第27眼 道化に使命を与えて下さい! の3つ目
隠すつもりのない舌打ち。咄嗟に思いつかないらしく返事をできないでいる少女。
音は止まない。
「申し訳ありません、アイ様…失礼いたします。」
「問題ないわ!」
扉には中へ呼びかける為に作られた、小さな窓のような物がある。覗き見る事はできない構造だが、そこから女性の声が聞こえた。
断りの言葉と共に扉を開けようとした警邏の女は、制止した声を聞いて警戒とは別の驚きを示した声で言った。
「…フーカ様?その声はフーカ様でいらっしゃいますか?」
「……騒がしいわよ、どうしたの。」
「はい!話し声のような物が聞こえました為、音の出所を探っておりまして……」
「あらごめんなさい。ついお話が楽しくって大きな声になってしまっていたかもしれないわ。もう下がって良いわよ?」
「いえ、と言うか、ここはアイ様のお部屋で……何故フーカ様が」
「私今日は、アイお姉様との仲を深めようと同じ部屋で寝ようと話していたのよ。」
「そ、そのような報告はございませんでしたが……」
「…なにあんた、私が嘘ついてるとでも言いたいわけ?」
「い、いえ、そうではなく……今日も通常通りと聞いておりまして、その、本日も、通常通りで、フーカ様のお部屋も巡回するよう言われておりましたので…」
「ごめんなさいね、さっき決まった事だから。ね?………そうですよね、アイお姉様?」
「そうだね。」
ベッドから上半身を起こして、ドアへ向かって声をかける。
「ほら。わかったら下がりなさい。今日はここに居るから、また少しくらい声がしたからって邪魔しないで頂戴ね。わかった?」
「一度だけ、中を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「下がれって言ったの、聞こえなかった?」
「いえ、しかし…」
「アイお姉様からも、必要ないとちゃんと説明して下さいませ。」
「必要ないよ。」
「ほら、ね?」
「……かしこまりました。失礼いたしました。」
不満を隠しきれないような声ではあるが、命令には従って小窓を閉じた。
「…ったく。めんどくさい…あ、名前聞いておけば良かったかしら。まあいいわ。」
ミドリーがベッドに振り返るが、そこに私は居ない。
私は窓の前まで移動していた。
「どいつも、こいつも!私の許可なく勝手動くんじゃ…、いや、良いか。余計面倒になる……」
「……」
「それで、何か理解できない事があったんだっけ?良いわよ、そのカッスカスの頭のせいで私の計画が崩れるかもとか嫌だし。頭の悪い動物にもわかるように、説明してあげるわ。なにせ今、最っ高に、気分が良いいしね!さあ、わからない部分は教えてあげるから言ってみなさい?自由に発言していいわよ。」
窓の外、星明りを見上げる私の背に、隠せない嬉しさと見下すような声色のまま呼びかける。そしてミドリーは、テーブルの前に置いてあった椅子に、姫らしからぬ乱雑な仕草で座った。
「……なんで私に、こんな事を?」
私の質問を聞いて勢いよく立ち上がり、座ったばかりの椅子が倒れる。
「あんたには、わからないでしょうねぇ!この国は、父様が倒れたあの日からずっとこの国には、優秀な王が必要なのよ!それが、私なのよ!あの、平和ボケした優柔不断馬鹿じゃない!何も考えてない脳みそお花畑女でもない!自分の立場しか考えない、身の程もわきまえないあのゴミクズどもなわけがない!私なの!私なのよ!!」
声を荒げながら近づいて、思い切り背中を殴った。
「一番見た目が良いのも、一番頭が良いのも、一番人脈があるのも、一番ふさわしいスキルを手に入れたのも!全部全部全部私が王になるべくして生まれたって証明してる!それを、たった少し早く生まれてるってだけで、ただそれだけで!当たり前みたいに!自分が王になるんだって顔しやがって!アイツラも、周りのヤツラも、みんな馬鹿みたいに!だから私は準備した、仕方ないから馬鹿共でもわかるように一から準備してたのよ、コツコツコツコツコツコツコツコツ!何年もかけて!それを!」
殴って殴って殴って殴って、そして最後に無遠慮に蹴る。その勢いのまま、前のめりに倒れて四つん這いの体制になる。
そしてそんな私の体を、今度は蹴って、踏んで、踏んで、踏んで、蹴って。
「てめぇが来たから!てめぇが来たせいで全部パーだ!私は、必死に、積み上げて来たのに!何年も何年もかけて!それをテメェが来て、私を閉じ込めて、やっと出られたと思ったら、そしたら、王が?変わってるだぁあ!?たった一日で、私がやってきた事全部パーにしたテメェが!全部手に入れて、何もなかったみたいな顔して私に話しかけてぇ、散々弄んでくれやがってよぉ!テメェのせいで!そんなテメェがあ!王より上とか、ありえねぇだろぉが!あっていいわけねぇだろーがよぉ!おいクズ!ノロマが!」
