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20/26

19 恋の追っ手

今回はちょっと長めです。

 カグヤとの和解(?)を経てのち、リードの学院生活は無事に(?)過ぎていった。


 入学してからこっち、もっとも大きな変化はリードの身の回りの人間関係だ。


 初めは1人だった食堂では、ギルとミーファ、それからアルデアハーレムに囲まれて賑やかな限りだ。



 またリードは早朝、剣の稽古を欠かさず続けているが、そこにカグヤも加わった。


 彼女と剣を合わせるのはいい刺激になった。


 それはよかった。

 よかったのだが――


『約束』を果たすのは気が重かった。5日に1度は彼女を人気のないところに連れ込んで、風魔法を放たなければならなかった。


 そして、カグヤの敏感な部分(健全)をなでなでしてやるのだ。


「あっ、ん……、くうっ! リードさん、もっと、もっとお願いします……!」


 恍惚としてそう言われると、さすがに変な気になってくる。


 彼女の細くて滑らかな喉を『こしょこしょ』してやると、


「ふあっ、あっ!? あんっ! ゆび、指がっ、やぁっ……!」


 少女の艶めかしい声が、切なく響く。まるで変なことをしているような気分だ。


 いやまあ、変なことをしているんだけれども。


「すごく、すごく気持ち良かったです。リードさんの、熱くて、硬くって……」


「指がな?」


 しかし、こちらを信頼しきって身を寄せるその姿は、ツンツンしていた子猫がすっかり懐いたような、そんな感じだった。いつも凜々しい少女は、リードの前でだけ、だらしない表情を見せるのだった。


 今のところこの頻度で落ち着いているものの、しかし、『行為』から2日もすればカグヤは、物欲しそうな顔でリードを見てくる。


 彼女は鉄の自制心を働かせてぐっと欲望を抑えているようだったが、いつその激情が堰を切ってあふれ出てくるか分からない。


 ――剣と魔法を極めるまで、恋や性欲には流されない。


 そう誓っているリードではあるが、カグヤといるとその決意が揺るぎそうになって落ち着かない。


 関係の変化という点ではもうひとつある――ロキとの関係だ。


 彼女は相変わらずやかましいが、変態魔術師との対決以降、リードは徹底的に彼女を無視するよう努めている。またぞろ変なことを囁かれて、こちらの行動を狂わされるのはまっぴら御免だった。


 仕返しは怖かったが、もうリードの風魔法の悪辣さは学院中に広まりきっていて今さらだったし、普段、周りにいる女子たちは、むしろ慣れてしまっていた。


 カグヤは言うに及ばずで、アルデアハーレムのメンバーも、もはや風魔法を楽しんでいる状態だ。


 さすがに女性教官は、依然としてリードを叱ってくるのだが、しかしその光景も同期のあいだでは恒例となっていて、彼女が脱がされると――


「今日の下着は似合ってますよ」


 だとか、


「かわいい、もっと見せて!」


「どこで買ったんですか、私も欲しい」


 などと歓声が飛ぶ始末。


 そうすると彼女のほうも次第に、


「そ、そう? 明日はどんな下着にしようかしら……」


 と、まんざらでもない様子だった。


 そうなるとロキは面白くない。


 その不満を晴らすため彼女は、食堂や、ときには街からストロベリージャムを盗んできてはベロベロと舐め、ひとり悪態をついて溜飲を下げているのであった。



 さて、そんな騒々しい学院生活にまたひとつ変化が加わったのは、リードの学院生活がちょうど3ヶ月を過ぎようとしていた、ある日のことだった――。


   ◇


 その日は206期生が――つまりリードにとっては初めての後輩たちが、学院への入学試験を受ける日だった。


 教官たちは試験官の業務に付きっきりになるため、講義も演習も休みになっていた。


(あれからもう3ヶ月か――)


