第30眼 騎士の経験を頼って下さい! の2つ目
ドアに手をかけながら入ってくるムース。
キーロちゃんに挨拶をしながら…ヒゲ男とは一瞬睨みあうだけで声も交わさず…近くまで来て、こちらに向き直った。
「で!?」
「ああ、はい。廊下まで聞こえておりましたが…ハンターズギルドの件で間違いないですよね?」
「そうそう。で?できんの?裏口登録!」
「できませんよ!?そ」
「って言うか老けた?」
近くで顔見るとふと思った。 数日で数年分老けたんじゃない…?
銀か灰か。光を携えたような美しい髪色をしてたはずなんだけど……若白髪な疲れた近所のおばちゃんだよ。
ミドリーの取り巻きの……名前を忘れたが、あの白髪の男の子がと並んでいた時には、色の違いがはっきりしてたんだけどねぇ。前はあった比較対象が今はない事も相まって、余計白髪のように見えてしまう。
「どういう意味ですか!?そ」
「えー?浦島太郎ばりだよ?」
「誰ですかそれ!?と」
「って言うか久しぶりじゃん!」
「そ」
「どうしたのよ、キーロちゃんの相談役なのに一緒に居なくて良いの?」
「………」
ああ、申し訳ない。うん。なんか言おうとしてたみたいだけど何度もかぶっちゃった。
会った時から疲れた顔してたけど、4割増しげんなりとした顔になってしまった…
「……それは、次期王がアッカー様に決まりましたので…っと言うかこの話、最後に会った時もした気がするのですが…」
「そうだっけ?覚えてない。」
「…っ!……こうまで断言されると私自身、言ったかどうか自信がなくなりますね…」
「大丈夫?老けたって言っても痴呆にはまだ早いよ?」
「だからっ…!いえ、もう、良いです………どうせ行き遅れですよ……」
「ごめんごめん、冗談だって。んもー、拗ねるなよー。相当疲れてるみたいだね?」
彼女の目の下には、クマのような物ができている。言いながら、私の目の辺りを指して教える。
ムースは自分の目元を隠すように手で覆い、疲れを思い出したように深く息を吐く。
「ここ数日、馴れない仕事ばかりですので…と言うか、見てわかるなら、余計に疲れさせないでいただきたいです…」
「善処します!」
「はぁ………で、話を聞きたいと言われたので参ったつもりだったのですが?…ちゃんと聞いて頂けるんでしょうか。」
うわぁ、根に持ってるよ!随分カリカリしてるし…そして大人げない!大人げないよぉ!!……何歳か知らないんだけどね!!
「ああ、で結局どっちなの?できるの?裏口登録。」
「できませんってば…そちらではなく、ステータス確認無しでの登録です。」
「「え゛」」
おヒゲのニールと麗しのキーロ、まさかのハモり。
余程驚いたらしい。
「…そもそも、私がなぜ呼ばれたのか理解に苦しみます。まずアイ様が知らないのは当然ですし……姫様は、まあ、仕方がないでしょうが…ニール、貴様、知らないはずがないだろう。仮にもヤタを目指していた者が…」
「ハンター等と言う低俗な者共の事など、いちいち」
「ハンターどうこうの話じゃないでしょう、ゼムは!ギルドゼムはマジシャンズギルドからだと記憶していますが!?」
「む…!?…その…ギルドゼムが、なんだと言うのだ…?」
「ゼムにステータスの登録は必要ないでしょう…」
「………」
「貴様こそ、まだボケる年でもないだろうに…」
どうやらムースが勝ったみたいだ。
因みにキーロちゃんは弱弱しい声でずっと「え、あの…?ムース?」「今、仕方がないって…」「私、仕方がないって、どういう、意味です…か?」「ムース?あの…聞こえてます?」などと抗議していたが、ムースは気にも止めていなかった。…と言うか多分わざと無視してた。
まあムースの言った事もわかるから何とも言えない。キーロちゃん、ちょっと一般常識に疎いみたいだもんね。
にしてもほんと、ムースがキーロちゃんにする対応は、普通の主従と言うにはフランクさが過ぎるように感じる。『気心の知れた』と言う表現がしっくりくるその関係性は、やはり少し羨ましい。
「そして姫様!貴女も…」
「はひ…!?」
「なぜ、わざわざ、私を呼ぶんですか!?ここ数日は多忙だと知っていたでしょう!?」
「あの…だって、ハンターと言えばムースかな、と…思って?」
「イロハは飾りですか…」
「…!」
「最初に気づいてください…度忘れにも限度があります。伝令で寄越したトイも、元ハンターでしょう…」
「あ、あぅ…でも、だって…ムースは、相談役ですし…最近、傍に居ないし…」
「言い訳しない。」
「……はい……」
「…まったく、姫様…。私はもう相談役では…」
「それでも…貴女は、私の…」
そこまで言ったキーロも、それを聞いていたムースも、言葉を止めてうつむいてしまった。
複雑な思いをかみしめている…
「ヘイ、トイ…」
…かと思ったムースだが、少ししてまた冷ややかな表情で、今度はメイドに向き直る。
部屋の中に居たのは一人だが、声をかけられもう一人が扉越しに出てくる。
「姫様が聞きたい事がわかっていたなら、わざわざ私を呼ばずに、姫様に意見して貴女達が答えれば良いではないですか。何故わざわざ私を呼びに来たのです?」
「「…?」」
ヘイ、トイと呼ばれた二人の瓜二つなメイドは、首をかしげながら見つめあった。
「命令されませんでしたので。」
「それは相談役の仕事ですので。」
「だから!………はぁぁぁああああ………………もう良いです………私、戻って良いですか。」