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06 暗闇のふたり


 真っ暗だ。


 風の気配も感じない。どうやら完全に閉じ込められてしまったらしい。


 岩山の崩壊により、リードとカグヤは完全に生き埋めになってしまった。


 上空にいたアルデアはともかく、崩れゆく足場に動きを封じられたカグヤと、彼女をかばったリードは崩壊に巻き込まれた。ちょうど硬い岩盤が屋根になっているのだろうか――奇跡的に、馬2頭分くらいのごく狭い空間ができていて、2人はそこに収まっていた。


 立ちあがると窮屈なほどに低いので、膝をついた姿勢のままリードは問う。


「怪我はないか?」


 目の前いるはずカグヤの姿も、おぼろげにしか確認できない暗闇だ。


「はい。私は問題ありません」


「スキルのおかげか?」


 カグヤのうなずく気配があった。


「肌を硬質化させているのか」


「ええ、《臆病者の鎧(バイブスキン)》――私の皮膚は特別製ですので。裂傷や打撲には強いのです」


 スキル――魔法によらない特殊技能のことを指してそう呼ぶ。


 巷では奥義だとか、異能、超常、ユニークアビリティなどさまざま呼ばれるが、学院では『スキル』の名称で統一されている。


 心身を鍛えあげることで習得するものであり、魔力をいっさい使わない。魔法が起こす奇跡と比べれば効果は限定的だが――魔力や詠唱を必要としないので、その発動を察知されづらいなどの利点がある。


 自身の得意な武器や、生まれ持った体質などをベースに磨きあげていくもので、リードの遠距離斬撃もそうだし、カグヤの硬質化能力もスキルの一種だ。


「発動中は光の加減で肌が光るので、ちょっと見苦しいですが」


「そんなことはない、むしろ美しいと思ったぞ」


 率直な感想だったが、カグヤは照れたような空気を出して、話題を変えた。


「あなたは……リードさんは、お怪我ありませんか?」


「ああ、なんともない」


 リードは左腕の激痛を悟らせないように、平静な声で返す。崩落によるダメージではない。自身の魔法を食い止めようとした、その代償だった。


「しかし、どうしたものかな」 


 天井や壁に触れ、脱出の方法はないかと探る。


「救助を待つという手は……ないのでしょうね」


「そうだな。今は安定しているようだが、いつ崩れるか分からない。外もこの事態には気づいているだろうが、あまり派手な魔法は使えないだろう。俺たちがどこに埋まっているか分からない以上、むやみに魔法を放てば状況を悪化させる恐れも……」


 と、つい不安がらせるようなことを言ってしまったと思い、リードは首を横に振り、努めて明るい調子で、


「安心しろ。なんとかなる。いや、なんとかする。俺は山育ちだからな」


「なんですか、それ」


 暗闇のなかでカグヤが身を揺すり、小さく笑った。


「しかし、そうすると内側からどうにかしなければなりませんが」


 カグヤもリードにならって、岩肌を探りはじめる。


「剣で切り拓くわけにもいかないな。時間がかかり過ぎる」


「魔法は?」


「……いや、それは」


 言い詰まる。


 先ほどの要領で放てばもしかしたら岩壁を掘り進めることは可能かもしれないが、失敗すれば最悪生き埋め、よくても密室でカグヤを裸にしてしまうかもしれない。それはさすがにまずい……。 


 岩肌を触っていたリードの右手が、ふと、やわらかいものに触れた。


 カグヤの手だ。

 彼女は驚いたようにさっとその手を引いた。


「すまない、ワザとでは! というか、俺のような者とこんなところに……いや、そもそも俺の魔法が」


 このところ女子に嫌われ過ぎていた影響だろうか。つい、しどろもどろになってしまう。


「いいえ今のは。……私、敏感肌でして」


「敏感肌?」


「昔から触覚が過敏なのです。刺激に弱くて……それでこう、全身の皮膚をきゅっとしていたら、刃物すらはじき返すように」


「それで硬質化のスキルを? そんな……人間の皮膚はそんな構造だったか?」


「敏感肌ですから」


「あ、ああ、そうか。それならまあ、仕方ない……か?」


「硬質化していないときは、この敏感肌で相手の動きを察知するのです。空気の振動や、調子のいいときには、相手の殺気なども『肌に刺さる』ように感じますから」


 そんな敏感肌と接触しないよう気をつけながらリードは、どこか脆そうな部分がないか、わずかでも光や風が漏れているところがないかを探っていく。


 しばし無言で作業を進めたが、しばらくしてリードは背中越しに、ずっと考えていたことを彼女に訊ねた。


「カグヤ・ルークベルト、君は、風の剣士と――エインリッヒ・ルークベルトと関係があるのか?」


 彼と同じ『ルークベルト』の名。それからあの孤月刀。リードのカグヤへの興味はさらに深まっていた。


「お兄様のことですか?」


「兄妹か」


「義理ですけれど。実際は義父、と言うほうが近いかもしれませんね。捨て子だった私を拾ってくださったのがお兄様ですから」


 こみ入った事情がありそうだと思い、やや質問を変えた。


「剣術は彼から学んだのか?」


「いいえ。……ご存じかもしれませんが、あの方はああいう感じの風来坊ですから、なかなかお屋敷に戻ってきませんでした。2、3ヶ月に一度ふらりと顔を見せたかと思うと、剣を教えてくれたり、どこかの名産品だというお菓子を与えてくださったりと、そういう程度の関係です。剣は、ほとんどお屋敷の先生から習いました」