 朝から続けていた自主鍛錬にひと息つけて、リードは汗をぬぐい、夏の青空を見あげた。


 悪神に呪いを授かったあの試験日。

 それから続く、気の休まらない学院生活。

 よくもまあ耐えてきたものだと、リードはひとり苦笑する。


 そこへ、ギルが駆けてきた。


「リード、面白いことになってるみたいだぜ」


「何がだ?」


「試験だよ、試験。魔術師クラスにやばいヤツが現れたってよ」


 ギルに連れられ試験会場の広場に向かうと、人だかりのほうから担架が運び出されてきた。


 その担架の上では、何やら青ざめた顔をした男が、喉元を押さえて苦しそうに悶えている。


 あれは実技の試験官だろう。学院生だ。実技試験では、学院生が受験生の相手を務めることがあるのだ。バイトの一環のようなもので、わずかだが報酬が支給される。


 つまり、受験生が学院生に重傷を負わせた――ということらしい。


「……これで4人目だぜ」


 誰かが呟いていた。


 学院生にも先輩としてのプライドがある。

 同輩が受験生にコケにされ、憤慨し、次々と挑んだものの、返り討ちにあったのだろう。


 ――この光景、リードには見覚えがあった。


 それもそのはず、試験のたびにリードは、剣技で学院生を圧倒していたのだから。


 魔法は使えなかったが、剣ではすでに学院の平均レベルを上回っていた。


 大勢の前で恥をかかされた学院生は、教官に頼み込んでふたたびリードに向かってきたが、それすらも打ち伏せたのだ。


 さてそうなると、プライドを傷つけられるのは教官も同じだ。

 学院生が名乗り出るのを止めることなく、むしろ煽る教官もいる。


 どうやら、似たようなことが今回の魔術師クラスの試験でも起こっているらしい。


 ギルと顔を見合わせ、人垣をかき分けていくと、騒動の中心には1人の少女が立っていた。


 亜麻色のカールがかった髪。

 クラシックな魔術師のローブを羽織っており、古びた木製の杖を両手で抱えていた。

 むこうを向いているため顔は分からない。


 だが、その背中にリードはハッとした。


 彼女の足元では、5人目の学院生が屍のように転がっていて、口からはぶくぶくと泡を吹き出している。


「ほかに挑む者はあるか?」


 試験担当の教官が、控える学院生たちのほうを見まわすが、誰もが目を伏せた。


 これではどちらが受験生か分かったものではないが、しかし、入学試験では稀にしてこういったことが起こる。


 多くの受験生に紛れて、すさまじい才覚を持った虎や竜が潜んでいることがあるのだ。


 ……これ以上は恥の上塗りだという空気が、学院生たちのあいだで流れていた。


「よし。ではこれで審査を終わる」


 重々しい口調で、教官は宣言した。


「シャルロ・マレキス、合格だ」


 わあっという歓声があがる中、リードは少女の背中に声をかけた。


「シャルロ!」


 すると少女がぴくりと反応してこちらを見る。


 長いまつげの、優しげなまなざしの少女だ。

 大きな瞳をぱあっと輝かせ、小走りに駆け寄ってきた。


「リード! やっと会えた!」


 がばっとリードの首に抱きついて、


「おまたせ、わたしも来ちゃった!」


「久しぶりだな、元気だったか?」


 問うと、シャルロは一旦顔を離し、うるうるとした瞳で見あげてきて、


「うんうん、元気になった! リードに会えて、やっと元気になったよ!」


 と、もう一度リードの胸に顔をうずめてきた。


 そんなふうに再会を喜ぶ2人の横を、せっせと担架が通り過ぎていく……。



 ■ ■ ■



「へぇ、リードと一緒に魔法をねぇ」


 試験に合格したシャルロを連れて、寮のほうへと歩きながら、ギルは感心の声を漏らした。


 剣の鬼であるリードと対照的に、彼女――シャルロ・マレキスは魔法が大得意で、それもほとんどが独学の成果だと言うのだ。


「そうなの。ずっと2人で魔法の勉強してたら、なんだか上手くなっちゃって」


「シャルロは飲み込みが早かったからな」


 リードはしみじみと言う。


「村にあった魔導書を、片っぱしから読み漁ったものだったな」


「けどリードったら、全然上達しないんだもんね」


 意地悪な笑みをつくって、シャルロはリードの顔をのぞき込む。


「だからリグスハインに入学が決まったって聞いて、びっくりしちゃった。嬉しかったけど、でも、寂しかったんだよ?」


 入学後、リードは母に荷物を送ってもらったので、シャルロとはそれ以来の再会ということになる。


「おまえも女泣かせだなぁ」


「俺たちはそういう関係ではない。言うならば兄妹のようなものだ」


 リードの言葉に、シャルロはむうっと頬をふくらませる。


「そんなこと言って。この3ヶ月、手紙のひとつも送ってくれないんだもん。冷たいよねー」


「うわーサイテー。リードくんサイテー」


「冷やかすな。……すまんシャルロ、色々と忙しくてな」


 いつもとは違う顔を見せるリードを、ギルはほほ笑ましく思って、


(こんな可愛い幼なじみがいるなんてな、オレとは大違いだぜ)


