21 異変
実況の声は、決勝を控えて森の中に立つ、リードの元にも届いていた。
『リグスハイン学院205期生! この、剣と魔法のまなびやに足を踏み入れた彼らに――本日これから、ひとつの決着がつけられようとしています!』
若干オーバーだと思われる煽り文句だったが、それでもリードの胸は高鳴った。
もしかしたらエインリッヒが見ているかもしれない――あの風の剣士が。見てくれ、俺はここまで来たぞ、そう叫んでやりたかった。
だが、
(これで、魔法も披露できれば良かったんだが……)
予選は剣技とスキルのみで突破した。戦果としては十分だったが、それは魔法剣士の戦いではない。
仕方がない――
今日はチーム戦なのだ。
そばには常にカグヤとシャルロがいる。
下手に魔法を使って、彼女たちを脱がせるわけにもいかない。
さいわいなことに、ロキは姿を消したままだ。
このまま無事に進めばいいが……。
まだこのときは、そんな淡い期待を抱いていた。
◇
祭壇の上空で昼の花火が決勝の開始を告げると、結界が作動して演習場を包んだ。
「行くぞ!」
リードは2人を連れて行動を開始する。
初めに会敵したのは、剣士2人に魔術師1人のチームだった。
こちらの編成に近い形だ。
これは苦戦することもなく討ち果たし、さらに森を進んで抜けたところで――
「あら、リードさん」
ネーニャたちとの遭遇戦になった。
アルデアハーレムの彼女たち。
魔術師のネーニャとメイ、それから剣士のクリスタのチームだ。火力を後衛に頼った布陣である。
「リード様……。わたくしたちはこうして刃を交えなけらばならない、悲劇的な星のもとに生まれたのですね! ですがわたくし、手加減はしません……!」
「あはは、クリスタちゃんはり切ってるぅ♪」
騒がしい2人の向こうで、ネーニャは静かに笑っていた。
「ねえ、リード」
背中から、シャルロが小声で語りかけてくる。
「あの子には気をつけて」
「ああ、ネーニャは得体の知れないところがあるからな」
「そうじゃなくて」
「?」
リードが横目で振り向いた、そのときだった。
ぐらぐら、と地面が揺れた。
「そんじゃま、行くよリー兄♪」
無邪気な笑顔でメイが言う。
魔法の発動――ではない。
彼女たちはまだ詠唱を行っていない。詠唱なしに魔法を行使できるのは、神性を帯びた魔獣以上の存在だけだ。
メイはせいぜい、その杖を地に突いただけで――
「スキルか!」
思い至るのと同時、ヒビの入った大地を蹴って、リードはシャルロを抱えて横へ、カグヤは前方へと跳躍した。
「《大地のおへそ》――わたしのスキルだよ。どんなものにもツボはあるんだから♪」
信じがたいことに小柄なメイは、杖のひと突きで周辺の岩盤を崩してみせたのだ。
魔術師だからと必ずしも魔法による攻撃だけとは限らない――分かってはいたが、メイの、いつもの調子に油断していた。
「はああぁっ――!」
気合い一閃、カグヤは前衛のクリスタへと切っ先を走らせる。応じたクリスタは、両手剣を擦りあげるように振るい、カグヤの孤月刀を弾いた。
「さすがに速いですわね、でも!」
強く踏み込んで、長大な両手剣を横薙ぎにする。
たまらずカグヤはバックステップで距離を置いたが、すぐさま前へと跳躍した。
しかしカグヤの打ち込みを、クリスタは堅実な太刀運びで防ぐ。
専守防衛。
とはいえ反撃をしないというわけでもない。ここぞ、というタイミングで必殺の一撃を放ち、カグヤの猛攻を凌いでいる。
そのクリスタの背中から――
おどろおどろしい触手が伸びる。
「カグヤ、下がれ!」
リードの声にカグヤはかろうじてその先端を斬り伏せるが、しかし別の一本に足首を取られ、バランスを崩した。
「カグヤちゃん!」
シャルロの放った単節の魔法《火弾》が、太い蔦のような触手を焼く。
見ると、クリスタの背後でネーニャの魔法が発動していた。
異界の植物を召喚する魔法――《レ・レクス・ポートリィ》。
彼女が喚んだのは、人の腕ほどの太さがある、緑色の蔦だった。生きている。
メイのつくった地割れ部分から、その蔦が何本も這い出ててくる。先端は尖っており、そこが――
くぱぁ、と開いた。
そこでは細かな牙がぞろりと並んで生えており、その一本一本が蠢いている。ぼたぼたと、よだれだか樹液だか分からない液体が地面を濡らす。
「可愛いでしょう、この子たち」
ネーニャは妖艶に笑い、蔦の先端をすりすりと撫でた。
「リードさんの風魔法ほどではありませんけど――女性の服を溶かすのも、とっても上手なんですよ?」
ぎゅるん!
