第24眼 少女は蒼穹を駆けて下さい! の3つ目
突然話題に上がった、そして久々に名前を聞いたキーン・ギーンおばさん。
彼女の話が出てきた驚いたが、それ以上に憎々しげに語るハクの顔が言葉以上の何かを物語っていて気になった。
「邪魔て。そこまで言うか…」
「全てを話せ、との事なので……気分を害されたなら申し訳ございませんが、そういった内容である事を承知の上全てを申し上げます。新王への継承もまだ公布していない現状で、アレの存在はこの国の毒でしかない。今から現状について理解できるまで説明してやりたい所ではございますが…時間がかかるでしょうし、邪魔だからと言っておいそれと幽閉などしようものなら国内貴族に与える影響は小さな物ではございません。その為恥を忍んで申し上げますれば、この国とはまだ交渉の決着が完全についていない、と言う事になっているアイ様に捕虜とされている今のこの状態こそが、正に最善なのでございます。…ワシの思いつく限りはこれで全てでございます。」
「OK、わかった。随分自分勝手な言い分だな。」
「誠に申し訳ございません。もし浅ましく欲深いワシらに今一度の機会を、慈悲を頂けるのであれば……今すぐにこの命を、この首をお捧げ致します。」
「はぁ…ホント疲れるわ。首とか命とか貰って君らは嬉しいの?要らないよそんなもん。私の邪魔だと思ったら容赦はしないけどさ……わかった?」
「ははっ。」
「まあ、さっきの回答は良い。ある程度筋も通ってるし、聞いててわかったけど心の底から言いたくない内容だったんだろう。今は信じるよ。でもまだ納得できない。ハク。まず言っておくが私はお前を信用してない。」
「光栄の極みでございます…!」
えぇ……
「……いや、あの、ほめてないけど…」
「警戒に値すると、そう言って頂けただけで天にも昇る思いでございます。」
「……まあいいや。確かに、疑いだけで殺すには勿体無いとは思うくらいに頭はまわるみたいだしね。で、だ。その明晰な頭脳は、君の頭が胴体と繋がってるうちしか使えないだろう?なら首として差し出さずに勇者の為に使えよ。とりあえず、私の納得できない部分を埋めろ。」
「…かしこまりました。」
「私の力をあてにしなかったのはなんでよ?」
「とんでもない!相手の戦力が不明でアイ様が狙われているだろうと予想ができるのに、わざわざ敵の前に曝す等アイ様が危険でございます!」
「私無しで勝算はあるの?」
「断言はできませんが、まず間違いないとは考えております。」
「おかしいだろ。それを信じるなら、相手は勝てない戦いを挑んできた事になるぞ?」
「大まかな人数と武装は確認できておりますが、実はまだ敵の明確な所属を特定できておりませんのでなんとも。ただ勿論、無謀な相手である可能性もございますが、この国のスキル保持者の数と保有戦力を考えるにほぼ負ける事はないかと。唯一、転移以外にワシらの知らぬ未知のスキルの可能性を考慮しておりますが……それは無いと信じたい所ではございますが、決して無いとは言い切れませんでな。」
「でも、目的は私だってのが正しいなら、やっぱり変だろ?あんな場所で戦いはじめちゃっても、こっちは警戒するだけだし。それこそ逃げられて終わりじゃん。」
「考え得る可能性としては、王都に程近い場所を戦場にする事で本拠地を手薄にする魂胆があるように思います。何せ転移と思われるスキル持ちが居るのは確実。となればあの大軍団を全て囮として、別動隊が少数で勇者様を狙いに来る可能性が高いかと思われます。もしくは城内で造反が出るか。次点で思いつくのは……今の所それらしい動きもありませんが、正面の敵が囮だとしてもまた別の、例えば後方等へ増援が転移してくる可能性も見ております。勇者様をこの城に留めておければ警戒されようと同じ事。現状見える戦力で負けはないと言うのは申し上げたとおりでございます。しかし相手の手の内も、本当の人数も、実際にはまだ見えていない可能性の方が高いと言うのが本音でございますので。」
「それでも勝てると?」
「ムラクモの扱いさえ間違えなければ、負けはないと考えております。」
「ムラクモ…」
ムラクモ。そういえばこの部屋まで同行しているウルカスと言う女性、彼女が何度かそう呼ばれていたか。でも、名前の中にそれらしい文字は見つからない……
「ムラクモってあだ名か何か?」
「……やはりムラクモもご存じありませんか。詳しくは省きますが、ヤタと並ぶ神語に因んだ位で、この国最強の戦力、国王を守る剣を担う者に与えられる称号のような物でございますな。」
成程納得。
確かにウルカスのステータスは一人ずば抜けている。人間よりもむしろ私寄り、と言うのは流石に言い過ぎかもしれないが……このステータスだけ見たら、普通に人間として扱うべきか躊躇う程だ。
「いや、ムラクモって言葉は聞いた事ある気がするけど…とりあえず今はいいや。で、そのムラクモのウルカスが居ればまず負けないと。そういう事でいいわけね。」
「ええ。ムラクモと渡り合える人間に全く心当たりがないわけではございません。しかし、それこそヤツらが戦場に出てくる事はないでしょうしのぉ…となれば、まず間違いなく。」
「はぁ。」
そこまで聞くとますますわからない。
敵はどう考えたって勝てない戦いを挑んできてるって事になる。
もしくは、どう考えても目の前の大軍が囮だとしか思えない状況を作っている事になる。
それとも相手は頭が悪いのか?