 と、ミーファが聞いたら激怒しそうなことを胸の中でつぶやいた。


 そして、ふと思いついて、


「リード。期末演習の相方、シャルロちゃんを誘えばいいんじゃないか?」


「期末演習って?」


「リグスハインは3ヶ月ごとに新しい学院生が入ってくるんだけどさ、その直前に、訓練の成果を見せる実技試験みたいなのがあるわけさ。んで、リードたち205(マルゴー)はちょっと事情があって、そいつが伸びてるんだよ」



 ギルたち198期生はすでに期末演習を終えている。


 入学して2年が過ぎた彼らの演習は学院の外で行われた。


 3人1組になり、学院に寄せられた依頼をこなすという形式だった。


 一方でリードたちの演習は屋外演習場で実施される。

 同じく3人1組をつくり、1つのフィールドで5チームが模擬戦を行うという方法だ。


 205期生については、演習場の点検が終わり次第実施される予定で、おそらく2週間後になるだろうとの見通しが立てられている。


「わたしも出られるの?」


「前にもあったらしいんだよ。日程が次期にズレこんだから、じゃあ一緒にやっちまおうぜってパターン。新入生にしても、早い段階からスカウトたちに実力を売り込めるしな。まあ、206(マルロク)の中で希望者がいれば、それも教官が出場を認めるくらいのレベルだったら……って話になるだろうけど、シャルロちゃんの実力なら問題ないんじゃねーの?」


「おいギル」


「リード、まだ決まってないの? じゃあ出る、わたしも一緒に出る!」


 リードのチームメイトはまだ決まってない。


 相手がいないのではない。

 彼の周りが混沌としているせいだ。


 まず、何よりアルデアハーレムが話をややこしくしていた。


 彼女たちの皆が皆、アルデアと組めるわけではないので、では――ということでリードにも希望者が殺到しているのだ。


 誰がいいか選べと言われても、リードは言葉を濁してやり過ごしている。


 そしてカグヤの存在も問題だった。彼女も当然のようにリードと組むことを望んでいるが、彼女は彼女で人気者である。


 最近では【痴女剣姫ちじょけんき】という不名誉な異名が定着しつつある彼女も、その実力はやはり本物。


 演習で目立つために彼女と組みたがる輩は多いが、しかし、もし彼女がリードと組むとなると残る空席は1つとなる。そこで、互いに牽制しあう異様な緊張感が生まれているのだった。


「幼なじみのシャルロちゃんと、仲良しのカグヤちゃん。ちょうどいいじゃん」


 ギルが笑うと、シャルロはぴたりと足を止めた。


「カグヤ……ちゃん?」


 彼女は首をかしげる。


「誰、それ?」


 あれ、とギルは思った。


 彼も剣士のはしくれだ。

 そして恋に多感なお年頃でもある。


 何やらラブコメの波動らしきものと――そして同時に、冷たい殺気のようなものを感じ取ったのである。


「カグヤか? 彼女は……」


 リードが答えようとしたとき、タイミングがいいのか悪いのか(いや、たぶん、おそらく、きっと、間違いなく、絶対に悪いけれど、)向こうのほうを、銀髪の少女が歩いていく姿が見えた。