と蔦は急加速し、カグヤに襲いかかったが、そのときリードはすでに彼女の横に並び、カグヤを守って剣を振るっていた。
切断された先端が宙を舞い、ぼとりと落ちる。
「あはは、リー兄すごい♪」
「すみません、不覚を取りました」
視線を前に残したままカグヤが言う。
「気にするな。相手の奇襲を凌いだだけでも十分だ」
鉄壁のクリスタに、攻防一体のネーニャの魔法。メイの魔法も威力が高く、無防備に受けては一撃でリタイアもあり得る。
じり、じりと焦げるような無言の対峙。
リードは最大限の注意を払ったまま、わずかに首を横に回し、
「シャルロ――」
話しかける。
ネーニャたちには聞こえていない。
声に指向性を与える《無音声》のスキルを使用しているのだ。
「俺とカグヤで攪乱する。一撃で決めるぞ。連携では分が悪そうだ。長期戦は避けたい」
シャルロも無言でうなずいた。カグヤのほうにはちらりと目配せしただけだったが、彼女はそれだけでリードの意図を汲んだ。
「……来ますわ!」
リードとカグヤの動きを直前に察知したクリスタが、鋭く叫んだ。
地揺れと、鞭のようにしなる蔦――
手数で勝るカグヤは、クリスタの足元を執拗に狙う。
リードはバランサーの役目だ。
カグヤの死角と、七節の詠唱を始めたシャルロの身を守り、遠距離斬撃のスキルで、最奥のネーニャをおびやかす。
そこへシャルロの朗々とした声が響く。
「《バルゲイオス・ブレイド》――――!」
杖を依り代にして、シャルロの魔法が発動する。
マグマの中に棲む火竜・バルゲイオスの尾を模した魔法で、シャルロが天にかざした杖は、赤黒い炎を生み出し、巨大な刃を象った。
空を震わせる咆哮。
いや、咆哮に似た炎の律動。
そしてシャルロは、どさくさに紛れて叫ぶ。
「いっつもいつも…………近づきすぎなのよぉおおおお!」
アルデアハーレムの彼女たちに、燃えさかる大剣を振り下ろした。
◇
「参りましたわ――と、そんなに警戒しないでくださいな。これ以上は何も仕掛けませんよ」
魔法を解除したネーニャは言って、悔し涙で頬を濡らすクリスタと、へろへろになったメイを両手で抱き、空からのリタイアサインを受け入れた。
「ですが、次は負けませんよ」
「ああ。楽しみにしている」
首肯してリードは、シャルロを背負って走り出す。
あの大規模な魔法の直後で、さすがにシャルロは疲弊しているようだった。
だが、ゆっくりしてもいられない。
あれだけ派手にやったのだから、他のチームにもこちらの場所を気づかれたに違いない。
誰の放った魔法かは分からなくとも、偵察に近寄ってくる者があるかもしれない以上、今の状態でひとところに留まっておくのは危険だった。
「助かった、シャルロ」
「えへへ、リードに褒められちゃった。でも……ううん」
「なんだ、もしかして納得してないのか?」
「うん。発動までに時間がかかりすぎたし、本当は威力もあんなものじゃないはずなんだけどね。七節の魔法は、さすがに難しいね」
走りながらリードは、カグヤと目を合わせて苦笑する。魔法の使えない2人からしてみれば、シャルロの自省など雲の上の話だ。
もっとも、カグヤにしてみればリードもまた別次元の存在なのだろうが。
「ところで、しがみつくのはいいのだが――シャルロ」
