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02 ぼっち飯

※今日も2話同時更新です。

 学院への入学を許され、早くも10日が経過した。


 その日の講義と演習を終え、リードは今日も食堂の隅でひとり夕飯をとる。他の学院生たちは、彼の座るテーブルをちらちらと見たりしながらも、そばに座ろうとはしない。それはもう仕方ないと割り切っているのだが。


「クキキッ、ほら見ろよあの女、オマエのことすっげぇ目で見てるゼ」


 肩のあたりで、わめき散らすこの悪魔――もとい、神様がうっとうしい。


 黒く小さな、コウモリのような神族しんぞくだ。


「黙れ……」


 左手で払いのけるのをヒラリと躱して、ロキは、


「おーおー、あっちのテーブルは楽しそうだなぁ、男1人に女が3人、ハーレムってやつだなぁアレは。羨ましいだろ、変態剣士サンよ。なあなあ」


「何度も言わせるな。俺はここに剣と魔法を学びに来たのだ」


 それは心底からの言葉で、強がりでもなんでもないのだが、こうも毎日からまれるとさすがにうんざりしてきた。


 学院に所属するのは、おもに十代後半の若者たちだ。それより若くても、剣や魔法の腕によっては入学を認められるし、その逆も然り。


 年に4回ある試験にパスすれば基本的には誰でも入学できるが、それでも同期生の平均は15歳程度。何度も落第してきたリードは17歳――平均よりは少し年上である。


 入学後、学院生たちは例外なく敷地内の寮で暮らすことになる。


 学園都市リグスハインの中心は、高くそびえる【大時計塔】だ。そこを起点に、学院と街とが放射線状に広がっている。大時計塔の膝元には管理棟や講堂が配置され、その周囲に、リードたち学院生や教官の住む寮がある。


 今いるこの第一食堂は、1番から24番まである寮に付属する、4つの食堂のうちのひとつである。


 リードと同じ205期生もそろそろ学院に慣れてきて、息の合う仲間同士で食事をとったり、無駄話に花を咲かせたりしている。


「どうよどうよ、一人ぼっちの気分ってどうなのヨ?」


 横顔を覗きこんでくるロキに、スプーンの手をとめて、リードはぎろりと横目でにらむ。


「うるさい。全部貴様のせいだ、ロキ」


「いやいや、オレ様の『おかげ』ダロ?」


 にやりと笑う黒い神族は、童話に出てくる意地悪なコウモリみたいだ。


「オレ様が助けてやったおかげで入学できたんじゃねぇか」


「……そうだな、そして貴様の『おかげ』で、俺はこの様だ」


 リードは今日の演習のことを思い出した。


   ◇


 魔法剣士クラスの演習は、寮の外側にある屋外演習場で行われた。


 演習場は強力な結界魔法で覆われた半球状のドームで、その内部では、世界中のさまざまな地形や天候が再現されており、より実践的な訓練を行える仕様になっていた。


 標的の岩に魔法を当てるだけの訓練だったのだが、リードが放った3節の魔法《風の鉄拳(グランゴール)》は、目標の岩を殴りつけることなく、Uターンして背後左右にいた女子たちに襲いかかった。


 魔法の腕は何本もに分かれ、スカートをめくろうとしたり、胸元のボタンを引きちぎったり、しまいには、彼女たちを摘まみあげて付近にあった池へと放り投げたのだ。


 びしょ濡れになった彼女たちが恐怖と怒りに包まれたのは言うまでもないし……リードが神速の土下座を決めたのもまた、当然のことであった(あまりの速さにソニックブームが発生したとかしないとか)。


   ◇


「おいおい、オレ様の『呪い』のおかげで、魔法も使えて女の裸も見放題! 楽しいだろ? 楽しかっただろ? なあってばおい!」


「ちっともだ……」


 悪神ロキの呪いは、本当に厄介なものだった。

 魔法が使えるようになったのは良かった。だが、その魔法は『女性にしか当たらない』し、しかも、『衣服にしか当たらない』。


 どんな魔法でも、どこへ向けても、女性のいるほうへと飛んでいって服を脱がす。


 入学試験では試験官を辱め、演習のたびに女子を脱がすド変態――当然リードは避けられる。今だって、向こうのほうで女子たちがひそひそ話をしている。ふと彼女たちと目が合うと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「…………」


 リードは肩口の悪魔をにらむ。


 ロキの姿や声は、他の人間には見えないし聞こえない。


 だから会話をするときには気をつけなければならない。下手をすると、『女子の服を切り刻む鬼畜』に加え、『ひとりごとで神様と交信する危ないやつ』という不名誉な称号まで手に入れてしまうことになる。


 声を落としてリードは言う。


「ロキ、貴様とはいつか決着をつけねばならんな」


「クキキッ、オレ様に剣は通用しねぇって、そろそろ分かってくれよ」


「それでもだ。それでもいつか、貴様を斬ってみせる」


「はん、ヤれるもんならヤってみろよ。でも、いいのカ?」


「? なにがだ?」


「オレ様をぶっ倒しちまったら呪いは解けねーゼ。そいつはオレ様だけにしか解けない。たとえ【絶対神】でも無理だ。つまり、オレ様がいなくなると、オマエは永遠にそのいやらし~い魔法と付き合っていくハメなるって寸法だ……あーでも、それでもいいのカ。オマエも気に入ってるわけだしナ♪」


「気に入ってなどいない!!」


 思わず拳をテーブルに打ちつけ、叫んでしまった。


 食堂の目がいっせいにこちらを向く。リードは顔中に脂汗を浮かべて、なんでもないと首を振り、がっくりとうなだれた。


(なぜこんなことに……)


 食欲はすっかりなくなってしまったが、それでも何か腹に詰め込まねばと、リードは無言で食事を進めた。


 彼が落ち込むのにはもうひとつ理由があり、実際のところ、そっちのほうが彼にとっては重大な問題だった。


 ――【風の剣士】がいないのだ。


 リードがあこがれるその人物は、名をエインリッヒと言ったが、不本意ながらも悪神の力を借りてまで入学したこのリグスハイン学院に、彼の姿はない。


 唯一の収穫は、彼の本名を知れたことくらいだろうか。


 エインリッヒ・ルークベルト。

 それが風の剣士の名だ。


 誰よりも強い魔法剣士になるというのがリードの最大の目標だが、この学院にこだわる理由は、他ならぬ彼に教えを請うためだ。


 教官や学院生に聞くと(相手にしてくれるのは男性ばかりだったが)、エインリッヒがここで教鞭をとっていることに間違いはないらしい。


 だが、気まぐれなその魔法剣士は、二つ名のとおり本当に自由な男で、「あの人の所在をつかむのは風をつかむことより難しいよ」と言う者さえいるほどだ。


 常勤の教官とは異なり、臨時的な講師という側面が強いらしく、ときには4、5ヶ月ほどリグスハインに逗留し魔法剣を教えたかと思うとふらりと姿を消し、今度は1年くらい音沙汰がなく、帰ってきたかと思うとすぐにどこかへ流れていく……という奔放さなのだった。


 そしていま、彼は学院にいない。


「無謀のうえ無計画、それから変態ときたもんだ。さすがは『最強の魔法剣士』サマだなぁ」


「う、うるさい……! いや待て、変態ではないぞ!?」


 ついつい『独り言』を口にして、リードはまたも周囲に避けられるのであった。


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