 彼女はリードを探していたらしく、こちらに気づくと、遠目でも分かるほどに顔を赤くしながら、早足で近づいてきた。


「リードさん。約束の時間になってもいらっしゃらないので心配しました」


 体がうずいて仕方ない、というふうにモジモジしている。


「ああ、すまない。友人にばったりと会ってな」


 リードは言って、シャルロとカグヤを引き合わせた。


「へえ、この子がカグヤちゃんかぁ。うふふ、すっごく可愛いね」


 やわらかな笑みでシャルロは言う。


「やっぱり、リードの好みって変わってないんだね………………ぶっ殺そうかな」


「えっ」


 なんだかとても物騒な小声が聞こえた気もするが、ギルは聞かなかったことにして、


「は、ははは……いやあ、幼なじみっていいよなあ。2人にしか分からないこととか、きっとたくさんあるんだろうなあ……」


「そうだね、リードの好きなタイプとか、淡い恋の思い出とか、そういうのも全部知ってるよ」


「おい、なんだ恋とは」


「またまた、しらばっくれちゃって。ほら探検家のお姉さん……カグヤちゃんに似た銀色の髪の毛でさ、テーネ山の植物を調べに来てた人、いたでしょ?」


 シャルロによると、それは彼女たちが10歳くらいの頃の話だった。


 テーネ山の植生は世界的にも珍しいらしく、植物学者であり探検家でもある女性が、彼女たちの村を訪ねてきた。


 リードは、そんな知的でアクティブな彼女にすっかり懐いてしまい、滞在中はずっとくっついていたと言うのだ。


「あれは……山は危ないから、警備を務めようとだな」


「お花の冠とか、プレゼントしてたよね」


「う……」


「でもね、植物に詳しいって言ってたのに、その人、まちがって毒草を食べちゃったの。半年は村に滞在する予定だったのに、残念だったよね」


「ああ。だが、シャルロまで口にせずに済んだのは、不幸中の幸いだったな」


 ん?

 とギルは疑問を持った。


「シャルロちゃんも、その人と一緒に山に登ってたの?」


「うん。その日はたまたま、わたしとお姉さんの2人っきりで…………たまたま」


「…………」


「あ! こんなこともあったよね」


 明るい表情でシャルロは続ける。


「うち、お母さんがパン屋さんをしてるの。身内の欲目で言うわけじゃないんだけどさ、けっこう評判なんだよ。だから遠くの街からわざわざ修行にやってくる人もいてね。わたしが12歳のときかなあ……凜々しい感じの、綺麗なお姉さんが住み込みでやって来てたの」


「リードさんは、その人にも懐いたのですか?」


 カグヤが訊ねた。


「そう! もうね、デレデレになっちゃって。剣の素振りを褒められたら、いつも以上に張り切ってたんだよ」


「……なんですかそれ。可愛いですね」


 女子2人から生暖かい視線を向けられて、リードは顔を引きつらせていた。


「あー。でもその人、原因不明の高熱で街に帰っちゃたんだよねー」


「……そうだったな。俺にパンを作ってくれると、そう約束した翌日のことだった。病状は悪化する一方で、あれには慌てたな」


 訊くまい、訊くまいと努力したが、とうとう耐えきれずギルは、シャルロにたずねた。


「看病は…………誰が?」


「ん? もちろんわたしだよ。お母さんはお店があったしね」


「へ、へえ……」


「俺も部屋に入れてもらえないくらい、熱心に看病していたな」


「……………………」


 もういやだ。

 ギルは耳を塞いだ。


 するとシャルロが瞳を輝かせて、


「そうだ! ねえカグヤちゃん、わたし今日合格したばかりなんだけど、寮の下見とかしてみたいなーって思ってて。ここって男女別でしょ? ずうずうしいかもしれないけど、案内してもらえたら嬉しいなぁって」


