第27眼 道化に使命を与えて下さい! の1つ目
それは5年に一度くらいの頻度で見かける程度の、ありきたりで使い古された表現。
「人は誰もが主役で、自分と言う物語の主人公」…なのだとか。
だが私は思う。私は、物語の主人公にはなれないと。
何故か?
理由は単純明快だ。私は他人とズレて居ると言う自覚がある。
本の中の主人公と言うは大抵人間らしい感情を持っていて、殆どの物語がその主人公の半生を追いかけていく物語で、そんな主人公達の苦難苦悩の様に感情移入して、彼か彼女が問題を乗り越えた時に読む自分も苦しみを超えたような爽快感を得るのだ。
一方で、私は他人とズレて居る。ズレている自覚はあるが、果たして何が正解なのかまではわからないから、そのズレを修正する事はできない。
こんな私を主人公にして、いったい誰が感情移入できると言うのか?いいや、できない。
だから私は、物語の主人公にはなれないのだ。
突然異世界に飛ばされた?技術改革を望むなら私のような聞きかじりより専門家でも呼んでくれ。
不思議な力を貰った?バトルものならバトル能な男に任せたい。
魔法少女ですか?なら小中学生にでも頼んでくれ。
そして今度は、流れ星を追いかけて旅に出ろって?ハッハッハ!…ファンシー路線を二十歳手前の女にやらせるんじゃねぇ。
…恋愛?ああ、ならその、なんだ…?
……ほら、もっと…見目麗しい、絶世の美少女とでもやっててくれ。
私なんて、当て馬役のライバル候補にすらあがりゃしないんだから。
こんな私には、人を笑かすピエロが精々だろう。
恋愛に憧れた事はもちろんある。でも、まともな恋愛ができるとは思っていない。そう考えて生きて来た年齢=彼氏居ない歴の私。私のモテ期は前世で使い尽くしてきたはずだ。
私から見た私の人生なんてのは、だいたいその程度の物だ。
「……ここに、一緒に住みませんか?」
そんな私が、会って一週間も経たないイケメンからまさか、同棲のお申込みをされた……。
夢か、幻か。はたまた鳥か、飛行機か。
「あ…勿論、私の家族と一緒がお嫌でなければ、の話ですが…」
いいや。現実だ!
「この城に!」
ドキっ!キャーやだ本気?これからずっと一つ屋根の下で家族と一緒に過ごそうって?
うーん、困ったな、なんて返事をしようかなっ…!なーんてうそうそ、迷うはずないよね?
心の底から願い下げだよ!!!!!
「我が王よ……もう少し考えてから言葉にするべきかと…」
「なっ!あっ…!…さっきはお前も賛同してくれただろう、ヤタっ!」
顔良し、性格良し、将来性有り、経済力有り。そんな彼から同棲のお誘い…!
惜しむらくはそこに、たった一雫でも愛があればなぁぁぁぁああ!
「言い方の問題でございます……」
「とりあえずこれがなんの茶番か教えてくれない。」
「申し訳ありませんのぉ、アイ様。どうやら殿下は疲れているようで、ワシから説明いたします。」
「超手短に言え。」
「アイ様に相応しい住処がございません。」
「………やっぱりもうちょっとちゃんと説明して。」
「アイ様へご提供するに相応しい住処が現状この国になく、新しく用意させて頂くにも暫くお時間を頂く事になると言う状態でございまして。一時的な宿としてもアイ様の品にそぐう物がなく、まだこの国で一番まともな建物がこの城……と言う次第なのでございます。」
「そんな大げさな…」
今こいつ、自分の国の王様が住む王城が『まだまとも』とか言いやがった!
黙って任せてたらほぼ間違いなくもっと立派な城が建ってしまう……
「私は別に、とりあえずその辺の宿とかに泊まれれば良いから。」
「良いわけが!!ありますまい!!」
「うぅ…」
「アイ様は、御身がどれだけ貴い物なのか、まずご理解下さいませ!あのように汚らしい寝床でアイ様が眠る等あってはなりません!まして、力のある勇者様と言えどその身はうら若き乙女にございます!どこの馬の骨ともわからん駄馬が蔓延る下賎の宿で、どうして心穏やかに眠る事ができるでしょうかっ…!どうしても行くと言うのならばワシ」
「いやいやいや!」
馬の骨の駄馬って、もうそれただの馬だよ!もしくは馬の成れの果てだよ!