「ん? どうしたのリード? え、背中に、何か変なものでも当たってる? あれあれ? いったい何が気になってるのかな?」
「何って、胸だが」
平然としてリードは返す。
「俺は気にしないからいいが、あまり男に胸をくっつけ過ぎるなよ。世の中には変態もいるからな。俺はシャルロの胸なんて何とも思わないが――って、おい、首を絞めるな! ど、どうしたシャルロ!? ぐっ、くっ?」
シャルロは無言でリードの首を絞め続ける。
「や、やめろ。助けてくれ、カグヤ……!」
必死でうめくが、隣で駆けるカグヤは、なぜかそれを無視した。「当然です」とでも言わんばかりの冷たい目だった。
「…………」
そして、まるでシャルロによる絞首刑が終わるのを見計らったかのように、ようやくカグヤが口を開く。
「リードさん。魔法は使わないのですか?」
「ん、ああ……」
「アルデア・オットーのチームと当たれば、また遠距離での攻防がメインになるはずです。リードさんの風魔法があれば、かなり有利になると思うのですが……」
魔法剣士アルデアを中心としたあのチームは、リーダーの彼の戦闘力をメインに、ピーピの機動力、後衛としてリナリーの治癒魔法がバランス良く噛み合っていた。
予選の相手は、ピーピのアクロバティックな動きに翻弄されている間に、アルデアの光魔法によって仕留められていた。個々の能力もさることながら、チームの連携力の高さこそが脅威だった。
こちらの連携は、彼らと比べればまだ未熟。
とすると、出し惜しみをしている場合ではない。
「…………」
そのカグヤの指摘はもっともだったが、リードは口をつぐむしかなかった。
やはり魔法は使えない。
使うわけにはいかないのだ。
◇
そのまままましばらく走ったところで、先に異変に気づいたのはカグヤだった。
シャルロの様子がおかしい。
まぶたは重く閉じられ、ぐっしょりと汗をかいている。
「っ!? リードさん!」
足を止め、シャルロを下ろして、リードは彼女を手近な岩にもたせかけた。
息が荒い。
魔法を放った直後より明らかに衰弱している。
2人の問いかけにも反応が薄く、顔色も悪くなってきた。
「トラブルだ! リタイアを申請する!」
木々のあいだを飛行する怪鳥を見つけ、リードは大きく手をあげた。
シャルロはどう見ても演習を続けられるコンディションにはなかった。
彼女だけでも結界の外に出して治癒魔法を施してもらう必要がある――だが、怪鳥は枝にとまると、呑気に毛づくろいを始めるばかりで、果たしてリードの申請が届いたのかどうか……。
「リナリーを探すか?……いや、結界の外まで走ったほうが早いな。カグヤ、君はここに残ってシャルロを――」
リードが振り向いたときだった。
ど、とカグヤが膝を突いた。
《臆病者の鎧》は解除されているらしく――彼女もまた、蒼白な顔色で、滝のような汗を流していた。
倒れかけたカグヤの肩を抱く。
その体は異常なほどの熱を発していた。
これは毒魔法か?
知らぬ間に、何者かの攻撃を受けていたのか?
「おい、カグヤ!」
「……私は平気です。それより、シャルロお姉さんを」
「平気なものか!」
と。
そこへ。
「クキキ、クキキキキキキっ!!」
聞き慣れた、いや、聞き飽きた笑い声が響いた。