激しく体を動かしながら声を出し続け、息は切れ額には玉の汗が浮かび始めていた。
美しさも慈悲も無い、非力な手足から発せられる本気の暴行はようやく止まる。
「ハァ、ハァ……でも、結果的には、はぁ…ほんと、最っ高ーよ。こうやって、ほら、私が、全部ひとり占め。ハァ、だって、まだもっと、かかると思ってた、し……そう、ね。…ああ、あとは、ばれないように、ゆっくりやって行けばいい、だけだし?だから、少しだけ、感謝したい気分よ。」
「あ、そ。くっだらないねぇ。」
「……………は?」
後ろから声をかけた私を振り返ったミドリーは、窓からの逆光でその表情は見えなかった。
ミドリーが倒した椅子に、私は座って少女を眺めていた。
彼女からも私の顔は暗がりで見えなかっただろう。
「下らない理由で、命をかけたなぁって言ったの。」
「命?何言ってんのあんた。」
「私と敵対してもしも失敗したら、どうなるかとか考えなかったわけじゃなかろうに。そうすれば君は、何も失わなかったんだ。」
「……え。え?」
「あれ?まだ気が付かない。ああ、一応確認したかったから、君のお人形遊びに付き合ってあげてただけなんだけどさ。ま、わかんないか。」
「…っ!!黙れ!」
「はぁ。嫌ですが。」
「は!?黙れ!しゃべるなって言ってるのよ!わかるでしょ!口を閉じろ!」
「黙るのはどっちだ。あ?」
「な、あ…?」
「うるさいなぁ。まあ、理解できないんじゃ仕方ないけどさぁ。」
「嘘、なんで…なんで!」
「君のスキル、『統治者の威光』とやらが私には効いてないからだよ。」
「は……?なん、で…」
「私は、無敵の勇者様だぜ?」
「バ、カ、は?」
はあ。お姉様って呼んでくれたの、実は結構うれしかったんだけどな。
残念。
「それにしても、成程ね。全部のお願いを聞いて…か。スキルも使う人間次第って事なのか。王様、じゃなかった。君のお父様は知らなかったよ、そんな契約の仕方。私も、いい勉強をさせて貰った。」
「な、ん…で…!効かない!そんな、馬鹿な!嘘だ!」
「嘘じゃないけど、そろそろ疲れるから少しくらい黙って聞いとけよ。じゃないと、昨日と同じの喋れなくなるまで繰り返してから話聞いてもらう事になるよ?」
「ひっ…」
「ま、可哀想だから少し位しゃべっても良いけどさ。怒鳴らない、被せない、繰り返さない。この三つは守ってくれなきゃやーよ?私にも少しは喋らせてくれるつもりだったし。それにこれが、最後だしね。」
「……さいご?」
「ん?君の最後だよ?」
「え、え…え?」
「え、無事に自分の部屋に帰れるって思ってるの?冗談だよね?この状況、もうわかってるでしょ?」
何が不思議なんだろう?
この国の人間、全て私の自由にして良いって話は、ミドリーにも伝わったと聞いてるんだけど。
「私に手を出したんだ、そのくらいは覚悟の上だろ?」
「え、…だ、って、え…」
「王様から許可は得てあるし。」
「……え……」
「君が私に何かした場合、君を好きにして良いとあらかじめ確認してある。アッカー君は、信じていたかったみたいだけどね、君の事。」
私は、私がこの城で寝る事の危険を。それによって起こる可能性のある事件を予測して、アッカーに相談してある。元王様と元お后様の無礼と末路を知っていて、まさか手を出す程愚かではないと。そう信じたいと、アッカーは言っていた。
「私は君の事、よくわからない。興味もない。でも、君のスペシャリストから注意するように言われたんだよ。きっとこんな悪手にでも、軽々と手を染めてしまうだろうってさ。ちゃんと人の言う事は聞かなきゃダメだろぉ?君の御付きの言葉なのにさ。『リスクは最小限に』って奴。そうだろう?」
「あ……ニー…」
突如部屋に現れた、痩せこけたシルエットに似合わない贅沢な髭を生やした長身の男。
彼はひとが隠れる事ができないような場所から、光が当たっていた壁の近くから生えるように現れた。
「彼は今喋れないけどね。いやぁ、喜んで協力してくれたよ。何せ君がもう王様にはなれないとわかっていた絶望していたからね。どうしても私と仲良くしたかったらしくてさあ。ぜーんぶ教えてくれたってわけだ。あ、下がって良いよ。」
「……」
「あ……」
長身の男はぎこちなく一礼して、出て来た辺りの壁の中へ溶けるように消えていった。
「ミドリー」
「っ……あ、あ…」
「…私は、君の事が気に食わない。躾のなってない、高飛車で高慢ちきで生意気な鼻持ちならない、歳のわりに中身が泥水みたいに汚れた、腐ったガキだなぁって思ってたよ。でも、別に憎いわけでもない。興味もなかった。寧ろ、君の存在は大変有益だと思ってた位なんだ。だってさ、君が居れば笑うんだよ。キーロちゃんが。」
