第25眼 最悪の災厄に備えて下さいっ…! の1つ目
「こっちがカー・ラ・アスノートの陣地?だよね」
「なんだ貴様!?」
「何者だ!?何処から紛れ込んだ!!」
私は飛び出した時と同じ要領で、途中に2回程足場を作って跳躍。カー・ラ・アスノートの陣営と思われる側……と言うよりただ単純に、王都近くに陣取っている群れが味方だろうと判断しそこへ向かった。
王都を囲っていると思われる大きな壁。その外ではあるがまだ壁の程近く。
未だ群がるばかりで、隊列すら組めていない人の塊があった。
人間をそんなに数えた事はないが、学生の時に見た体育館に詰めた全校生徒はその数400弱だったと記憶している。ここに見える人間の数は、パッと見その10倍は無いかと言うくらいだ。明確ではないが3000人よりは多いだろう。
そして遥か先、カー・ラ・アスノート側と比べて更に5倍は居るだろうかと言う程の人、人、人。
向こうは隊列を組んでキレイにまとまっている事を考えると、見た感じよりさらに多いかもしれない。
間違って自分が作った足場から滑落しても無傷で済むだろう、というのはなんとなく感覚でわかるっていた。…が、それでも初めての空の旅は人間としての習性からか、少しだけ緊張した。
急いだ方が良いかと思ってスピード出し過ぎたけど、次はもっと優雅に空中浮遊したいなぁ。
人間の視力でも目視できる程近付いた所で今一度、わらわらとせわしなく動く人の群れを観察。
壁際の軍の中でもどちらかと言うと壁側、他よりも身に着けている鎧の装飾が豪華で、声を張り上げて支持を出す人と何もせずに突っ立ってる人が居るエリアを見つけて、到着地点をその近くで比較的人が少ない場所に調整する。
着地間際にもう一つ出した足場を踏んで勢いを殺し、地面に降り立つ。
さあいざ声をかけよう、と思って近づいたけど良く良く考えればこの国の国旗とかがよくわからない。とりあえず間違えないように所属を確認しようと偉そうな人に声をかけてみたのだが、どうやら警戒されてしまったらしい……
「今日召喚された勇者、名前はアイです。よろしくぅ。」
「勇者だと…!?」
鎧は色こそ同じだが、一際目立つ角やトゲが付いた動きにくそうなデザインの鎧を着た人物が声をあげて驚く。兜を付けているため顔の全ては見えないが、その鎧だけでも明らかにわかるほど他とはサイズ感が異なる超重量級の人物だ。どうやら彼がこの場の監督役らしい。彼を守るように3人の人間が前に出る。その中でも彼の一番近くで支持を出していたやつれたような細身の女が、警戒心むき出しで声を上げる。
「それ以上近付くな!隊長、信じてはなりません!この短時間で城からここまで来れるわけがない!」
「む!?うむ…」
まあ言われた事はごもっとも。さっきまでお城にいたわけで、まさかここに居るわけないと言うのはわからないわけじゃないけどさぁ……
何か証明になるような物でも元王様あたりから受け取っておけばよかったかなぁ。
一度戻ろうかと考え、その考えを却下。
何故私が気をつかってやらにゃならんのか。
「ああもう、来て早々さあ……。それについては面倒だから後で説明するよ。とりあえずまず、こっちがカー・ラ・アスノート側の兵隊さん達で間違いないのか答えてくれない?……先に言っておくけど、教えてくれないなら君たちも全員敵と認識するけど。」
「待て!お前の言う通りここはカー・ラ・アスノート所属軍の本部。ワシが臨時で指揮を務めるバレルだ。」
「隊長!これは敵です!」
「この奇妙な…女?か。ジル。我にはコイツが、勇者を騙る理由が思いつかんぞ。誰何に答えんと警戒も解けんだろうし、仕方なかろう。本当かどうかは、まず話を聞いて考える。でだ、勇者と言ったか?先程何かがこちらに飛んで来たのを目にしていた……人のようにも見えた。まさかお前か。」
「ああ、見てたのね。」
「紛らわしいっ…!…カミカゼかと思ったわ……」
「カミカゼ?」
またよくわからん日本語か…。
…いや?聞いた事がある気がする、しかもあんまりよくない意味で。なんだっけ…
「ああ、知らんか……本当に勇者なのかもしれんな。元々は少し違うんだがな。最近では魔導師が、空から落ちてきて、着地と同時に魔力の全てを放って爆発する。要するに悪辣な自爆攻撃がそう呼ばれている。」
「ああ…さいですか…」
成程、戦争のアレか。
そういえば社会の授業で聞いた気がする。
ここにきてまた日本語が出てきたこともそうだが、まさか自爆特攻の固有名詞が蔓延する程常態化してると言う事態に嫌な気分が隠せない。
