第28眼 絶対の強さを示して下さい! の1つ目
大変長らくお待たせいたしました。
本編第2章、開始です。
「アイ様……」
体の中に微かに残っている何かを絞り出すような声だった。
精一杯なその声は聞く人が人ならば、決して許す事ができない巨悪に説法をするように見えたかもしれない。また別の誰かには、嬉々として戦争に出かけようとする子供をたしなめる母のようにも映っただろう。
悲しげで、苦しげで、それでも大切な何かを伝えなければと悩みの末に出した声。
私に目を向けて言葉を発した女性は、隠そうともしない苦悩を曝け出して私の名を呼んだ。
アイ。
砂原愛。19歳、元ОL。そして三日ほど前から、勇者で、魔族で、神の姉。
それが私だ。
日本に住んでた頃は関わる人間全てから、「他人に益を齎す事が無い。どちらかと言えば災厄を振り撒いて歩く、まさしく疫病神。」と言う感じで認識されていただろう。
……いや、こんな風に言ってしまえばまるで、『私が善人であるにも関わらず、その本質を大多数の人間に勘違いされている』と言うようにも聞こえるだろう。
だが、だ。実際そう言った他人からの評価は、自己認識と大して相違が無い。
私は私と関わる人間にとっての疫病神。殆どの場合が災厄の権化と言って差し支えない。
親とは不幸を擦り付け合い、級友にトラウマを植え付け、私を疎ましく思っていた伏兵ちゃんを煽って炙って叩きのめす。紆余曲折の果てにようやくできた友人らしき何かに対しても、私が貢献した事など何一つとして思い浮かばない。とまあこのように、他人に迷惑を振りまくだけの存在と私自身も自覚している。
挙句「できれば地球に一度帰ってこの人にはちゃんとお別れを告げたい…!」なんて思う程、深い関わりを持つ人物1人思いつかないような人間だ。
…なので。
ある日突然、昨今使い古された設定になりつつある中二的ライトノベルよろしく異世界召喚…この『セステレス』へと半強制的に連れて来られた現状に至っても、「なんとしてでも地球に帰りたい」と言う感情は、まあ、殆どない。
お気に入りの推理小説の犯人とそのトリックの解明には未だ後ろ髪引かれる思いもあったが、それにも随分諦めがつき始めている………いや、まだ、ちょっと、本当にちょっとだけ心残りだが。
だが地球とおさらばしてからと言う物、この三日間は本当に忙しかった。
まず召喚の際に便宜を図ってくれた異世界の神様ミリアンちゃんをとりあえず私の妹にした。到着したこの世界でとっても優しくしてくれたキーロちゃんを妹にしたかったけど、キーロちゃんには愛する実妹ミドリーちゃんが居た。できれば妹にしたいくらい可愛いキーロちゃんを、キーロちゃんが愛する妹と引き離すなんて私はできない!でもそのミドリーちゃんは性格がひん曲がってるし私にちょっかいかけてくる、とっても面倒で邪魔な存在だったので、ちょちょいと力づくで黙らせました。めでたしめでたし。
あ、あとその流れの中でキーロちゃんの国『カー・ラ・アスノート王国』と喧嘩して仲直りして、別に望んでいたわけじゃないけど気が付けばこの国の所有者になった。
王国を所有物にした、と言っても王様になったわけではない。曰く、この国の好きな物を好きな時に好きなだけ搾取して良いと言う事だ。世界史の教科書に御用達するレベルの独裁者が可愛く思えるほどの傍若無人が許されるんだってさ。どうしてこうなった?まあ、貰えるものは貰うんだけどさ。
だがいくら望む物が望むだけ手に入ると言っても、現代娯楽に汚染されつくしたこの精神を満足させる事などできはしないのだ。
想像して欲しい!たとえメルマガと仕事についての連絡しか届かないスマホだって有るのと無いのじゃ全く安心感が違う!一日ならまだ大丈夫さ、ただしほぼ毎日朝と夜にはそのメルマガで新刊の通知が無いか確認したり、まだ読んだ事の無い本のレビューを通販サイトで確認して目星をつけたり、前に読んだ本の続刊が出ていないか確認してみたり、漫画化アニメ化ゲーム化アプリ化は勿論の事でむしろ逆に漫画のノベライズだとかに派生していくメディアミックスの情報を集めて見たりと言う興味が尽きないあれやこれやを調べて居れば時間は有って無いに等しい。ネットは既に私の血肉と化しているのだ!そんな情報社会へのつながりも無い!そしてなにより私を癒す本も無い!
