04 彼女の事情
※今回から1日1話です。
「さて、諸君お待ちかねの合同演習だ」
剣士クラスの男性教官は、コロッセオに居並ぶ205期生のメンバー、総勢82名を前にそう告げた。
ここ屋外演習場は、学院の内と外とをつなぐ、いわば架け橋だ。
今日は公開されていないが、演習によっては外部の人間も観覧を許され、その観覧料が学院の運営費に充てられる。学園都市の住民のほかにも、観光客、あるいは騎士団や傭兵団のスカウトなども訪れ、多いときには千人以上のギャラリーが押し寄せることもある。
学院生が規定の5年間を待たずに学院を去るのは、そのスカウトに引き抜かれるというパターンも多く、学院の側でもそれを推奨している。金になるからだ。スカウトからはしっかりと斡旋料をいただく。
また――
学院は外部からの要請を受け、さまざまな任務に学院生を送り出している。それは傭兵のまねごとのようなものだが、相手にしてみれば『学生価格』で安く依頼できるうえ、実力もそれなりの者が派遣されてくるのでなかなか好評だ。
学院生にもこのシステムはありがたい。
学院が選別した、比較的安全な実戦の中で経験を積むことができるし、また、わずかだが『おこづかい』ももらえる――さらには、在学中から各方面にコネクションをつくれるのもメリットだろう。
そして、実戦という意味合いで言うならもうひとつ。
それが本日のような合同演習だ。剣士・魔法剣士・魔術師の3クラスが混ざっての演習では、実戦さながらの模擬戦で、多種多様な相手との経験値を積むことができる。
「ふう……」
リードは柄にもなく緊張していた。ざっと見まわすと、男女比は半々といったところ。つまり、リードの『苦手』とする女子と組まされる可能性も十分にあるのだ。
(頼む、それだけは……!)
リードは神に祈った。
「クキキっ! 脱がせがいのあるヤツだといいよなァ」
……少なくとも、耳元でうるさいこの悪神にではないが。
組み合わせが発表され、クラスに関係なく、ランダムに三人一組がつくられていく。
次々に名前が読みあげられる中、先ほどの男性教官が、剣士クラスからカグヤ・ルークベルトの名をあげた。
おおっ、とざわめきが起こる。
剣士クラスの演習では無敗。
銀髪の彼女の名は、同期のあいだで知れ渡っている。魔法剣士や魔術師のクラスにも、彼女と戦ってみたいという人間が多いようだ。
教官の横へ進み出る彼女は、小柄だが姿勢がよいため実際の身長より高く見える。
「……美しいな」
いつ見ても素晴らしい足運びだ。剣士とはこうあるべきだという理想的な体捌きにリードは感心する。
――ただし。
美しいな、と口に出してつぶやいてしまったので、近くにいた女子魔術師が青ざめて距離を取った。
そのことにも気づかず、リードはなおもカグヤを見つめる。
彼女は、いつも同じような服を着ていた。体にぴったりと密着した軽装だ。肌の露出度は極めて低い。外に出ているのは、顔と、手首から先だけだ。
「では2人目」
次いで、魔法剣士クラスの女性教官が前に進み出た。以前、リードが『粗相』をしてしまった彼女だ。生真面目そうな顔つきなのだが、なぜか最近は派手な化粧を施している。
彼女は、受け持ちの学院生の名を呼んだ。
「アルデア・オットー」
今度は女子の一部から黄色い歓声があがる。
指名されたのは赤髪の魔法剣士だ。いかにも色男といった風情で、いつも女子を数名引き連れていることで有名である。
いま歓声をあげたのは、そういう、彼の『ファンクラブ』の女子たちだ。
たれ目だが整った目鼻立ち。どこかの貴族のボンボンだというアルデア・オットーは、
「さあレディたち! 僕の勇姿を見ていておくれ」
などと、演出過多な決めゼリフとともに、颯爽と歩み出た。
「きゃあ! 頑張ってアルデア!」
「今日もダサカッコイイわよ~!」