「はあ、私でよろしければお安い御用ですが――」


 カグヤは名残惜しそうな目をリードに向けてから、


「では行きましょうか、シャルロさん」


「うん、ありがとうカグヤちゃん!」


 遠ざかっていく2人に向け呑気のんきに手を振るリードに、ギルは問いかけた。


「なあ、シャルロちゃんってさ、どんな魔法を使うんだ?」


「わりと万能型だが、一番得意なのは毒魔法だったな」


「…………そうか」


 ギルはリードの肩に手を置いて、


「おまえ、いざとなったら責任取れよ。色々とな……」


「?」


 朴念仁ぼくねんじんの変態剣士は事情を飲み込めていない顔で、曖昧にうなずくだけだった。


 ■ ■ ■



 ひとしきり寮のなかを案内してからカグヤは、シャルロを自室に招いた。


 同室の友人は外出していたため、彼女の椅子を拝借して、これから2人でささやかなティータイムだ。


 案内の道すがら会話も弾んだので、すっかり喉が渇いてしまった。


 カグヤはティーカップを手に取り、唇につける。


 ――が、すぐにそれを離した。

 顔をあげ、シャルロに訊ねる。


「シャルロさんは……リードさんのことがお好きなのですか?」


 そのストレートな物言いに、シャルロは眼をぱちくりさせたが、


「うん、好きだよ」


 笑顔で応えた。


「世界でいちばん大好き。でも、どうしたの急に?」


「――私、敏感肌でして。唇のような粘膜の部分は、特に」


「へ?」


「先刻より、あなたの強い殺気を肌で感じていたのです……そしてこのユルベ茶」


 小ぶりなティーカップでは琥珀こはく色の液体が、静かに湯気をくゆらせていた。


「色も、匂いにも変化はありませんが、明らかに魔法がかけられています。私は目を離していないにも関わらず、です。素晴らしい使い手ですね」


 じっと見つめると、シャルロは、その大きな瞳に驚きの色を浮かべたが、


「ふふっ、すごいねカグヤちゃん」


 と天真爛漫に笑ってみせた。


「そんなことまで分かっちゃうんだ。リグスハインの人って、やっぱりすごい。来てよかったな」


「リードさんの近くにいるために、入学を?」


「うん、そうだよ。それしかないよ。悪い虫がついてないかなーって思って」


「いたら、どうするのですか?」


「焼き殺すよ。……あ、でも、カグヤちゃんには火炎魔法とかは通じないかな」


 彼女には先ほど、雑談ついでに、奇襲に対する牽制のつもりで《臆病者の鎧》の硬質化能力について話してあった。


「安心してください」


 カグヤは告げる。


「私はリードさんを独占しようなどと思っていません。ただ、趣味と実益を兼ねた関係性というだけです」


「……本当に? 本当にそれだけ? ふふ、カグヤちゃん、まだ気づいてないだけなんじゃないの?」


「何をですか?」


「教えなーい。ライバルを増やすつもりはないから、教えてあげない。でもね、殺気とか言うんならカグヤちゃんもだよ。……いつ斬り殺されるかって、ビクビクしてたんだからね」


「そうは見えませんでしたが」


「よく言われる。笑ってるのか、怒ってるのか分からないって」


「怒っているでしょう」


 即答すると、彼女の笑みが少し凍った。


「…………」


 しばしの沈黙。

 窓からの風が、カーテンをわずかに揺らした。


「その気持ち、リードさんには伝えたのですか?」


 シャルロはふるふると首を振った。


「ダメ。リードは鈍感で、厄介なくらい誠実すぎるの。わたしのことなんて、妹ぐらいにしか思ってないから、絶対に当たって砕けるに決まってる。だから、じわじわと追い詰めて、わたしだけしか選択肢がないくらいに追い込んで、そこでパクリといっちゃおうと思ってて」


 のんびりとした口調でいて、しかし内容は恐ろしい。


「最悪、他の人類を滅ぼして世界で2人だけになれば、それはそれでハッピーエンドだと思うの」


「……イヤです、そんな滅亡エンド」


「もちろん、まだ平和的な手段しかとってないよ? 村にいた頃はね、パンに媚薬を混ぜたり、夜中に魔法の勉強のふりをして、リードに夜這いをかけたりしたんだけど……」


 平和的ってなんだっけ……

 カグヤはげんなりした。


「あ! 昔ね、リードが急に『2人で山に行こう』って言い出して。わたし一応嫌がるそぶりをしてみたんだけどね、ほんとは内心『これで押し倒してもらえる! 初体験は山の中! ワイルドでエキサイティング! ひゃっほう!』とか思ってたんだけどさ」


「……早熟なお子さまだったのですね」


「そこでモンスターに遭っちゃって。リードが、命がけでわたしを守ってくれたの」


「…………」


 そのいきさつについてはカグヤも聞き及んでいた。


 リードはちょっとした冒険気分で山に入ったものの、思いがけず凶暴な魔獣トロスホーンに遭遇し――そこで命を助けてもらったのが、カグヤの義兄でもある風の剣士エインリッヒだった、という話だ。


「それからリード、前以上に剣と、それから魔法にのめり込んでいって。わたし、置いてかれたくなかったから、必死で勉強したの。運動はまったくだから魔法でがんばろうって――リードが世界一の魔法剣士になるなら、わたしは誰にも負けない魔術師になる。大賢者なんて目じゃないくらいの。……そうしないと、彼の隣にはいられない気がするから……」


 そこで初めてシャルロは、どこか寂しげな表情を見せた。


「カグヤちゃんはどうなの?」


「私ですか?」


「そう。わたしはリードに近づく女の子がいたら、全力で戦うつもり。汚くても黒くても、リードを取られるよりずっとマシだから。だから、カグヤちゃんはどうなのかなって。趣味でも実益でもいいんだけどさ、リードじゃなくてもいいなら、諦めてくれないかなって」


「それは……」


 カグヤは自問自答した。


 たとえば、リード以外の男でも感じられるようになったら? そしてそのとき、彼の隣にはシャルロがいて、自分のほうを見てもらえなくなったら?


