07 岩山のケダモノ
救助活動は難航していた。
大時計塔ほどではないが、それでもかなりの高さのあった岩山が崩れて落ちたのだ。
せめてリードとカグヤの位置を確認しようと、探索用の魔法が得意な魔術師を呼びに行っているが――
「……っ!」
地揺れとともに、魔法剣士クラスの女性教官の前で、ひときわ大きな岩の塊が崩れ、斜面を転がり落ちた。
これではいつまで保つか分からない。
「まったく、迷惑ばかりかけて……!」
悪態をついてみたものの、岩山を掘り返す彼女の額には汗が浮かんでいる。
学院では怪我なんてつきものだし、ときには演習中に『不慮の事故』で落命することすらある。なにしろ実戦さながらの演習なのだ――治癒魔法の準備はあるが、それでも間に合わないこともあるし、学院生の側でもそういった危険は承知のうえだ。
だが。
リードの魔法がきっかけになったとはいえ、崩落自体は演習場の整備の問題だ。そもそも全力で戦うというのが今回の課題なのだから、学院側に非があると言えるだろう。
それに――。
あんな問題児でも、教え子が自分の担当する演習で命を落とすのはさすがに目覚めが悪かった。
「ああ、もうっ」
一気に魔法で吹き飛ばしてしまえれば簡単だが、中の2人のことを考えると迂闊なことはできない。
そのとき、また大地が揺れた。
崩れた岩山の一部が、明らかに自然現象とは違う揺れかたをしていた。
まるで、内側から大きな力が働きかけているような――
「みんな! 下がりなさい」
叫び、近くで救助にあたっていた学院生たちを避難させたその直後、低い地響きとともに、何かが飛びだしてきた。
それは風の槍。
巨大な掘削機と化した風魔法《穿つ巨人の矛槍(ヘカトンケイルズ)》だ。誰かが内側からその8節の魔法を放ち、岩山に大穴を開けたのだ。
もっとも、『誰か』などと考えるまでもない。
『彼』だ。
その証拠に、
「ちょ、ちょっと……!」
空に向かって斜めに飛び出していた風の槍は、ぴたりと動きを止めると、幾本にも分かれて外の人間に襲いかかってくる――女性ばかりを狙って。
「こんなときにまで!? 馬鹿じゃないのあいつ! ちょっと待ってまだ心の準備が! いやっ、いやあああああ」
本日の下着は黒だった。金の刺繍が施された、なかなか豪華なやつだ。
良かった、ちゃんと上下おそろいで。というか、リードと会うときは毎回下着をそろえている。それも、なるべく新しくて品のいいやつを。彼女か私は。
などと意外と冷静に彼女が考えているあいだも、あたりでは似たような惨状が繰り広げられていた。
「きゃああ!」
「ひいっ!」
「やだっ……ちょっと快感!」
演習を中止して駆けつけていた女子たちの阿鼻叫喚。
すると――
ぽっかり開いた岩の穴からこの地獄絵図の張本人が姿を現した。彼に抱き寄せられたカグヤは、当然のように服が千々に破られている。
ざっ、と地を踏みしめて彼は――変態剣士リード・バンセリアは、あたりを眺めて目を細め、満足げに息を吐いた。
「ああ、良かった」
「良く……ないわよっ!」
女性教官の跳び蹴りが彼の側頭部にヒット。
彼女はリードの腕から、カグヤの体を引ったくった。
「カグヤさん、大丈夫!?」
小柄な少女剣士はやや茫然としており、土埃で汚れているが、目立った外傷はない。
「ねえ、あのケダモノに何かされなかった? って、服ぼろぼろじゃない! ほとんど裸っ! 大丈夫? 本当に大丈夫!?」
肩をがくがくと揺らされてカグヤは、
「い、いえ、別に……」
途切れ途切れに言う。
「いいのよ、私にはなんでも言ってちょうだい! 何かされたり、言われたりしなかったの!?」
「あの、そんなに揺らしたら舌を噛むのでは」
「あなたは黙ってなさい! どうしたのカグヤさん、なんだって?」
「その……全力で…………、やり合うのは……楽しい、と」
「や、ヤる!? 全力で!? 他には? 他には何か言われたの!?」
「は、肌が――」
カグヤはかろうじて声をしぼり出した。
「その……綺麗だと、言ってもらえたのは、少し、嬉しく、て」
「!」
女性教官はようやく手を止め、そして怒りに満ちた声で、
「こ、こんないたいけな少女に……! 密室でなんてことを」
振り向き叫んだ。
「リード……! リード・バンセリアぁあ!!」
リードはため息をつき、リードは女性教官の前に歩み出たのであった。