第25眼 最悪の災厄に備えて下さいっ…! の3つ目
本日のミリアン一言劇場前編
「なな、な、!?何ですかそれは!?違います!それは、空を飛ぶための異能力じゃないのです!うわああんもおおおお!信じらんなぁあい!!アイテムボックスで空飛んだり人輪切りにしたり!使い方が、全っ然、予想の、斜め上過ぎるのですよぉー!!」
「ハーあぁ……!大漁大漁!だから言ったのにさぁ、分不相応だって……勇者に勝ちたいなら、最低限空くらい飛べなくちゃ。たしなむ程度には、ね。」
しかし、思ったよりも早くキレイに片付いた。
事前にカミカゼとかいう不吉な単語を聞いていた事もあったし、何よりあれだけの人数が居たんだ。もしかしたら本当に空を飛べる部隊が、最悪自爆覚悟で突っ込んでくる人間爆弾要員なんて物が用意されているかもしれないと構えていたのだが。取り越し苦労だったようでなによりだ。
仕事も終わったと言う事で、ぱっぱと撤収しよう。
帰り道はそれこそ、遠望透過と七道具箱を併用した快適フライトモードで、自由気ままにのんびりと飛んで城へ向かう。
途中カー・ラ・アスノート軍の上を通った際は今更ながら、人の良い隊長の顔を思い出しながら一方的な挨拶になった事を思い出す。わざわざ降りて声をかける程ではないが、なんとなく「良い大人として礼儀正しい人には礼儀正しく振舞いたい」という謎の義務感が働いて、手を振って挨拶の代わりとした。こっちを見ていたのに手を振り返してはくれなかったのは残念だが……。
ふわりふわりと、戦場に向かう時とは比べ物にならない程ゆっくりと空を飛びながら思い出す。
深く考えた作戦ではなかったが、先程は我ながらに鮮やかな手際だった。
火の玉や雷と言った見た目にもわかりやすい攻撃の他、ぱっと見では正体が掴めない謎の攻撃が多数飛び交っていたが、わざわざ壁としてアイテムボックスを使ったのはそれらが怖かったからではない。珠玉の間で見たステータスの事を考えても、一般的な人間の魔法程度ではこの体が傷つけられる事はないだろうと思っているが、やはり服が心配だった。
まあ大衆の前で肌を露出するような趣味はないし。恥じらいもありますので…。
私と私の服に傷一つつかずに本当に良かった。
そしてなにより、そんなアイテムボックスをフル活用した全消しも大成功!
あの位置から全体を見渡せるとは言ったが、やりたかった事を考えるとあの高さでは不十分。
一応人間でも目視できる高さに居ないと対話できないと思って保っていた高さだったが、本当はもっと上から見下ろしたい。と、言う事で『絶対鑑定の遠望透過』。
そのままふわふわと上昇していっても構わなかったのだが、逃げたとか思われると癪だった。そしてその超高度から発動した『積量有限の七道具箱』。
私の使う邪眼にかけられた制限の大前提で、自分の視界の中か自分に対してしかその能力を発揮できない。全軍を一度に視界に入れるのに、手っ取り早く視点を上空へ移動し、アイテムボックスの能力を併用したというわけだ。
4枚展開したのは1枚が予備で上空に、3枚が分別等の意味で地表に配置。3枚の役割はそれぞれ、まず最初の一枚で足止め。そして次に二枚目で金属を身に着けていない、降伏した人間を収容。最後に残った三枚目が全てを飲み込んだ。それら全てが大軍の足元に発生したため、空を飛べない人間は抗う術も無く重力に従ってただ地面へと落ちるように消えていった。
……結局空を飛ぶ能力者が居なかったのか、もしくは居たが反応できなかっただけなのかはわからないが、だれ一人として例外なくアイテムボックスに吸い込まれるように消えていったわけだ。
本当はミドリーにやったのと同じ要領で全員殺してもよかったが、道端が血まみれになるし回収とか掃除も大変になると思ったら気が引けた。それに勿論、そんな勿体無い事は私が許さない!まさかここまでの数の人体実験材料が手に入るとは思ってなかったから、そういう意味でもテンションが上がってる。
春ような気持ちの良い気候のせいか、はたまた自分の体が丈夫になったせいかはわからないが、空の旅には全く寒さや不快感を感じない。これが自分が魔族になった事が原因だとすれば、他の人をおいそれと空中遊泳にお誘いするのが軽率なんだろうか?ああ、また一つ試してみたい事が増えた。
今更だが、見た目人間のまま魔族になるって、つまりはこの体はどうなってしまったのだろう?恐怖はないが、利便性についてはできるだけ理解しておきたいし、逆に問題になる点があるなら事前に確認しておいた方が良いだろう。今日はとても忙しかったが、余裕ができたらそこらへんも調べられるだけ調べたい。
齢19年。この年まで自分の死について考えた事も多々あるし、浅はかにも不老不死に憧れた経験もある。そういう意味では、不老ではないにせよ突発的な死に見舞われる事は殆どなくなっているこの体にはとても安心感を覚える。寿命は全うできそうだよね。
…………………………寿命ってどれくらいなんだろうね?