 ――嫌だ、と思った。


 なぜかは分からないが、喉の奥に不快なにがさを感じた。


「シャルロさん」


 背筋を伸ばし、まっすぐに彼女を見つめる。


「私は諦めません。あなたが魔術師の頂点を極めるというなら、私は剣のいただきにまで登りつめて、彼の隣に並び立ちます。そこは譲りません」


 言い放っても、向かいのシャルロは穏やかなままだった。そして静かにうなづくと、右手を差し伸べてきた。


「じゃあ、わたしたちはライバルだね。道は違うけどライバルだ。剣と魔法にしか興味のない、甲斐性なんて、本当にまったくない人を振り向かせるんだもん。がんばらないとね」


「……はい」


 カグヤもほほ笑み、シャルロの手を取ろうとしたが、


「――――」


 すっとその手を引いた。 


「油断なりませんね」


「あ、バレちゃった?」


 毒魔法を用意していた手のひらを振って、シャルロはえへへと笑った。


   ◇


 昼食どきになって、食堂はにわかに混みはじめてきた。


 外では試験も一段落ついたらしく、試験官のバイトを務めていたらしい学院生たちの姿もちらほらと見えた。


 リードがいつものように食事をとっていると、カグヤとシャルロが並んで歩いてくるのに気づいた。


 手を振ってこちらの位置を知らせると、2人はある位置でピタリと足をとめ、顔を見合わせる。


 何やら、ただならぬ雰囲気だ。

 一体どうしたのだろうか。

 

「お待たせリード」


「お待たせしましたリードさん」


 口元は笑っているが、どちらの眼にも殺気が満ち満ちている。


「遅かったな」


「ちょっと決闘してたんだよ」


「決闘? 剣と魔法で?」


 シャルロはううん、と首を振る。


「女の子の決闘にはね、剣も魔法も必要ないんだよ」


 よく分からないが、リードはそうかと頷いておいた。


 すると――



「おや、この美女はどなたかな? 僕の新しいレディ候補かい?」そばに座っていたアルデアが、気楽な調子で言う。


「ほんわか美人さんだ☆ ねえねえリー君、お友達?」とピーピが。


「お胸もおっきい。わぁお、リー兄の好みだ……♪」見当違いなことをメイが。


「リード様に気安く話しかけるなど、無礼千万ですわね」クリスタは番犬のようである。


「あら、これでまた複数プレイにバリエーションが増えますね」と、思わせぶりなのはネーニャ。



 それぞれ、腕に組みついたり、膝に乗ったり、スプーンを手に『あーん』をしようとしたり、後ろからリードに抱きついたりしながら、シャルロに向けて言葉を投げかける。


 ――まあ、いつもの光景だ。


 だというのに、なぜ彼女たちはああも眼を歪ませ、肩を震わせているのだろうか。


 ……と、すっかり感覚の麻痺してしまったリードは首をかしげる。


「ねえ、カグヤちゃん」


「はい、シャルロお姉さん」


 なんだか無駄に息の合った2人は、邪悪な笑みを浮かべた。


「いたね、悪い虫」


「そうでした、いました。悪い虫。それもたくさん」


「うふふ、滅ぼそっか」


「そうしましょうか」


 ――で。


 2人の少女によって、食堂は地獄と化した。


 なお、のちにこの出来事は【リグスハイン真昼の惨劇】と名づけられ、長く語り継がれることになる。


 そしてこの日以降、アルデアハーレムをはじめ、リードとチームを組みたいと口にする者はいなくなり、また、カグヤと同じチームを希望する者もぱったりと途切れたのだった。


 そうしてなし崩し的にリード・カグヤ・シャルロの期末演習チームが結成されたのである。


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