戦争に身を浸していれば結局、行きつく結論がそう多くない。あるいはそういう事なのかもしれないが…
「塀の中から飛んで来たもんだからもう王都に侵入されたかと焦ったが、それにしては爆音も被害報告も無くてな。なあ、勇者って事は仲間なのだろう?そろそろ警戒を解いてくれてもいいんじゃないか?こっちだってそう睨まれて、気分が良いわけじゃないんだ。」
「いや、警戒はしてないんだけど…」
「……」
「……」
「まあ、良い。部下が気分を害しただろうし、わからんでもない。」
「いや、それは別にいいさ。」
恐らく睨むなと言いたいのだろう。まあ言われなれてるから、何となくわかる。
むしろそういう意味では、細身の女性の反応の方がまだ馴染みがある物だ。
「いいや、謝らせてくれ。助っ人だと言うんなら、もう国王陛下とはお話された後なのだろう?遥々別の世界から来て早々、王命に従い力を貸してくれるわけだ。それなのに力を貸すべき味方からは出合頭に刃物を向けられる……いや、ワシなら一人二人殺しても気が治まらんわ!お前さんは懐が深そうで安心したがな!口でしか謝らんし、それくらいしかできん。素直に受け取ってくれ。」
ああ、見た目は凶悪だが、これは良い人だ。
これは少し申し訳ないな。
「まあ顔は生まれつきだからさ、気にしないでよ。」
「それは……そう、信じがたい話だな。」
「……素直にそう言われたのは初めてだよ。」
「失礼したな!それで、戦列に加わって貰えるって事で良いんだろ?」
「大きく間違っちゃいないけど、少し違うね。この場は全て私の指示に従って貰う。」
「は!?いや、それは!」
「王様から全部任されてるんだよ。勇者の力を有意義に使う為に、私の指示に従ってってね。後から伝令とかあると思うよ。」
嘘です。
まあ嘘ではあるが、全くの嘘ではない。
この場に居る人間全員を私の好きにできるって話のはずだから、完全に嘘をついたわけではない。
……うん。ちょっと言い方を変えただけ。
「隊長!」
「ああ、いや………一時的にでもこの場の指揮を任された身としては、流石に、正式な通達無しにその話を鵜呑みにするわけにはいかない。」
「ごめんね。別に信じなくて良いんだ。このままここで大人しくしててくれる?私一人で行ってくるから。」
私一人で十分、と言うか寧ろ出しゃばられると邪魔なのだ。
「……はあ!?一人でだと!?い、いや、幾ら勇者とは言えそれは無理があるだろう!」
「私の力に巻き込まれたいなら好きにすれば良い。君が良い奴っぽいから素直に忠告してるつもりなんだけどね。1人部下を向かわせれば1人、100人部下を向かわせれば100人犠牲が増えるだけだよ。」
「……」
「ならさ。私が負けたと思ったら予定通り開戦して良いし。それならどう?」
「…まあ、それなら。だがしかし……」
「君は君の仕事をした。私は私の仕事をする。OK?」
「……ああ、わかった。いずれにしてもまだこちらは時間がかかる状態だ。時間を稼いで貰えるのなら、願ったりかなったりだしな。」
「話が早くて助かるよ。じゃあ早速行ってこようと思うんだけど……ちょっと頼みが一つあってさ。」
「なんだ?」
「戦い始める前に、降伏勧告とかってするの?」
「まあ、そうだな。不気味な事に奴ら、所属している国がわかるような情報が一切ない。降伏勧告と言うか、一応警告をして返答がないか確認するように言われている。」
「OKそれも私がやるよ。メガホンみたいなのある?」
「……めがほん?」
「……わからない?」
「すまんが、わからん。」
うーん。
翻訳機能の基準、まだいまいち理解できてない…
「ああ、じゃあ、警告ってどうやって出すつもりだったの?」
「音声倍化の魔法だ。」
「ならそれ、私に使って。」
「いや、お前にと言われても、そもそも人間に使う物ではない。」
「いいからいいから。」
隊長さんの目線が、無言のままずっと近くにいた偉そうな女に移る。
「……隊長。」
「言う通りにしておけ。別に、問題ある物でもなかろう。」
「…はい。」
自分に対して魔法が使われた事を確認。
力が発動した事を確認して、直ぐに向き直る。
目指すは敵陣!
「ありがと、また後でね。」
本日何度目かの足場を作って、思い切り踏み抜いた。
直ぐに相手の陣地が近づいて来る。
「本祭が消化不良だったんだ……後夜祭くらい、ド派手に行こうか。」
王都から伸びる道を横断するように、大軍は進む事なくそこに戦陣を構えていた。
ああ、そう言えば空を飛んで来たって説明し忘れたな。