「こっちに勝算があるのはわかったよ。でも敵さんは何を目的に動くんだろうね。私の誘拐?それだけ?なら、今のままだと確実に失敗するってのがなんかひかかんだよなぁ……何か思いつく?」
「幾つかございますが、少なくともワシらに籠城戦を強いるつもりでしょうのぉ……。この城の、アイ様の守りを固め奇襲に大して万全をとなるとムラクモは外せませんのでな。彼の戦場に出せる戦力も限られてくるわけでございますが、そうなると圧倒するのは難しいでしょう。負けはなくとも消耗は避けられませんな。王都の守りを考えればこちらから深追いもできず、多方面との戦いに割く戦力があるかと言われれば難しい所でもございます。考えにくい話ではありますが、そういったこちらの動きを利用してあえてこの王都での戦闘全てを囮とし、ここへ兵を集めさせた上で別の戦場を狙っていると言う事もあるやもしれません。」
「……結局何も具体的にはわからないって事?」
使えるようで使えない…と言うのは言い過ぎだろうが。私よりもその辺の事に頭は働くのは間違いがないだろうとは思うが、これだけ多くの可能性を提示してしまっては何に備えれば良いのか決めかねてしまう。下手な考え休むに似たり、という言葉が頭をよぎった。
「今我がカー・ラ・アスノートは、悲しいかな方々から敵視されているのでございます。目の前の敵がもしかすると、別の敵と繋がっているかもしれない……国の内側だけに目を向け、国外の情勢を正しく理解しとる者もそう多くないのが昔からこの国の悪い部分ではございましたがのぉ……こうなるともう、何が何やら。敵の一つ一つは脅威ではなくとも、知らぬ間にそれら全てが敵となるかもしれない………加えて言えば、既にそういった動きがあるのでございます。それでも目の前の敵を倒すしか残された手段はなく、手の届く場所に居る敵を叩く…それ以上に良い手段がないのでございます。」
「OK。わかった。私が行く。」
「なりませんアイ様!!」
それは悲鳴のような声だ。
私の羽織るマントを思いきり握りしめて叫ぶハクの声は、悲しみと怒りが見て取れる。
それは間違いだ、気づけと、魂で訴えてくるような圧。
「せめて今日だけは、本日一日だけはここに居て下さいませ!敵は未知!せめて、せめて一度敵の手を見て、安全だと思えるだけの情報が手に入ってからにして下さいませ!今アイ様が行くのは危険が過ぎます!」
「勘違いするなよ、ハクちゃん。君はさっきなんて言った?」
「わ、ワシがですか?」
「この国の人間全部私の財産、なんでしょ?消耗は避けられないって?ならそんな無駄遣いしないでよ。」
「アイ様の安全を少しでも確実な物とする為には必要な犠牲なのです!」
「その理屈は理解できなくないけど、私の為に人が死んだとか言われても気分は良くないわ。」
「気分の問題ではないのです!」
「この城で私が狙われるかもしれないなら、私が戦場に出ればその対策もしなくて済む。違う?」
「それとこれとは別の問題です!」
「別じゃないよ。正直さっきハクちゃんが言ってた戦術とか戦略みたいな事は全然わからないけど、結局は相手の意表をついて、相手の度肝を抜いて、相手の計画を潰してやれば良いんだ。勿論私も、自分の安全を捨てるつもりはないから、確認ができてからだけどね。」
「は…あ、ご理解いただけて何よりでございます。では、戦場からの情報は可能な限り早くお届けいたしますので、それまでご」
「あ、違う違う!確認ってのは相手の戦力についてじゃなくてさ。幾つか聞きたい事があるんだ。」
「はい?ええ、何でございましょうか。」
窓に向かって歩き出す。
遅れてついてくるハクとキーロ。残り三人はその場から動かない。
