそ。」
「…そのなりで?」
「そそ。」
そのなりって、私の恰好の何処を見て言ってるんだろう。
「はあああぁぁぁぁぁ…………」
盛大な溜息を吐きながらカウンターに戻っていく少女。
新規と聞いた辺りから肩を落とし、目も表情も死んだままだ。
重い足取りの後を追って、私もカウンターへと向かう。
入って来た時と同じ位置まで黙って戻った彼女。何かの作業を再開したのかと思いきや、取り出した一枚の書類に大きなハンコを音が鳴るほど力強く押し、私の前に差し出した。
「書いて。」
「待て待て待て。」
名前や職業、そのほか自由記入の魔法・スキルなどいくつか項目がある紙。そのど真ん中に大きな文字。翻訳発動の結果どうやらハンコは『不合格』だったらしい。
「名前だけで良いから、書きなさい。」
「いや書かないよ。」
「チッ」
目の前の用紙を回収、まだハンコが押されていない同じ紙を出して来た。右手にさっきのハンコが握りしめられている。
「さあ書きなさい!」
「いやそのハンコ置いてよ。まだ試験も受けてないし。」
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!もう!もう!!あんたなんか不合格に決まってんでしょーがああああああああああああああああ!!!」
バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!ドン、ドン、ドンドンドンドン!ドドドンドン!!バコンバコンバコンバコンバコンバコンバコン!
叫びながら、さっき回収した紙に『不合格』ハンコを押しまくる。ああ、さっき舞い降りたばかりの我が天使は何処へ………この子はミドリータイプか。可愛くてもアレな子だ。
お客さんが居ないギルドの、小さい子が駄菓子屋の店番するかの如くカウンターに一人。そして建物の裏手には半裸のギルマス。この状況、多分今対応できる大人はギルマスだけって事なんだろう。
とすればこの子はあのギルマスの子か孫か…半裸トレーニング男の家族ならこの粗野っぷりも頷ける。
「もうおままごとは満足したでしょ。そろそろ大人の人呼んできてくれる?」
一瞬で無に、次いで般若の形相になった元美少女は、カウンター台を両手で思い切り叩き、そのバンッと言う大きな音に面食らっているそのうちに、ついた手でそのままカウンターを倒立モドキで乗り越え目の前に降り立つ。そして
「私は!」流れるようにローキック、
「てめぇより!」腹パン、
「ト、シ、ウ、エ、」そして一瞬のタメの後
「だぁあああああ!!!!」アゴに全力頭突き。
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!あああっぁぁぁ…ぁぁ………」
その全てが少女(?)のダメージになる。さぞ痛かろう。
勇者の防御力は伊達じゃない!