「最高! よっ、残念イケメン!」
と、取り巻きの『レディ』たちは楽しそうである。
同じ魔法剣士のクラスなのでリードも彼らを見知っているのだが、アルデアファンクラブの彼女たちは、別に皮肉とか馬鹿にして言っているとかではなく、彼のそういうところが好きで、そういう楽しみ方をしているらしい。
「君がうわさのカグヤ・ルークベルトだね!」
アルデアは言って、右手を差し出す。
「僕はアルデア・オットー。いずれこの学院の頂点に立つ男さ!」
「……カグヤ・ルークベルトです」
彼女は少し首を傾けるだけで、右手のほうは無視した。
だがアルデアは、めげる素振りなどいっさい見せず、
「ふふっ、可愛いじゃないか。安心したまえ。僕のレディたちはこんなことで嫉妬なんてしないから大丈夫さ。ねぇ、みんな!」
アルデアがこちらを――ファンクラブのほうを振り向くと、少女たちはひとかたまりになって、きゃあきゃあと手を振る。
「あー、静かにしなさい。じゃあ次……」
と女性教官が言う。心なしか声のトーンが三段階くらい下がった気がするが、その原因はすぐに分かった。
「最後、魔法剣士クラスから……リード・バンセリア……。ちっ」
舌打ちまでして彼女が言うと、さっきとは違った悲鳴があがった。
しかし、めげずにリードは、「はい」と短く応えて2人に並ぶ。
「では、あなたたちは……」
女性教官はなるべくリードのほうを見ないようにしながら、3人が移動すべき演習所の場所と今回のルールを説明しはじめた。
すると、
「クキキっ、人気者だなぁリード。さすがオレ様が見込んだだけのことはある」
リードは隣に聞こえないよう小声でたしなめる。
「うるさいぞ、少し黙っていろ。説明が聞こえん」
「いいんだよルールなんてよ。どうせオマエは服を脱がせりゃいいんだから」
「魔法は使わない。剣だけで戦う」
「へぇ~、じゃあまたオレ様が体を乗っ取ってやろうかな? ギャラリーの期待には応えなきゃだしナ」
「黙れ。させてたまるか」
「無理無理。人間ごときの抵抗なんて無駄だって分かってるダロ? クキキッ!」
「…………」
「隣の銀髪、まだガキんちょだが、いい体をしてると思うんだヨ。それにリアクションも面白そうだ。あいつからはオマエと同じような臭いがするからナ! 今から楽しみだよなぁオイ!」
「…………」
「最近はオマエがうるさいから控えめにしてやってるけど、そろそろここいらでパーッと行こうゼ! この学院はけっこうな上玉が揃ってるからな、大人しくしてるのなんてもったいないぜ。オマエもほら、オレ様のせいにして楽しめばいいじゃねーか。ぜ~んぶオレ様のせいにしちまえば、罪悪感も薄れるってもんだゼ」
「……せいにするもなにも、すべて貴様のせいだ」
「あれ、そうだっけか? まあどっちでもいいサ。……オマエは魔法剣士で名をあげたいんだろ? 今のうちから教官サマに名を売っておくのも悪くねーって。派手に行こうぜ派手に。お高くとまったあの小娘を、こう、パーーっと派手にひん剥いちまってだな――」
「だからうるさいと言っている! 派手になどしなくていいっ!」
リードはつい叫んでしまった。
ひうっ、と、短い悲鳴があがる。
「ひどい……」
女性教官の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「わ、私だって頑張ってるのに……! あなたみたいなのを受け持ったおかげで、私の評価は下がるし、そのせいでハゲの指導教官から食事に誘われても断れないし……ちょっとウエストにお肉が付いちゃったしっ! それにそれにっ……!」
それは魂からの絶叫だった。
「地味とか言うから! 最近は下着に合わせて、メイクも派手にしてるのにぃっ!」
もだえる女性教官に魔法剣士クラスの面々は、
(あ、そっちに寄せるんだ……)
と、心のなかでツッコんだ。