第31眼 少女の孤独を払って下さい! の2つ目
私にはこの国にあるあらゆる人や物、その全て好きな時に好きな分だけ貰う事ができると言う権利を貰っている。
…今はまだ公表してないから、本当の意味で「相談なく、独断で、好き勝手して良い」のは城内だけって言われたけど。とにかくある。
その権利、使わせて貰う。今ここで。
「いや、待って下さい!」
「待たん!って事でとりあえず最初の命令、半日くらい休んで来い。」
「本当にお待ちください!」
「問題ないよね?」
「問題ありませんな」
ニールのお墨付きをもらった。
「大問題ですよ!!」
「どこが?」
「仕事があるんです!」
「それムースしかできない仕事なの?」
「い、いや、そう言う問題ではなくてですね…既に割り当てられた分がありますし、途中で放り出すわけには…」
…魔導書の整理。さっき雑務だねって言ったら、そうだよって言ってたよね?
まったく、この仕事中毒め。
夢も希望もない亡者のような顔をしながら仕事仕事言われると、東京に居た頃の……って、そう言えばここもトーキョーって名前だ。紛らわしい。日本の会社に居た頃を思い出す。
勿論担当者が担当分仕事しないのも困るっちゃ困るけど、でもさ?一番ダメなのは……今のムースみたいな状態のまま続けて、壊れてしまう事の方だ。
無理はしない程度で頑張れるのが一番。
…それになにより君がそんな顔してると、心配しちゃう人が居るわけだしね。
ですので、強制的に休んで頂きましょう。
「そっか…任された仕事を途中で放り出すのって気分が悪いもんね。」
「はい!おわかりいただけましたか…」
ほっと胸を撫でおろすムース。
「うん、わかった…つまりはムースの気分的な問題で、私の言う事は聞きたくありませんって事か…」
「ぅえ!?」
「なんでも好きな時に貰えるって話、お城の中ではみんなちゃーんと周知されてるって聞いてたんだけどなぁーー…そっかそっかー、あれってば嘘だったのかぁー…この国は私に嘘をついた事になるのかぁ……」
「う、ぐぅっ…」
「でも仕方ないよね!大丈夫大丈夫。あくまでカー・ラ・アスノートと言う国と私が交わした約束であって、国から公的に保障されてる権利だけど…別に、自分にしかできない仕事をしてるわけでもない、誰にでもできる雑務を任されているだけの、ムースの極々個人的な、気分の問題で私の言う事は聞きたくないって」
「わかりました!!!!わかりましたから!!アイ様のいう通りにいたします!!」
がっしりと肩を掴まれた。
はい勝利!
「うん、物分かりが良くて助かるよ。所でどうしたの汗すごいよ?具合悪いの?」
「くっ…!」
「そう落ち込むなって!勇者様の御意向はー?」
「絶対、です………はぁ…」
「よろしい。さ、わかったらさっさと休んで来な。」
「はぁ……わかりました、もう逆らいません…ただどういうつもりか、後でしっかり聞かせて頂きますからね!」
「あー、いや。ちょっと待って。」
「…まだ何か?」
なんだかすごい訝し気な顔をされてる。
「そんなに警戒するなって。休んだ後の事だけどさ?まずさっき言った通り、ムラクモさんに伝言よろしく。」
「あー………はい。」
「で、それが終わった後なんだけど…。キーロちゃんとスムーズに連絡取れるように、私が良いって言うまでキーロちゃんの傍についてる事。」
「……アイ様、貴女…」
「休憩とかお給金の事とかは、とりあえずキーロちゃんを通して相談してください。そのくらいかなぁ。人事異動の通達は以上!何か質問は?」
「いいえ…はい。かしこまりました」
「よろしい。じゃーまず休め休め。」
「…ありがとうございます。」
深々とお辞儀をされてしまった。
「そーゆーの良いから。ほら、とっとと行けって。」
「はい。」
ムースが何かを我慢できずに、声を殺して笑っている。
