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20 期末演習スタート


「ま、こんなものかしらね――」


 女性教官は、コロッセオ型の屋外演習場の中央で、やれやれとため息をついた。


 期末演習の前日のことである。

 空では太陽が傾きかかっているが、まだ夕暮れには早い時間帯だ。


 コロッセオの四方には投影機が設置されており、技師たちが最後の調整を終えたところだった。


 明日にはここが中継観戦パブリックビューイングの会場になる。


 いつもの期末演習であればもっと身近で観てもらうのだが、先の岩山崩落事故のこともあるので、今回は安全策をとった形だ。


 映像、実況音声、観覧席、いずれの準備も万端である。


 さて、あとは、別会場でチーム戦を行う学院生たちが無事に日頃の成果を発揮しさえすれば期末演習は成功だ。


「はぁ……」


 しかし、担当する魔法剣士のクラスを思うと、彼女は気が重くなる。


 ヤツだ。

 リード・バンセリア。

 騒ぎはいつも彼が巻き起こす。


 先日も、チームを決めるにあたって食堂でひと悶着起こし、反省文と学外奉仕の罰を与えたばかり。

 しかしそれを逃げずに真面目にやり遂げてしまうから、思い切った処分もできない。


 面倒だわ、と彼女は思う。


 しかし一方で、彼のチームの優勝は固いだろう、とも思っている。


 期末演習は、205期生82名と、206期生の一部を併せた合計90名、30チームで実施される。


 まず5チームずつに分けて予選を行い、勝ち残った6チームで決勝戦だ。


 優勝で得られるのは名声、ただそれのみ。

 賞金もなければ、学内での待遇が良くなるわけでもない。


 だが、多くの人びとの記憶には残る。

 観覧席にひっそりと陣取るであろう、スカウトたちの目にも留まる。


 学院生たちにとって、それ以上のボーナスはないだろう。

 学内でトップになることがゴールではないのだ。


 卒業後、どれだけ輝かしい職業に就けるか。

 それこそが肝要だ。


 205期生は粒ぞろいではあるが、しかしリード・バンセリアのチームはその中でも別格と言っていい。


 リードはふざけた魔法の使い手だが、今まで誰も――女性教官すら、その風魔法を防げた者はいない。


 これは恐るべきことだった。彼がその剣と魔法とを全力で行使すれば、まず敵はいないだろう。


 チームメイトもリードと同様、破格の能力を持っている。

 カグヤ・ルークベルト然り、新入生で、すでに【毒パン魔女】との異名を持つシャルロ・マレキス然り。


 魔法剣士・剣士・魔術師という、スタンダードで隙のない構成である。


「……せめて、騒ぎを起こさなきゃいいんだけど」


 女性教官は神に祈るような気持ちで、もう一度深いため息をつく。


 それから、念のため本番会場となる屋外演習場も見回った。

 何度も検査を重ねたのだ。

 よほどの魔法が行使されでもしない限り、事故は起こらないだろう。


 向こうでは雇われの結界技師たちが工具をまとめて撤収していくところだった。


 彼らにねぎらいの言葉をかけてから、女性教官はうーんと伸びる。


「さて、私も早く帰らなくちゃ。規則正しい食事! たっぷりとした睡眠! ストレスは美容の大敵だものね~」


 そんな彼女の背中へ、ふいに声がかかった。


「ご苦労」


 はっとして振り向くと、スキンヘッドの指導教官の、厳めしい仏頂面があった。


「あ、どうも……」


 彼は立っているだけで威圧感がある。

 その辺の野盗とか、田舎の騎士団くらいなら、一喝するだけで泣いて逃げ出すほどの迫力だ。


 女性教官は自身の髪を撫でつけ整えながら、どうしたんですかと問う。


「寮まで送ろう」


 彼はそれだけ言って、ずんずんと歩いていく。

 女性教官もその背中に追従する。


 ――彼女が美容に気を遣うようになったのは、彼のせいでもあった。


 リードの問題行動を相談しているうちに、この指導教官から食事に誘われるようになり、初めは、


(なに考えてるのよこのハゲ。セクハラハゲ)


 とか思っていたのだが、最近はなんだかちょっといい感じなのである。


 あの仏頂面で、


「前よりいっそう美しくなった」


 とか言いやがるのである。


(これがギャップ萌え? 私だけが知ってる意外な一面、みたいな……?)


