第28眼 絶対の強さを示して下さい! の3つ目
その刀身は私の眼前で止まっている。
私の握った右手、その拳に当たった剣はそれ以上先へは決して動かない。
ほんの一瞬遅れて来た台風のような風が、髪と衣服だけを乱暴にはためかせた。
「………」
「………」
私は大剣越しに、ウルカスの悟ったような目と見つめあった。
「ほらね?」
私の拳には傷一つ無かった。魔法やスキルなどで阻まれたわけではない、ただただ物理的な衝突。その結果、私の右拳は国家最強の真剣な一太刀の衝撃全てを受け止めてビクともしなかった。
力をうまく受け流すとか、そんな技術私にはない。あるわけがない。なのにその拳はただ固く、動かない。
これまで色んな物を殴ったりして、なんだかそんな気がしてはいたんだ。その考えはどうやら当たってたらしい。この世界では、少なくとも私が知ってる物理法則は通用しない。そしてその最たる事象が恐らく、私自身の肉体だ。
この世界の魔法には肉体強化等の部類もあるため、必ずしも肉体が武器に劣るとは言えない。だが、そういった魔法無しに、そして例えばただの剣士崩れの野党とかが放った斬撃ならまだしも、超一流の人物が超一級品の剣で放つ一撃を受け止められる人間は居ない。と言うか、そんなのがそこらに居ればもう、剣を振るった彼女は国家最強とは言えないだろう。
生身の人間が耐えられる衝撃ではない。たとえ全身の力の全てを使ってなら耐えられるとしても、それらを拳一つで止められるはずは絶対にない……のだそうだ。普通の人間がやったら間違いなく右手の質量が半分になるだろうね。
これはもう、鍛えたからどうなるとかいう次元の話ではない。
Q、鍛えたら拳は剣で切られても切れないくらい硬くなりますか?
A、なりません。
修練とか修行に日々を費やす人々から見れば、そんな自分の毎日に疑問を抱きかねないような光景だろう。
それは勿論、剣を振り下ろした本人が一番感じる所ではあるだろう。
何の跡も残っていない私の拳を見た彼女は、感心とも驚愕ともとれない表情で目を見開く。
「ありがとね」
そんな彼女に声をかけたのだが…納得がいかない、というよりほんの少しだけ拗ねた少女のような顔を見せたかと思えば、直ぐにいつもと変わらな凛とした表情に戻る。
同時に剣を引き、血でも振り払うかの用に横に薙いだ後、そっと背に戻す。
創作物の類でしかお目にかかった事が無いサイズのその剣はなんと呼ぶべき物なのか……。バスタードソードとかグレートソードとかの名前は両手で持つ大剣と記憶しているが、知っている知識の中では実在していた武器でアレに匹敵する物が無いため最適な言葉もなく如何とも言い表しがたい。率直に言うなら「4~5メートル程のガタイの良い巨人が持っていてようやく釣り合いがとれそうな大剣」なのだ。……であれば、巨人の剣なんてどうだろう?