「この世界にドラゴンは居る?」
「…………ドラゴン、でございますか?」
「ドラゴンでございます。」
「ええ、まあ、おりますな…数は少ないですが…」
「あの軍団にドラゴンが突っ込んでいったら、人とドラゴンどっちが勝つ?」
「普通ならまず間違いなく、ドラゴンでございますなぁ。」
窓を開け放つと温くも寒くもない風が入ってくる。
そのまま塀まで歩く。
「なら問題ない。何せ私は、多分ドラゴンよりも強いからね。」
「そ………」
「じゃあ最後にも一つ。人は、ドラゴンのようにこの大空を飛んでみたいと思うかい?」
「それは……わかりかねます。」
「ありゃ。」
「が、飛べたとしても、ワシはまず飛ばんでしょうなぁ。」
「そう?飛べたら気持ちいいと思うけど。……キーロちゃんも、そう?」
「……」
当たり前のように話しかけたかったが、そうできていたか自信はない。
「キーロちゃんは、さっきの事怒ってる?」
その不安が、喉で止まる。
答えが来ない沈黙の時間は長く、長さが鋭い刃になって私を責める。
「…飛んでみたいと、思った事はございます。」
「……キーロちゃん。」
「高い所も、体験した事がない事も、怖いと感じますが。それでもあの空から、この世界を見下ろしてみたいと。…勿論人間には過ぎた願いだと、この年になって理解しております。そういった力を持つ方も居るそうなので、一生に一度で良いからお話をお聞きしてみたいです。」
その答えで十分だった。
「なら今度一緒に飛ぼうか。」
キーロとハク。それぞれから今日何度目かもわからない驚きの声が聞こえた。
「いや違うな、えっと……。私さっき、一つお願い事を聞いてって言ったよね、キーロちゃん。」
「え、ええ。」
「今度暇つぶしに、一緒に飛ぶよ。約束ね!」
「ふ……あは、あははは、は、はははは!」
キーロはいきなり、口を大きく開けて笑い始める。
…別に面白い事は言ってないつもりなんだけど。
でも、キーロちゃんが楽しそうに笑ってくれる姿は、とてもうれしい。
自分の笑い方がはしたないと思ったのか、口を必死に抑えて声を殺し、それでも笑い続けるキーロ。
ようやく落ち着いた頃、目じりに浮かんでいた涙を拭いて私の目をはっきりと見た。
とても救われた気分になる。
「はい!」
この子の憂いを取り払えるなら、例え怪しげなロリババアに乗せられたって構わない。
「アイ様…止めても意味がないとわかってはおりますがのぉ…せめて、何かあればすぐに引いてくださいませ。」
「はいはい。あ、そうそうキーロちゃん。食事の準備してるって言ってたけど、帰ってきたら食べたいから準備しておいて貰える?スープとかある?あったかいヤツ。なんせ空は寒いって聞くからね。」
「かしこまりました。お時間がどれくらいかわかりませんので、いつお戻りになっても良いよう伝えておきますね。」
部屋の中からの景観を損なっていた原因の、地平線を遮っていた塀の枠に手をかける。
ここからならその先が見える。
王都と言うだけあって、ここは大きな都。眼前には街並みが広がっていた。
だが、それだけでは足りない。
「いや、直ぐで良いよ。多分、30分もしないで戻るから。」
「…はい、わかりました。」
「行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ。」
塀をさっと乗り越えて、空中へ身を投げる。
そして私は、他の誰にも見えないその足場を、全力で踏み抜いて跳んだ。
戦場へ一直線に。
本日のミリアン一言劇場
「アイお姉ちゃん!?いや、あの!私、普通に、名前さえちゃんと覚えて貰えればそれでわりと満足なのですが!?」