…じゃなくて!
このままハクに押し切られるのはとても危険な気がする…!
「ほらでも、私はそういうのは無いって言うか、襲われる事はないって言うか?今まで生きてきて女として見られた事なんてまずもってないし。」
ああ、ダメだ。自分で言っていて自分のMPをガリガリ削っていくのがわかる。
この話題を早く切り上げたい…。
「……勇者様と子を成す、と言う事はとても…本当に大きな意味を持つのでございます。昨日お話した通り、特にこの国においては、その意味を知る者はあまりに多く、それ故にこの話の信憑性を疑う者は少ないでしょう。場合によっては、命を賭してでもアイ様との子を……と考える者が居ても不思議ではありますまい。」
「え、何それ…」
え、なにこれそういう奴なの!?私今、死に物狂いで襲われて当然の存在なの?ゾンビ映画さながらに町を歩けば誰でも振り返って所かまわず突進してくる感じ?この国全体がR18指定になりかねないよ!?やめて、ちゃんと段階を踏んで!せめて間に出会いと恋愛とデートと駆け引きと告白とプロポーズを挟んでからにしてぇええ!
なんて冗談めかして心でつっこみをしては良い物の…想像したら、心が素直に恐怖した。
今まで見向きもされないどころか、意図的に目をそらされてばかりだった。それが私にとっての日常だった。私は、そういう意味でも身の安全を考えなければならないって事なのか?
何者にも負けないであろう強さを持っている。そのはずなのに、それだけでは安心しきれない嫌な冷たさが心に残る。
…って言うか、「私が女として見られない」って話題は否定されることもなく軽く話題転換されたんだけど…?ねえハクおばちゃん?それはどういうつもりでやったのかな?教えて貰えるかな?いやいいやっぱりいい、聞きたいけど聞きたくない。そういう意味でもとっても怖い。
「アイ様には馴染みがないかもしれませんがのぉ…。強力なスキルに、勇者と言う存在に。この世界で、この国で、それらは比肩する物がない程に価値があるのでございますよ。」
「…」
自分に価値はない。そう思って生きて来た私には、正反対であまりに突然のその言葉を上手く呑み込めない。ただ、こんなにも嬉しくない状況でその言葉を、価値があると言われる事をほんの少しだけ嬉しいと思ってしまう自分が居る。なんとも浅ましいとは思うが。
「まあ良識ある者はもっと正攻法からアイ様との良縁を望む事でございましょうし、そうでない者も無暗に手を出す事はそれ即ち敵対行為だと…あるいは死よりも恐ろしい結果を招くとは理解しておりましょう。そこまで構える必要もございますまい。ただ、くれぐれもご理解下さいませ。隙があれば、手段があれば、人とは魔が差すものでございます。アイ様が気にしなければ起きる過ちが、ただ少し気を付けるだけで起こらない事もあるのです。そして、アイ様に例え災いを退けるだけの力があったとしても幾千万とその身に降りかかればお体に障る事でしょうし、その内の一つがまかり間違ってその身を傷つける事もあるかもしれないのです。それだけ価値のある宝を、万難を排し守る事のできる場所……アイ様に相応しい寝床をこの城以外にご提供できないと言うのは、そういう意味でもございます。ですので」
「わかった!わかったから……」
昨日の夜は疲れていたし、用意された部屋を疑問も持たずに使っていた。ただし長居するつもりもなかった。なんなら今日にでも出て行こうと思っていたくらいだ。
「とりあえず目的地が決まるまではここに住むよ。それで良いんでしょ?」
「ありがとうございます!」
「はぁ…」
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中で寝ている人間を起こしてしまわないように、最大限の注意を払いながらドアが閉まる。そろりそろり、と静かに動く人影。暗い部屋に、ほんの少しの衣擦れの音だけが聞こえる。
「ねえ、起きてる?」