「君も、彼に憧れて剣を?」


「それはどうでしょう。彼の妹であろうとして、ただ必死だったとしか。誰に強制されたわけでもありませんが、剣を振ることだけが彼に近づける道だと――褒めてもらえることだと、そう思ってきましたから。しかし……『も』ということは、あなたは兄と?」


「ああ――」


 リードはエインリッヒとの邂逅を語って聞かせた。


 魔獣をひと振りで斬って捨てた妙技に心奪われたこと。


 それから、彼のような魔法剣士になって、誰かを守れる強さを手に入れたいというリードの想いも。


「なるほど。ですが、そんなあなたがなぜ、魔法であのような卑劣な真似を?」


「う、それは……」


「そうまでして見たいものなのですか? 女性の肌を」


「いや! そうではなくて」


「では下着?」


「それも違う、違うんだが……」


「ではなぜ?」


「…………」


「遊び半分、というように思っていました――あなたの態度は」


「……ああ、そう思われても仕方がないな」


「ですが先ほどの剣戟。剣を交えてみると、あなたからはそのような邪な意志を感じませんでした。これは敏感肌だからではなく、単に、剣士としての直感ですが」


「剣士か。そう言ってもらえるとありがたいな。俺も、君と全力でやり合えて楽しかった」


 だが真実を伝えるわけにはいかない。リードは言葉をにごす。


「俺の魔法は……自分でもどうしようもないのだ。もともと俺は魔法が不得手で――それでも、風の剣士に憧れてここまで来てしまった」


 言葉を探しながらつぶやいていると、リードの手に岩肌とは別の感触があった。


 つるっとしていて、そして小さい何か……


(――! ロキか!?)


 てっきり崩落から逃れたとばかり思っていた。


 仮に巻き込まれたとしても(いちおう自称)神族なのだからと心配していなかったが、しかし随分と大人しい。なんらかのダメージを負っているのかもしれない。


「リードさん?」


「い、いや、何でもない」


 背後にいるカグヤに聞こえないよう、声のトーンを落としてロキに話しかける。


(平気か? ……おい、ロキ)


 反応がない。

 代わりに、なんだか小刻みに震えている。


(どこかやられたのか?)


「う……うっせェ!」


 やたら大声で叫ばれて、びくりとするリードだが、やはりロキの声はカグヤには届かないようで彼女は無反応だった。


(その震えは尋常ではないぞ? いったい――)


「だからうるせぇっつってんダロ! ぶっころすぞテメェ!」


(……もしかして、狭いところが怖いのか?)


「は、ハァ!? ありえねーだろハァア!? お、オレ様が、この悪神ロキ様が、暗くて狭いところが大の苦手なわけがねーだろ! べっ、別に、【絶対神】のおしおきがトラウマになって、こういう暗くて狭いところが怖いとか……そんなんじゃねぇんだからナ!? 勘違いすんなヨ!」


(まあ、無事ならいいんだが……)


 憐れなほどにガクガク震えて、まともに会話ができる状態じゃない。なるほど、それでずっと静かだったのか。


「リードさん」


 そうしていると、カグヤが声をかけてきた。


「ここ、わずかですが空気が漏れてきています」


「本当か?」


 手探りでカグヤのほうへ近づき、言われたところに手を添えてみる。指摘されて初めて気づくくらいの、本当にごくわずかな空気の流れを感じた――それこそまさに針の穴ほどの、かすかな隙間だ。


「よくこんな――」


「敏感肌ですので」


「そうだった」


 この穴の先が外に通じているかもしれないが、剣で掘削するわけにもいなかい。


 なんとなく、カグヤがこちらを見ている気配がする。


(魔法、か……)


 この密閉空間のなかには、剣士のカグヤと、役立たずのロキ、それから自分しかいない。


 大声で叫んで外の助けを待つか、『風魔法』で脱出を図るか――。

 と、


「っ!」


 天井がぐらりと揺れた。


 それが救助活動の影響なのか、自然な崩落なのかは分からない。だが、あまりのんびりとしている暇はなさそうだ。リードは、隅っこで震えるロキを子猫にするみたいにつまんで引き寄せ、それからカグヤに語りかける。


「さっきも話したように、俺の魔法は実に不安定だ。このまま救助を待つか、俺の魔法に賭けるか――あるいは生き埋めか」


 カグヤは耳を傾けている。


「……信じろ、とまでは言えないが、ここは任せてもらえないだろうか」


 まっすぐに見つめると、彼女は、暗闇の中でこくりと頷いた。


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