そんな物作っても地球では振り回せる人間が居ないので、実在しないのも頷ける。だが目の前で、それをブンブンブォンォンと音が鳴る程自由自在に振り回す長身の美女が居るのだ。もう一度言おう。どれだけ鍛えた成人男性であろうと扱えなさそうな巨人用としか思えない剣を、振り回していたのだ。片手で。
…その一撃を受け止められる程人間やめてしまっている自分が言うのもなんだが、改めて見てもあまりに現実味がない光景過ぎて、自分がファンタジーな世界に居る事を実感する。
「ご無礼をお許しください!」
「いやいやいや、そもそも私から言った事だしね。」
丁寧に頭を下げ、後を追うように流れた銀髪。
実際に貴族を目にしたのがつい最近な私の素人目から見ても、ウルカスと言う女性の立ち居振る舞いはこの王城で見かける人々の中でもかなり精錬された部類だと思う。
見目、所作、共に抜群と言っても良い彼女ではあるが、この城で見かける王族達の美貌はそれをさらにしのぐ上、護衛としての役割を担っているウルカスは常にそんな王族の近くに控えている。それが原因だろうか、彼女自身が美しさ故に注目を浴びると言う光景は、少なくとも今の所見てはいない。
もちろんウルカスと王族に雲泥の差があるかと言われればそうではない。もう一つ大きな原因がある。ウルカスを含む衛兵衛士の皆々様方の衣服装備に関しては、白・灰・銀・黒のほぼ四色で構成されている。華が無い。彩りが無いのだ。残念ながらこれは国内最強様も例外ない。
ただ国章と思われる文様が刻まれた黒いマントは、私が渡されたそれとは刺繍だけが色違いな、とても上品な彼女の所作にふわりと付き従うようで、彼女の纏う高貴さを一層映えさせていた。
だが、やはり一級品とは言え、その上を行く極上な超一級品と並べると華やかさは一段二段落ちてしまう。
「ね?これなら問題ないでしょ?」
王城の庭の一角。私はこの場に居るもう一人に話しかけた。
カー・ラ・アスノート王国の姫。第一王妃の第二子にして長女、淡い黄色のドレスに身を包み佇む美少女。キーン・アーサー・キーロ・カー・ラ・アスノートだ。
彼女は暫く呆けた後、私の質問など聞いていなかったかのように別の質問を返して来た。
「………今のは、スキル、なのですか?」
「アーサー様。詮索は…」
「あ、失礼いたしました……。」
ウルカスの声に我を取り戻したキーロは、恥ずかし気に頭を下げる。
他人のステータス…特段スキルに関して探る行いは、あまり好まれない。らしい。
特に若者は、所持しているスキルを誰にも言わず秘する事の方が普通なのだとか。例外は勿論幾つかあるらしいが、とにかくそういう風潮から誰がどんなスキルを持っているのかなんて普通はわからない。
……異世界初日、元お后様が「スキルが使えるか確認します」みたいな事をさらって言われていた気がするんだけどね?まあ必要なのは事実だし、この国の所有物になるとでも思われていたんだろうから仕方ないのかもしれないけれど。
「別に、気にしてないよ。って言うか、スキルは使ってないし。」
「…ええ。私も、スキルや特別な魔法を使っているようには感じませんでした。とは言え、姫様がそう思われるのは仕方がないとは思いますが……」
「仕方ないって…スキルよりも先に、ほら。肉体強化系の魔法で同じ事できないの?」
「できませんね。魔法一つで簡単にそのような事ができるなら、私は剣を捨てています。」
「そりゃそうだ…」
冷ややかな目で睨まられる。大して気にはならないが。
「ウルカスは使わなかったのですか?」
「無論、アイ様のご要望通りに致しましたが……使って、あの有様なのです。」
「………生身の、肉体で受けたと?」
「推測となりますが、魔力による肉体強化を常時行っているのではないかと。それも、無意識ではないかと思っておりましたが……如何でしょうか、アイ様。」
肉体強化の魔法を延々と自分にかけていると?
「私はそんな魔法知らないんだけど……無意識にできるもんなの?」
「魔法ではなく、魔力による純粋な強化でしたら。ただ、この強度で行える人間を見た事ないのでなんとも断言はできないのですが……」
魔法ではなく魔力で強化?肉体強化の魔法がまた別にあるのに?
…うん。わからん。
「ま、とにかくこれで問題ないでしょ?」
「………」
キーロは口から出そうになったため息をなんとかとどめて、代わりに鼻から諦めのように漏れ出ていく。
晴れた空の下に居る美少女らしからぬ、どんよりと陰った表情だ。
だがしかし、これだけは譲れない。
だって、せっかく異世界に来たんだ!お約束だもんね!行きたいよね!
「はい……そう、ですね……」
「よーし!そうと決まれば早速………」
ふと私は、ここまで話していた件の場所を知らなかったと言う事実に思い至る。
「ギルドって、何処にあるの?」
時間は一日程遡って、昨日の朝食後の事だ。