 とか考えて、夜も悶々とするのである。


 もしかしたら、いつ風魔法に脱がされてもいいようにとスキンケアに注力した、その成果なのかもしれなかった。

 最近は化粧のテクニックも格段に上達したし。


(だからって、あの変態剣士には感謝なんてしないけどね……!)


 夕日に頬を染めながら女性教官は、目の前の大きな背中に追いつこうと足を速めた。


   ◇


「くっそ、つまんねぇゼ!」


 今日もロキは不首尾に終わったらしい。


 近頃では食堂や、街中でも【謎のストロベリー泥棒】対策が取られており、だから彼女は大好物のストロベリージャムを入手できずにいた。


 部屋の隅を不機嫌に飛びまわり、悪態をつく。


「おいリード、今度はあのパン女を脱がそうゼ! お前の幼なじみ!」


「…………」


 リードは聞く耳を持たない。

 構えば構うほどロキは調子に乗る。

 それをようやく学習した。


 それに――

 シャルロに『風魔法』のことがバレた、あの事件をリードは思い出していた。




「わたしの裸にはまったく興味なかったのにね…………おかしいね」


 と、にっこり笑ったシャルロだったが、半径数十メートルの範囲で植物が死滅し、たまたま通りかかった人間も原因不明の悪寒を感じ、リードの胃腸は、3日ほど食べ物を受けつけなかった。


 あんなことはもうこりごりだ。


 いや、もしかして本人を脱がせば事態は変わるだろうか?

 それこそカグヤのように――。


(駄目だ。あれはあれで駄目だ……)


 シャルロはそれ以来、リードの行動をより厳重に監視するようになり、ついには、カグヤとの『秘密の情事』にまで彼女は立ち会うようになった。


 幼なじみの笑顔に見守られながら、年下の少女の服を脱がせ、肌に触れる――


 これは一体なんのプレイだと、リードは罪悪感から4日ほど睡眠不足に陥った。(ちなみにカグヤは余計に興奮していた)




