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05 リードのスキル

 屋外演習場――


 その半透明のドームは結界魔法で形成されており、内側の寮舎や、外側の街区に演習の余波が及ばないよう、防御壁の役割を果たしている。


 ちなみに、音や光もある程度軽減させることができるので、住民たちは安静に生活できるのだ。



 リードたち3人の合同演習会場として割り振られたのは、その中でも一際背の高い、楕円型のドームだった。


 ごつごつした岩山が屹立する、高低差のある舞台だ。岩肌が複雑に絡みあい、タワー状の迷宮めいた地形をしている。


 リードたちは、それぞれドームの三方から入場させられた。結界技師が控えており、結界の一部を開いて中へと促した。この時点ではまだ、互いの姿を確認することはできない。


 岩陰に身を隠しながら進み、気配を探りあう。


(これは……思ったより厄介だな)


 場所によっては剣を振り上げることすらままならない地形もあって、『魔法を使えない』リードにとっては、あまり好都合とは言えない。


「だぁからよォ、魔法使おうぜ~。なあなあ」


 女性を自動追尾する魔法――確かに、ここで風魔法を放てば、もしかしたらカグヤの居場所はつかめるかもしれないが、そんな非道を行うつもりはない。



 悪神の囁きを無視して進むリードの足元に、ころころと何かが転がってきた。


 拳サイズの水晶玉だ。


 いや、これは――


「くっ……!」


 とっさに飛び退いたリードの背中を鋭い光線がかすめ、背後にあった岩肌をえぐった。


「アルデア・オットーか!」


 この水晶玉に見える物体は、同じ魔法剣士クラスである彼の光魔法だ。


「へぇ、すばしっこいじゃないか。さすがはレディにたかる悪い虫だ」


 上方からそんな嘲笑が浴びせかけられた。


 赤い髪の魔法剣士アルデア・オットーは、光る水晶玉を足場に、優雅に宙に浮かんでいた。


 その周囲を、同じような光球が4つ、彼を守護するように漂っている。


 これは7節からなる彼の得意魔法。魔導書で読んだこともあるし、魔法剣士クラスの演習で、実際に彼が使うところを目にしたこともある。


「僕の《遊撃流星群(ヒューギス)》からは逃げられないよ!」


 剣先を向けると、三方から光球が殺到してきた。


 横飛びにかわし、間合いを取る。

 が――


「だから……無駄だと言っているのさ!」


 アルデアの光球は、高威力の光線を放った。


《遊撃流星群》は物質化し、それ自体が凶器や、アルデアが今そうしているように足場になるだけでなく、動く砲台としての用途もある。


 多角的で多彩な攻撃パターンを持つ、強力で実戦向きの魔法だ。だがそれ故に大量の魔力を消費するし、扱い方も難しい。


 しかし彼は、5つの光球を自在に操作する。アルデア・オットー、彼もまた天才と呼ばれるべき魔法剣士だろう。


「ははは! ようやく君を叩きつぶせるときが来た。さあ見せてくれたまえ、君のあの卑劣な魔法を」


 どんなに挑発されても風魔法を使う気はないし、この場合はもとより無意味だ。


 ロキの呪いによる魔法は男性には効かない――というか、絶対に当たらないのだ。だからこんなときにはまったく役に立たない。


 魔法を使おうとしないその姿勢を侮りと取ったのか、アルデアは忌々しげに叫ぶ。


「いいだろう、ならば僕が引導を渡してあげるよ! 君のような人間がいるとリグスハインの品格が下がるんだよ! さっさと退場してもらおうか」


 彼の声に呼応するように、リードに向け、流星めいた速度で光球が肉迫する。


 転瞬。


 がきんっ、という音がして、真っ二つになった水晶玉が地面に転がった。


「なっ!?」


「悪いが、もうしばらく足掻くと決めている」


 リードは後退しながらもやや広いスペースへと戦場を移しており、渾身の一撃で《遊撃流星群》のひとつを叩き切ったのだ。


 彼の剣によって両断された光球は、光る粒になって風に流れる。


「俺はまだここを去るわけにはいかない!」


「ふうん、そのためにレディたちを辱めるのかい? 意味が分からないね」