「あ、あの…」
「だからさ。私としては、キーロちゃんを笑わせる為だけに存在してくれてればそれで良かったんだよ。どれだけその中身が腐ってようと、どれだけ毒を吐こうと。キーロちゃんを笑わせる為のピエロで居続けるなら、どこでどうしてようが構わないってさ。…私に危害を加えないなら、ね。」
「あ、たす、助けて」
「ようやく立場を理解したみたいだけどさ、正直もう手遅れなんだよね。君が手遅れにしたんだ。君に望まれる役割、気が付いてなかったわけでもないだろう?だから私を、お姉様って、そう呼んでくれてたんだろう?それを放り出したんだ、君は。役を降りた役者は、舞台には要らないって、そう思わないかい?」
「あ、の!…ごめ、ご…」
「……だけど、私も別に殺人鬼じゃない。人の命をその手で奪う事を厭う、善良な一般市民なんだ。」
「あっ…!」
とは言ったモノの、私の中では最初からある程度やる事は決まっている。
つまりは、私はできるだけ私が望んだ結論に、ひとまず現実の方をすり合わせていく感じだ。
「時に、ミドリー。君、ハッピーエンドって好きかい?」
「ぇ……?」
「私は好きだよ。大好きだ、ハッピーエンド。大団円。登場人物は誰もが大なり小なり幸せを謳歌して幕をひく。勿論緊迫感があるメインのシーンにはリアリティが物を言うとは思ってる。けど、現実的か否かを突き詰めすぎて悲劇で終わる位なら、私はご都合主義と評されようが皆幸せで良かった良かったって、スッキリとした気分で読み終われるような、そんな本の方が好きなんだ。もしも。私がもしも本を書くなら、君も笑顔で居られるような、そんなストーリーが、ハッピーなエンドが良いと思うんだよね。うん。」
つまりは予定調和。
上滑りする私の言葉を、しかし緑色の少女の耳には届いていないようだった。
気付けば、暗闇の中で目が合っていたのだ。
どうやら、ようやくその暗闇に目がなれてきたようだ。
「何、その…!?」
「おっと、抑えてるつもりだったけど……流石に見えるか。誰かに見せるつもりはなかったんだけどね、コレ。これが、私の、秘中の秘って奴さ。」
明かりの中では見えない程の、淡い光。青白い光がその瞳と、そしてその髪をわずかに包んでいた。
この姿を見られた。
なら、口封じもしておかなきゃいけないな。
ミドリーの下へ歩く、ゆっくり。
「死ぬのは嫌かい?さあ、お返事は?」
「は、ひ…!」
「痛いのも、嫌かい?」
「はい…!」
「なら、私の『お願い』に、なんて返事をしなきゃいけないかはわかるよね?」
「……は、ぃ……」
「良い子だねぇ、良い子は好きだよ?だから特別に許してあげよう。」
「え…じゃあ」
暗闇でも、彼女の表情が見える距離。撫でるように頬を押さえて、私の眼が、良く見えるように。
実験を兼ねて、と思ったが既に確信していた。
可能だと。
「君が降りた役、私があげよう。もう一度。」
「…」
「君は、心を改めて君の姉をこれから一生敬い、思い、愛し、仲良くし、決して裏切らない事。」
「っ!?」
「この約束を、絶対に、心の底から、全力で守る事。さあ、返事は?」
「……は…」
「…返事は?」
「…は、い………………」
電池が切れたロボットのように突然全ての動きが停止した。
そしてまた突然、再起動した。
「かしこまりました!そして、今まで、本当に申し訳ございませんお姉様!まずは今まで行った数々の非礼のお詫びをさせて頂きたいと思います。」
「あ…………いや、私は良いよ。それよりも、君の、本当のお姉さんと仲良くしな。」
「はい!」
「…だけど、今日はもう遅い。自分の部屋に帰って寝なさい。」
「はい!」
「あと、今日の事は秘密だよ。誰にも言っちゃダメだからね。」
「アイお姉様!おやすみなさいませ。」
「うん。」
嬉しそうに挨拶をすると、ミドリーは笑顔を携えて小走りをしながら出て行った。
「……幸せって、なんだろうね。」
腐った性根を神の力で捻じ曲げられた彼女は、幸せだろうか。
幸せになれるだろうか。正直、私にはまったくわからない。
そんな妹の中身を、何によって作られているかもわからない偽りの中身を詰め込んだ自らの妹を見て、君は幸せだろうか。
私は、この事を多分一生、君には話せないだろう。
ギーン・フーカ・ミドリー・カー・ラ・アスノート。
彼女はその5日後から、この国を壊し始めた。
本日のミリアン一言劇場
「ふぅ…アイお姉ちゃんばっかりずっと見てると、仕事が溜まっていくのですよ…」
これにて第一章本編は一応完結となります。
なお第二章開始までには時間があく予定です。
活動報告等にも記載いたしましたが、間があき過ぎるようであれば番外編等が入る可能性があります。