……いや、本と言えば本だなってやつはなんかあったけどさ?でもあれは、研究資料とか魔術書みたいなのばっかりで…私が求めてるのはそう言うのじゃないんだよ………。
妹系女子が出るライトなノベルはどこですか!
はぁ……。
そんな感じで、本とスマホが無い生活にもそろそろうんざりし始めた今日この頃、私としてはもはやこの城でぼんやりと時間を潰す事には精神的な限界を感じ始めていた。
そんな私が「異世界と言えば冒険者だよねうへへ!冒険者なりたい冒険したい!」と思うのは誰に咎められる事でもない、はずだ。
そう。だからそれは私にとって、その一環……なんでもない予定の、ほんの一部分のはずだった。
ただしそれはあくまで私にとってだけ。目の前の彼女にとっては、到底受け入れがたい事だったらしく……
「お願い、いたします……どうかもう一度…!」
険しい感情を隠さず私へ呼びかける、美しい銀の長髪を携えた女性。
鋭くはあるものの私のそれとはまた違う眼光。彼女の目は常から相手の隙を伺うような険しさに満ちているが、今はその心情も相まってだろうか、一段と鋭さを増していた。
今まさに決闘でも始めようかと言わんばかりの緊張した面持ち。諫めるような口調で真っ向から立ち向かって来るこの女性の名前は、ウルカス。
勇者の私を除けば、間違いなくこの国の最高戦力らしく、人類屈指の戦闘能力を持つと言われている一騎当千・剛の人である。
「だからさあ、話し合いの時間はとっくに終わったでしょ?もう良いって、そーゆーのは。」
「どうか、お考え直し下さいませんか…」
「もう決めたんだ。」
そんな武に生きる人物が、背中にある大剣の柄に手をゆっくりとかける……武器を持つ事を生業とする人間が見せる隙だらけで緩慢な動作。ソレを抜く事を彼女自身は躊躇っている証左だろう。
だが、彼女が望むと望まざるとにかかわらず、この話の行く末次第では、抜かなければならない………わかっていても、だが話は彼女の望む結末を迎えてはくれない事はわかっている。そんな葛藤が、一挙手一投足をさらに遅くさせる。
「私は、勇者である、貴女に!……こんな形で刃を向けたくは、無いのです!」
「…何度も言ったじゃない。私にも目的がある。叶えるのに必要だと思ったから、私は、引かない。引くつもりは、ない。」
「…………どうしても、聞き入れて頂けないのですね…」
私の目をまっすぐに見つめた後、彼女はそう静かに呟いて、背中に鎮座していた相棒をようやくその手に取った。彼女の身の丈よりもなお大きい大剣は、まるで自分の重さを忘れたかのようにあまりにも軽々と彼女に振り回されている。その剣の見た目からは信じられないような速度で、正面に構えられ、左手も優しく柄を包んだ。
「………さあ」
「………神よ。セステレスを納める神々よ、そして、運命の神よ。この罪を私は余すことなく全てを背負い、受け入れます。……ですがもし矮小な我が願いが聞き届けられるならば…そう、願わくば…贖罪の機会は、今ではなく、いつかこの体朽ちる時までお待ち頂きたい。」
……抜刀時の習わしのようなモノなのだろうか?武器をその手にしているにも関わらず、彼女が発するその希うような切なる言葉が放つ雰囲気は、神聖な祈祷の儀式そのものだ。
祝詞の後、静かに眼を閉じる。そよぐ風の音すら耳に届く程の静寂。本当に風の音が聞こえたか、と思い始めた頃。
「まいります。」
「来い!」
刀身が、音より先に振り下ろされた。