魔族の生態についても資料があれば確認しよう。
そんな、どうでも良い事を考えながら空を飛ぶ時間は、わりかし推理小説の犯人を捜している時の、何ものにもとらわれずに頭を動かしているあの時に似ているとふと思った。
そんな事に気が付いた頃には、王城は目と鼻の先。先程自分が飛び出したバルコニーの近くまで到着していた。
バルコニーの塀には嫌に目立つ亀裂が走っている。
……私の記憶が正しければ、出発する前はこんなヒビや傷はなかった……はずだ。
いや、正直うろ覚えだけど。
この一角だけ崩れそうに見えるし。
どうやら塀の外側から何か大きな物がぶつかったような跡があり、その影響でここだけが壊れかけてしまっているらしい。もしかしたら飛んでいて魔法のほんの一部が王城まで届いていたのだろうか?常に後方を気にしていたわけではないので断言できないが、そんな物はないと思いこんでいた。
もしくは、話題に出ていた侵入者や裏切者と交戦したあと……?
だとすれば、少し心配だ。キーロちゃんは無事だろうか。
私は開いている窓の正面に降り立った。
「おかえりなさいませ、アイ様。」
「あ、はい。ただいま…?」
部屋の中には、初対面のメイドが一人佇んでいた。
もう一人いたメイドは、頭を下げて何も言わずに部屋を出て行った。
「キーロ様の侍女。トイと申します。お食事のご用意迄今しばらくお待ちくださいませ。お戻りになられる場所の確認ができていなかったばかりに私のみでのお迎えになった無礼をどうぞお許し下さいませ。ただいまキーロ様の所在を確認中です。お疲れであればお休み頂ける部屋をご用意させて頂きましたのでご案内できますが、もしアイ様にご了承いただけるのであれば、キーロ様がお待ちの部屋へとご案内するよう言われております。如何いたしますか?」
「ああ、よろしく。」
「かしこまりました。それはご案内させていただきます。」
※------------------※
「アイ様!おかえりなさいませ!」
「ただいまー」
入った部屋の中にはキーロちゃんとムース。そして出会った時キーロちゃんの護衛?をしてた3人が居た。
「御無事で何よりです。この度はお力を貸して頂きまして、本当にありがとうございます。当然正式な謝辞はまた別にさせて頂きますが、まずはこの国の代表、王族として心よりの感謝を申し上げます。」
「別に、ボランティアしたわけでもないし。そういう挨拶とか面倒なのは良いよ。」
「かしこまりました。食事の用意は進んでいるようですが、まだ少しお時間がかかってしまいそうなので、宜しければどうぞお座り下さいませ。」
「ん。」
「失礼いたします。」
座ろうとした直前、バタバタと人が入ってくる。
アッカー王、元王様、ハク、ウルカス。そして護衛らしき男性1名。
「アイ様。無事に御帰り頂けて何よりでございます。この度は我がカーラ・ア・ス-」
「あああ!良い良い!そういう面倒なのは良いから!キーロちゃんともうやったから!」
「……失礼いたしました。ただ、国の王としてではなく…一人の人間として言わせていただきたい。貴女のおかげで、貴女が思っている以上の命が救われているのです。本当に、ありがとうございます。」
「…うん。」
改めて言われると反応に困ってしまう…。
えっと、何か、何か話題を変えよう。
「あ、ほら。あのさ。敵は全員捕まえたけどどうすれば良い?これも私が貰っちゃって良いの?」
「………捕まえた?全員、ですか?」
「うん。一人残らず。」
「カハハハハ!!!ハハ!!!」
アッカーとの話を聞いていたハクが一人、腹を抱えて笑い始めてしまった。
この変人の事だ、何処がツボだったのか皆目見当がつかない。
「あー……。一応降伏した人間がちょっとだけいるから、これについては人間として扱いたいと思ってるけど。残りはまあ、そっちが要らないなら、私としては実験とかに色々使えるかなって思って。後は、そう。武器とか防具も、数えるが面倒になるくらいあるけど。」
「それは……実は少しわかった事もあるにはあるのですが、未だこの度攻めて来た国すら特定できておらず。恥ずかしい話、またアイ様のお力に頼るような形になってしまうのですが……情報を持っていそうな人物を数人貸していただきたい。」
「うーん………別に良いけど、正直誰が指揮官とかわからないんだよねぇ。名前がわかればソイツ一人だけ出す事もできるけど。」
アイテムボックスがいくら有能だと言っても限界がある。