そう言えば今日初めて笑顔をみたような気がしてほっとする。…その反面、自分が笑われているようでなんだか負けた気分になってくる…
歩きながら「行ってまいります」と言い、半身で振り返った目元には涙が見える程だ。
「言っとくけど、休んだらキリキリ働いて貰うからね!キーロちゃんなだめすかしてご機嫌とって庭まで連れて来るところまでが仕事だから!」
「ええ、承知しております。…それでは。」
「…」
「…アイ様。」
廊下に消えたムースの足音がまだ微かに聞こえる中、低い声が頭の上から降って来る。
ニール、お前まだ居たのか。……いや、そう言えば今は私のアイテムボックスに寄生してたんだった。ニールご希望の椅子やベッドをはじめ、暇つぶしや情報収集に欲しいと言われた大量の本や資料の数々と、あと大事な物だと言って大小の箱を計三つ。全て同じ空間に入れてあげたのだ。
そう言えば今のやり取り、最初から全部見てたんだもんなぁ…なんか複雑な気分。
お話は聞かないで、そろそろ問答無用でしまっちゃおうかしら?と思ったら…
「私も少し出てまいります。」
「ん?何か用でもあんの?」
「ええ、人事異動の件…あらかじめ城内に伝えておいた方が、面倒も少ないでしょう。」
「おお、なるほど。気が利くね?」
「ええ、私も…このまま役立たずと思われる事は心外ですので。」
…なんかついさっき同じような言葉を聞いた気がするけど?まあいっか。
「ああ、じゃそっちは任せる。」
「では…」
軽い会釈の後、去り際の流れるような動作の中、一つの席をちらとだけ見やったが、特に何をするでもなくそのまま静かに廊下へと消えていく。
だメイド二人組もいつの間にか居なくなっていた。恐らくキーロちゃんが飛び出していったタイミングだろうけど気が付かなった。
「…」
「…」
そう、これでやっとこの部屋は『二人きり』になった。
「ミドリーちゃん。」
「はい!」
その席には、一人の小さな少女が座っていた。
流れるような長い髪とそれに負けない美しい装いとを、それぞれ別の鮮やかな緑で彩る美少女。
あどけない無邪気さと幼さを感じさせる顔立ちながら、その反面、慈愛にも似た優しさを見せる柔和な表情を浮かべる整った顔。庇護欲を誘うほど細い手足とそれに似合った身長。それらが組み合わさり、人形よりもなお極上の美しさと儚さを併せ持つ生命。未熟である今こそが完成品であると、視覚で訴えかけるような完全な容姿。
元第二王女、アーサー・キーロの実妹。フーカ・ミドリーが。
「…」
「…」
「…なんで黙って座ってるの?」
「アイお姉様の御知りになりたい事を、私は存じ上げませんでしたので。邪魔にならぬよう口を閉ざしておりました。」
「そう。」
「はい!」
「…邪魔な時は誰かが言うから、止められない限りは話したい時に話して良いんだよ。」
「はい!」
「…」
「…」
「…ミドリーちゃんは、良いのかい?行かなくて。何かやる事はないの?」
「はい!私の時間は、全てお姉さまの為の物ですから!」
「そう…」
「はい!」
私が求めていた未来と、今の形は、違う。これは、私の描いた未来予想図ではない。
ただ、私自身、姉と呼ばれる事を望まなかったわけではない。
だとすればこれは、私の望みがかなった、と言う事になるのだろうか。
今のこの子は、何処か、何かがズレている。無機質で、機械的な。そう感じるのは、私が今のこの子の中身を知っているからなんだろうか?
「じゃあ、キーロちゃんの所に行ってあげな。キーロちゃんが喜ぶような事を、考えて、してあげて。」
「はい!それでは行ってまいります!」
「…」
でも良い。
私が感じる違和感なんて、小さな事だ。
彼女が笑顔になるんならそれで良い、大したことじゃない。
その足取りは軽快で、パタパタと言うかわいらしい音も直ぐに遠く聞こえなくなった。