「……それは。俺にも、本当に意味が分からないんだ」


 真実をつまびらかにできないのが悔しい。


 だが、隣でロキが笑っている。口にしてしまえば、呪いは一生解けなくなる。


「ああそうかい。ならばやはり君は、ここでリタイアしておくべきだね!」


 ぎゅん、と流星が弧を描く。


 と。

 そこへ岩陰から人影が躍り出て、防御の薄くなったアルデアへと、斜面を蹴って肉迫した。アルデアはすんでのところで回避し、さらに上空へと距離を取る。


「危ないなぁ。いや、さすがって言うべきなのかな」


 アルデアに斬りつけた影――カグヤ・ルークベルトは着地と同時に後方へ跳び、剣を構え直す。


 アルデアの光球は2つが失われ、残りは3つ。だがその応用性に鑑みれば十分な戦力だ。


 一方のカグヤは独特な剣を手にしている。幅の狭い、反りのある片刃の剣――『孤月刀』と呼ばれる種類のもので、風の剣士エインリッヒが持っていたのもこの孤月刀だった。


 孤月刀は、切れ味が鋭い代わりに耐久性に欠けるため、精妙な太刀筋を要求されるが、カグヤはそれを十分に使いこなしていた。


「ようやく僕のもとへ来てくれたんだねマイハニー」


 アルデアは大げさに両手を広げてみせて、


「さあ、そんな物騒な剣なんて捨てて、僕の腕に飛びこんでおいで!」


「……すごくイヤです」


 寡黙な少女剣士は、しかしそこだけはきっぱりと拒否した。


 三つどもえの乱戦。魔法で戦況をコントロールするアルデア。速度で圧倒するカグヤ。どちらも掛け値なしの強敵たちだ。


 そしてリードは――


(これだ、こういう戦いを待っていた)


 師匠から使用を禁じられている奥義を――その剣技を解放する決断を下した。剣を腰だめに構え、深い呼吸で狙いを定める。


 気合一閃。

 逆袈裟に斬りあげると同時に、リードは叫んだ。


「《斬空・万迅風牙(ばんじんふうが)》!」


 不可視の斬撃が二人を襲う。


「――――!」「――っ」


 空中で揉みあっていたアルデアとカグヤは、その真空の刃をすんでのところで避け、リードに驚愕のまなざしを送ってくる。


「そんな『スキル』を……ふん、変態にしてはやるじゃないか」


 極められた剣速が生む衝撃波。魔力をいっさい使わずとも十分な威力。必殺と呼んで差し支えない斬撃だった。



 ちなみに、リードがこの技を編み出したのは約3年前のこと。その場に立ち会った彼の師匠は、


「あれ、これってワシより強くね?」


 などと呟いたとか。師匠は齢60を越えるが、いつまでも少年のハートを持つナイスガイなので、このあと、2週間くらいは口を利いてくれなかった。


 ほとぼりが冷めた頃、師匠はこの技に《斬空・万迅風牙ばんじんふうが》と名前をつけてくれた。


「……師匠、もう少しシンプルな技名になりませんか」


「なにを言っとる、格好いいじゃろうが!」


「はあ。ですが、叫ぶ必要までありますか?」


「かー! そういうところ! おまえのそういうところが駄目なんじゃよリード。必殺技は叫んでなんぼ。燃えるじゃろうがそのほうが」


「そういうものですか……えっと、師匠にもあるのですか、必殺技」


「もちろんじゃ。聞きたいか? 聞きたいじゃろ? なあなあ」


「……ええ、聞きたいです」


 リードは基本的に目上の人間を立てる性格なのである。


「その名も《真羅万象一刀覇しんらばんしょういっとうは》じゃ!」


 じゃ! とか意気込んで言われても、リードは気のない返事しかできなかった。


 師匠は童心をキープしているというか――思春期の、ある一定の年代によく似た特殊なメンタリティの持ち主なので、ときどき何を言っているのか分からないことがある。


「格好いいじゃろ!」


「…………。(格好いいかどうかは置いておいて、)すごそうな技ですね。どのような効果が?」


「今、なにか変な間があったような……まあよい。教えて進ぜよう! よいか、剣とはただ力任せに振るえばよいものではない。ときには風や水のような、決まった形のないものも斬らねばならぬ。柔剛の区別なく両断できてこそ、真の剣士というものよ」