 ロキはそんな光景をゲラゲラ笑って見ていたが、またぞろ暇を持て余しはじめたらしい。


 とはいえ悪いが、これ以上自身のコンディションを悪化させるわけにはいかない。

 明日は延期になっていた期末演習なのだから。


「無視すんじゃねぇヨ!」


 小さい足で後頭部を蹴ってくるが、リードは一向に構わず、机に向かって魔導書のページをめくる。


 やがて痺れを切らしたのか、ロキは別の手段に訴えた。

 人型の、少女だか少年だか分からない姿に変身し、リードの腕に絡みついてきた。


「クキキッ、そんなつまんねー本なんてやめて、オレ様とイイコトしようゼ」


「…………」


 どうやら色仕掛けのつもりらしい。

 しかしリードは首を回し、ロキの姿をじっくり眺めてから、


「ふっ……」


 鼻で笑って、魔導書のページに目を戻した。


「あっ、テメェ!」


 むきになってロキは、尖った爪で頬を引っ掻いてくる。

 やめさせようと手首を取り、もみ合っているうちに、またもベッドに押し倒してしまった。


 謝ろうかと思ったが、リードは思い直した。この辺で、釘を刺しておくのもいいかもしれない。


 彼女の両手を押さえつけ、覆いかぶさるようになって、


「いい加減にしろ」


「……な、なんだよ、とうとうオレ様の色気に耐えられなくなっちまったカ?」


 神族のくせにこういうことに耐性がないのか、余裕のない表情で虚勢を張るロキ。


「ま、まあベッドでも百戦錬磨のオレ様を満足させられるってんなら、相手してやってもいいけどナ……!」


 なんて、震える声で言われても。


「いいのか? 貴様も知っているだろう、カグヤとの秘めごとを、そしてあのヤリ部屋での惨状を」


 リードは、指をわきわきと動かして見せる。


「ピーピたちに教えてもらった俺のマッサージは、もはや絶技と言っていいレベルだ。今なら……おまえだって昇天させられるかもしれんぞ?」


「ひいっ!」


 恐怖からか、それとも悔しさのあまりか、ロキの鋭い眼が、涙でにじむ。


「ち、ちくしょー!!」


 ぼふん、と白い煙とともにコウモリバージョンに姿を変え、ロキは窓からどこかに飛び去ってしまった。


「……少し、やりすぎたか?」


 つぶやいたが、これまで彼女に受けた被害と比べればまだ優しいものだと思い直して、リードはふたたび魔導書に向かった。


   ◇


 期末演習の当日、リードはいつもより早く起床した。

 空はまだ暗い。


 しんとした空気のなかで素振りをしていると、カグヤも合流し、ともに剣を振った。


 朝食からはシャルロも一緒になり、3人で簡単な打ち合わせも済ませた。

 そうして、とうとう期末演習のときを迎えた。



 演習の舞台となる会場は、屋外演習場の中でもひときわ広い。


 大ざっぱに言ってしまえば学園都市リグスハインの構造によく似ていて――中央にあるのは、塔の形をした背の高い祭壇。その周囲には密林を模した地形が広がっており、水魔法で生み出された小川まである。


 祭壇を中心にした、円形の、巨大な演習場だ。

 360度、地中深くまで結界魔法で覆われたドーム状の外観。

 激しい戦闘の余波を外に漏らさない仕組みになっている。


 リードたち205期生プラスアルファは、30チームに分けられて予選に臨む。


 ルールはこうだ。

 3人1組の5チームが、演習場の別々の地点に放たれ、制限時間内に祭壇の頂上を目指す。

 最後にそこへ立っていた者の属するチームが決勝へと進める。


 祭壇を破壊さえしなければ、何をしてもよい。

 戦闘行動を取ってライバルを蹴落としてもいいし、隠密行動で最後まで生き残るもよし。


 激戦が予想されるが、結界のすぐ脇には治癒魔法の使い手が数多く控えており、危険な状態になれば即座に駆けつける用意がある。


 教官陣によるレフェリーストップ制度も導入されており、また、行き過ぎた行動に走る者があれば力尽くで排除される。


「うーん、さすがに緊張してきたね」


 シャルロは肩をすくめ、リードに笑いかける。


「足、引っぱらないように頑張るね」


「いつも通りやれば問題ない。俺たちなら大丈夫だ」


 2人の顔を見て、リードは力強くうなずいてみせた。


 他と比べれば即席のチームであることは否めないが、彼女たちの連携はなかなかのものだった。

 初めてのときから息の合った動きを見せ、リードのことを驚かせた。


 ……だから、問題があるとすればリード自身だ。


 今日はまだ姿を見せていないが――ロキの、あの悪神のイタズラひとつで状況は変わる。がらっと変わってしまう。


「お兄様、観に来ているといいですね」


 カグヤがほほ笑んでそう言った。


「……ああ。そうだな」


 期末演習に臨む学院生たちのモチベーションはさまざまだ。


 自分や、チームの実力を確認したい者、観戦に来た故郷の親族や友人に勇姿を見せたい者、スカウトの目に留まろうと必死な者――


 リードの場合は、風の剣士との接触。

 彼がこの場に現れてくれれば、演習のあとで話す機会があるかもしれない。こちらのことなど覚えていないかもしれないが……それでも、憧れの相手であることに違いないのだ。


(まるで――片思いだな)


 小刻みに首を振って、空を見あげた。


 半透明をした結界の内側を、小型の怪鳥が飛びまわっている。


 くるくると旋回したかと思うと急降下して、今まさにスタンバイを終えたリードたちの近くを滑空し、また高く舞いあがっていった。

 