入れるのは元より、中に入った物も自動整頓してくれるし、出す物も条件で搾れる。しかし、中に入れた人物の知識量やらで選定する機能は流石に搭載されていない。普通は個人名を名指しするか装備品等の条件から特定する、ないしは人間は全部一塊にして出すかだ。一応ソート機能に似た物がある為、ステータスのランク事に分ける事もできなくはないが、だからと言ってステータスでどんな情報を持っているかわかるわけでもなし。
「であれば、アイ様。ワシに良い考えがございます。」
「聞こうか。」
「まず2・3人程条件を決めずにお貸し下さいますか?それの上司の名を聞くのです。最高指揮についてはわからずとも、自らに指示を出す部隊指揮官の名を知らないと言う事はまずないでしょう。それをまた2・3繰り返せば良いのです。まあある程度の権限を持つ者から話を聞ければ、必ずしも最高指揮官を特定する必要もございませんがな」
「成程ねぇ。じゃ後で出して渡すよ。」
闇雲に出して確認していくよりはそっちの方が楽そうだ。
「かしこまりました。」
「それで…どうする。捕虜と言えば、まずそっちの話からだと思ってたんだけど。」
「…」
「そっち」とはカー・ラ・アスノート。つまり私が未だにしまっちゃってる4人についてだ。
まあ、既にアイテムボックスの性能テストも順調に進んでいる。流石にもう「気が付いたら中で死んでました!」なんて言う、金魚すくいで取った弱った金魚的不測の事態はまず起きないとは思っている。
だがしかし、返さなきゃいけない物を自分が一時的に持ってるのってちょっと落ち着かない。本の貸し借りについてはそう言う物だと言う認識が刷り込まれているけど、逆に言えば本以外で物の貸し借りなんてほぼした事がない。
「……ワシの意見を言わせて頂けるのなら、できればもう少しこのままが良いかと。特にアレは、アイ様を見ればまたお気に障る事を口走るでしょうしのぉ……。」
「あ、因みにこの部屋以外にも出せるから。この城の中で好きな場所を指定してくれればそこに出すよ?まあまだ入った事ない部屋とかだと、城の見取り図みたいなのが無いとちょっと間違っちゃうかもしれないけどねぇ。」
「であれば、妻を…ギーンを、出してやっては貰えないだろうか。」
力なく項垂れやつれ、それでも視線だけは鋭い元王様から声が聞こえる。
「別に良いよ。条件を呑んでくれた時点で返すつもりだったし。何処が良い?」
「……10分か15分程後に、珠玉の間に頼めるだろうか。」
「お安い御用さ。」
「…頼む。」
そう言って元王様は、軽い会釈のような素振りをしながら踵を返した。
「他はどうしようか。王様の邪魔しちゃ悪い気もするし、時間ずらして別の場所に出す?」
「あ、…アイ様!実は、お願いがございまして……」
「ん?なーに?」
キイロちゃんのお願いなら聞くに決まっているじゃない。
さあどうぞ!
「ミドリーが、先程のアイ様への無礼を謝罪したいと申しておりました。なので、是非、ミドリーはアイ様の御前にお出しいただけますでしょうか。」
「ああ、なんだ。勿論良いよ。」
とは言ったものの、あのミドリーが謝罪するだって?ハッハッハ!新手の冗句かい?
……ダメだ。全く想像ができないからよくわからないアメリカっぽいノリが出て来た。
「今すぐでいいの?」
「はい……あの場所は、とてもキレイですが、一人で居るには……寂しい場所ですから。」
「OK。……………………さ、出ておいで。」
私はキーロの返事を聞くや否や、アイテムボックスの出口を出現させ、自主的に出れる状態にする。
しかし自ら出てくる気配はない。
この中には今ミドリーしか入っていないし、条件は何も指定していないはずだが…
声をかけるとようやく、地面すれすれに浮いている子供大の出口から、身長ギリギリのミドリーがゆっくりおずおずとした様子で出て来た。
「…」
私を見るや体を強張らせたが、自らの服の袖をがっしりと握り何かを我慢するようにそこに立っている。
そのまま無言が続くかと思っていたが、目を合わせないまま意を決したような声でミドリーが話始める。
「…さ、さ先程は、度重なるご、ご無礼を……いたしまして……」
しかし、言葉がたどたどしく途切れ、なかなか形にならずにもどかしい。
この場の誰もが、その少女の声に耳を傾けていた。
「ごめんなさい、アイ、お姉さま……。」
「許すぅぅうううう!!」
光よりも速く、瞬きより短い刹那の出来事。
私は本能のままにミドリーに後ろから抱き着き頬擦りしていた。
「ひぃいぃぃいい!!!」
そしてミドリーからは、頬擦りと同じ長さの悲鳴があがり続けた。
本日のミリアン一言劇場後編
「って、あ!だから!言ってるそばからああああ!!あ、あ、あああ……!そ、そんな風に異能力を使うなんて、ダメ!絶対ダメですー!もっぉぉぉおお!異能力は!!邪眼は正しく使って下さぁぁああい!!」