 これにはリードは、なるほどと感心の声をあげた。


「固形物質のみでなく、空気やガス生命体などすら切断できると、そういう技なのですね」


「違うわ馬鹿もん! なにを聞いとったんじゃなにを」


「は、はあ? ではいったい」


「パンじゃ!」


「パン?」


「焼きたてで、ふわふわで、モチモチのパンじゃ。切りづらいじゃろアレ。それをスパッと簡単に切れてしまう技なのじゃ」


「…………」


「アリアさんの焼いたパンは最高じゃからのう! 彼女の胸も、きっとあれくらいふわふわのモチモチに違いないわい! ぐふ、ぐふふふふ」


「………………」


 なお、アリアとは村で唯一のパン屋の店主で、幼なじみであるシャルロの母だ。


 だからこのときばかりはリードは、尊敬するこの師匠のことを、本気で切り刻んでやろうかと思ったものだった。


    ◇


 ――とかとか。

 師匠の昔話に思いを馳せている場合ではなかった。


 リードがそのスキルを発揮したことで、三つどもえの戦いはさらに激しさを増した。互いに牽制しあい、隙を探りあう。


 リードの放つ《斬空・万迅風牙ばんじんふうが》は、剣速に物を言わせた風の斬撃だ。リーチの短い剣士の弱点を補ってあまりある威力がある。


 こうなるとカグヤが不利になりそうなものだが、しかしリードは、混戦の中でカグヤの強さの本質を見た。


 ひとつは孤月刀から繰りだされる変幻自在の斬撃である。リードが修めた王国流の剣技とはまた違う独特の太刀筋だ。


 それから――


(なんだ、今の感触は?)


 リードの剣先が彼女の腕をかすめたとき、まるで金属に当たったかのような手応えがした。服は破れたが、かすり傷ひとつ付かなかった。


 これが彼女の『スキル』なのだろうか? 見ると、カグヤの頬がかすかにキラキラと輝いていた。これは……


「おいリード。もういいダロ? さっさとヤっちまおうぜ」


 ロキがきーきーと叫ぶ。


「邪魔だ、どけ!」


「いーや。どかないね。久々にやらせてもらうぜェ……!」


 嫌な感触があった。


 背筋がぞぞぞっと震え、手足のコントロールが奪われていく。


「……っロキ!」


「クキキキキっ!」


 リードは、いや、ロキが操るリードの体は、後方に跳んで左手をかざし、2人を魔法の射程に入れた――正確には、カグヤだけを。


「《猛きもの・打ち砕くもの・槌振るうもの》」


 3節の詠唱。


「《風の鉄拳グランゴール》!」


 岩をも打ち砕く剛拳が放たれる、その寸前。


「――っ!? テメェ!」


 リードは抵抗した。この戦いを邪魔されたくなかった。限定的ではあるが呪いに抵抗したのだ。


 剣を握る右手を振り上げ、その柄で、自身の左腕をしたたかに撲った。


「――――――っ!」


 魔法が発射される寸前の左腕。


 呪いの魔法であっても、発動の瞬間は通常の魔法同様、もっとも不安定であることに変わりはない。


 結果、暴走した風の拳は、カグヤを逸れて岩肌に叩きつけられる。


 激しい揺れ。


 先ほどまでのアルデアの魔法でこの一帯の足場がもろくなっていたのかもしれない。迷宮めいて複雑な岩肌が、轟音とともに崩落した――。


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