 ■ ■ ■


『さあて! 会場のみなさま、もう間もなく205期生期末演習が始まります!』


 満員に近い客席に、実況の声が響いた。


「お、リード映ったじゃん!」


 円形の闘技場。

 階段状の客席の、その中段あたりに腰を下ろしてギルは、


「つーか、金かかってんなぁ」


 感心の声をあげた。


 今回の期末演習は、いつもとは違って映像での観戦という手法が採られている。


 会場内を飛びまわる怪鳥は、投影技師たちが操っている従僕だ。


 その怪鳥の胸に取りつけられた録画集音装置から、別会場へ――ギルたち観客のいるこの場所へと、映像と音が送られる。


 そして、エイベクリスタルがふんだんに使われた投影機によって、巨大な映像が映し出されるという仕組みだ。


 これは破格の措置だった。


 多額の費用を投じた理由のひとつは先日の崩落事故。


 それから、客離れしつつある期末試験のマンネリを打開するという、ある意味、リグスハイン学院らしい思惑も働いているようだった。


 こういう『イベント』の収益は馬鹿にならないのだ。


 そして今のところ、その企ては成功だと言えるだろう。

 学院の内外、あるいは街の内外から集まった観客は、前期よりだいぶ多いように見える。


 学院生の有志も運営に加わっており、今、実況の声を張りあげているのは、たしか199期生の、ちょっと胸の大きい女の子だ。ギルはその姿を思い出しながら、しみじみとうなずいたりしていた。


「もう、やっと見つけた! 勝手に1人で行かないでよね!」


 ミーファが階段を駆けおりてきて、ギルの隣に座る。


「他にも席空いてるじゃんか――ああ、そっか。そんなにオレの隣が良かったわけね」


「は、はぁ!? そんなわけないでしょ! バカ! バカギル!」


 照れかくしの拳をひょいひょい躱していると、


「おっ、始まったぜ」


 巨大なスクリーンの中で、リードたちの期末演習が開始された。


 ■ ■ ■


 圧倒的、という形容がまさしく正しかった。


 リードたちのチームは下馬評どおりの活躍を見せた。3人の連携も悪くなかったが、何より個人の実力が物を言っていた。


 ――まずはカグヤ。


 剣士であり、孤月刀使いである彼女のリーチは比較的短い。

 故に、限定的な空間での一対一ならともかく、この広大なフィールドでは不利だと見る者も多かったのだが――彼らは、その評価をすぐに改めねばならなかった。


《臆病者のバイブスキン》を全開に、雷光めいてフィールドを駆け回る彼女は、それ自身が一振りの刃のようであった。


 後衛の魔術師を守る剣士の、その脇を駆けぬけ、詠唱中の魔法を阻止し、返す刀で前衛の剣士を打ち倒す――【痴女剣姫】などという汚名をはねのける、まさに電光石火の面目躍如だった。



 ――それから、数少ない206期生のシャルロ。


 魔術師である彼女はまだ飛行魔法を扱えないようで、機動力では一段劣る。

『戦場』での動きも不慣れといった印象だ。


 だが――

 それを補って余りある魔法の威力。


 あふれ出る魔力。彼女が一歩踏み出すごとに、草むらは灰と崩れ落ち、小川はどす黒く濁る。

 ひるんだ相手に、すかさず火炎魔法を叩き込み、リタイアへと導いた。


 戦意を喪失した者や、ダメージを負って戦闘不能とみなされた者にはレフェリーストップがかかる。


 ――最後にリード。


 魔法剣士の彼であるが、魔法を一切使うことなく敵を斬り伏せていく。


 彼のスキルは入学して3ヶ月のレベルにはない。

 空を自由に跳躍し、真空の刃で鎧すら切り裂く。


 祭壇の手前まで進んだ彼らは、そこで対峙した相手チーム3人を、ものの数秒で片づけて頂上に立った。


 制限時間を待たずしての派手な勝利――


 予選の緒戦に、十分なインパクトを与えたのだった。


   ◇


 2戦目以降はリードたちのような圧勝劇はなかったものの、まだ荒削りだが、それ故に伯仲した実力同士の、しのぎの削り合いが展開された。


 だがその中にあって、頭ひとつ抜き出ていたのはアルデア・オットーのチームだった。


 赤髪の魔法剣士を中心として、治癒魔術を得意とするリナリー、トリッキーな動きで相手を翻弄する徒手空拳のピーピ、という編成だ。


 普段は賑やかなばかりの彼らだが、戦闘の腕は文句なく一流だった。


 バランスの良い、隙のない戦いかたを見せ、リードたちと同じくほぼ無傷で予選を突破した。


 個の能力ではリードたちに敵わないものの、チームの連携という点では彼らが上回っているように見えた。


 そうして、彼らは決勝の舞台で顔を合わせることになる。


 リードの――その運命を歪ませる、決勝の舞台で。

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