1章EX 至極迂闊の脳筋民族(バトルジャンキー) 3
湯船に浸かってゆっくりと思考を巡らせる。
…一人でゆっくり。それはどこか、いつもの日常に戻ったような。いや。錯覚だ。
湯気でぼやけて温かさにとろける思考を、頭を振って追い出す。片方だけ目を開けて、しかし閉じた瞼の裏側に、今日一日の思い出を浮かべていた。
本当に疲れる一日だった。とは言う物の、肉体的には実はあまり疲れは感じていない。ただ精神的にはそうもいかない。
体が変わっても心は人間のまま、地球で暮らしていた時から大きく変化したようには感じられない。力を持った事と環境が変わった事、そして私に否応なく積極的なアプローチを仕掛けてくるこの世界を取り巻く状況は、とても日常とはかけはなれていた。選択する事を、決める事を、動き出す事を強いる、ここはそんな疲れる世界…この世界で生きる為に足を止めていないだけで。私自身が変わったとは思っていない。
「変わってない…?」
本当にそうか?
ほんの少しの違和感が胸をついた。
そもそも私は、頭の中で思いついた言葉をあまり口には出さない方だった。最近では特にそうだったはずだ。しかしこの世界に来てからの私はそれとは真逆の行動をとる事が多い。
積極的に情報収集をしたのは、「異世界人である事による依情報不足」と言う自分の不利な部分を、少しでも埋め合わせる行為だとも言える。まあそれ以外の、家庭の事情的な部分も聞いていたような気もするが…それも情報収集の延長だろう。
ただ、手出しをする前に相手の主張を聞こうと考えたのは、自分でも少し自分らしからぬ行動のようにも思えるのだ。自分を拉致した事実がある。全てをねじ伏せられるであろう力もある。この城での話し合いもそうだが、王都壁外での勧告の時だって同じだ。平穏を脅かす相手は、叩き潰す。理由と手段があれば、叩き潰す。叩かれたなら、叩いて叩いて叩き潰す…もう二度と同じ事が起きないように。
わざわざ話を聞こうと思ったのは、我ながらにどういう心境の変化だっただろうか。今思ってもよくわからない。
それに何より今までの人生の中で、人に「妹になって欲しい」なんて言ったのは、片手で数えられる程度の回数だった。…………だったはずだ。恐らく誰もが人生の中で1度か2度位は言うだろうが、今日だけでもう2回も言っているのだ。これは十分におかしい。普段の自分ではないと言わざるを得ない。
変わった。変わってない。変わった。変わってない。
いくら考えても、その答えは出る事は無かった。
背中をもたれてみたり、縁に頭を預けてみたり、お湯に体を浮かべてみたり、お湯の出口に頭を突っ込んで浴びてみたり、足だけお湯に入れて横になってみたり。思いつく限りの考える姿勢をとってみたが、ずっと思考はループし続けた。
お湯に浸かるのに疲れた頃、私は成果の出ない脳内会議を打ち切って外へ足を運んだ。
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用意されていたタオルで体を拭いて、さてじゃあ服を着ようと思ったのだが、今まで来ていた服はどこかに持っていかれてしまった。
そこには私用に用意された青色の服があった。
「馬鹿、な……っ!」
私はなぜ、今の今までこの事に気が付かなかったのか?
代わりの服はあった。あったのだが…。
そもそもこれ、服なの?どうやって着るの?この帯みたいなの下着なの?それともそのまま着物の帯みたいに使う物なの?そしてこの紐みたいなのを結ぶんだろうけど、この何本も出てる紐のどことどこを結ぶの?って言うか広げたら蝶みたいなシルエットになったけどこれってなんなの本当に服なの!?
常識、食文化。所々に日本的文化が散りばめられているせいでうっかり忘れそうになるが、文化の水準や進歩の仕方は地球・日本と比べて拙い上にそもそも時代が古いとか新しいとかいう前に異文化過ぎるのだ。
こんな服を、これから毎日着る!?ヤダ。セステレスの服の基準がこれなら、とてもじゃないが受け入れられない。でも、そうなると、地球から着てきたあの服一着だけ…………洗わずに…?
「…いやいやいや、ダメ、無理!」
でもでもだって!こんなに沢山の布を一度に来て歩くとか絶対やだ!もっと簡素なの用意して欲しいけどできるんだろうか?言う?言ってみる?って言うか用意できたとしても結局着方はわかんないけどね!!
日本の服を、一般的な洋服で良い、私に似合わなくても良い、なんとか違和感なく着用できる服が欲しいのに…方法が思いつかない!
何かできる事はないのか、他には何がある?何ができる?魔法はまだ自在には使えない。…ならスキルは!?そうだ、私の持ってるスキルで使える物はないのか!?アイテムボックス…はどうやって使うんだって話だし……だからってその4もその5もその6も………何も無い!何もできない!大事な時に役に立つのが何一つない!クソッ!
…何故食についてはあそこまで神経質になっていたはずなのに、衣服に関しては今まで考えなかったのか。スキル選びをした時の自分の迂闊さを呪いたくなる。
異世界で生きる為に必要なスキルばかりを選んでた…沢山選べるからって、枠が余っても生活水準を改善するために…なんて事、考えてなかった…!
あったじゃないか、スキル百科事典には問題解決できそうなスキルが!想像した物を形にするスキルとか、触れた物を複製するスキルとか!ああ言うのが一つ、ただ一つあればこの問題を解決できたはずなのに!なんでたったの一つでもそういうスキルに充てなかったんだ!なんなら一つと言わず二枠使ったって良かったんだよ!スキルなんてなくても、まず余程の想定外な事態じゃない限り私は無敵に近いのに……なんで……
いや、わかってる。わかってるんだよ理由なんて。
危険な異世界にその身一つで飛び込む、となった時に真っ先に保身を考えたのも事実。
でもそうじゃない…
『RPGみたいな世界に行くんだやっほぅ!ならこんな力があれば良いよね、こんなのも欲しいな、残った穴を埋めるならこうのがあれば良いか!やったぜこれで最強!』とか思ってたよ!
なんだかんだと言いつつも、頭の中では戦いに有利な能力って事しか考えてなかったさ!
脳筋…狂戦士?戦闘民族。
……どうしよう、どれもしっくりきてしまう。
自分で考えておいて、自分で衝撃をうける…
スキルを選ぶあれだけ大事な時間、そしてあれだけの長時間……その時頭のなかに、「着る服どうしよう」って程度の最低限の女子力すらも無かったと言う事実に気づいて、もうとことんまで悲しくなってくる。
別に、私自身、女らしいと思ってたわけじゃないけどさ…
これは、ちょっとひどすぎる。