14 カグヤの素肌
「おっと、すまない」
「いいえ……」
リードとカグヤは、夜の街を歩いていた。
二人で。
腕を組んで。
まるでカップルのように。
アルデアハーレムのマッサージによって、図らずも本調子を取り戻したその翌日のことである。
学園から言い渡された変態魔術師の捕縛任務のため、夜のリグスハインに繰り出したのだ。
誰かと腕を組んで歩くのなんて初めてだった。それも、自分より小柄な女の子となんて。
歩調を合わせるというのがなかなか難しいもので、そのうえ、どうもお互いギクシャクしているせいで先ほどから何度もつまづき、転びそうになっていた。
身長差もある。普段はしゃんとしているせいで上背があるように見えていたが、こうして並んでみると、やはりカグヤのほうが頭ひとつ分ほど小さく、歩幅も狭い。
ちなみに、2人とも帯刀していない。
これは囮捜査なのである。
くだんの変態魔術師は、夜の闇にまぎれ、若い女性を狙って服を脱がせるという蛮行を行っているのだが、最近では特に若いカップルに狙いを定めているらしい。
被害者の証言によると、男の目の前で女を辱めることに興奮を覚えているのだという。手のつけられない外道っぷりだ。
故に、リードたちもカップルのふりをして街を歩き、こうして犯人が罠にかかるのを待っているのだった。
腕を組もうと提案したのはリードのほうからだ。
提案者は、ロキだ。
ロキが、どのように彼を脅したのかはお察しの通り。学院ではもはやおなじみの『風魔法』も、学院外では、果たして住民たちの目にどう映るだろうか……。
仕方なくリードは昼間、カグヤにこの案を申し出たのであった。
「今夜の俺たちは恋人同士。えっと、その、見た目だけでも……例えば腕を組むとか……いや、別に他意はないのだが」
断られるのだろうと思っていたが、カグヤは意外なことに、これをあっさりと了承した。
そうして、一般人を装ったリードたち疑似カップルは、夜のリグスハインの繁華街を歩いているのであった。
◇
いつ犯人が現れるかもしれないと警戒しつつも、どうしても、左側を歩くカグヤのことが気になってしまう。
今夜の彼女はいつもの衣装ではない。
首や手足まで隠すあの服は、剣士としての彼女の正装のようなものらしいが、平和な夜の街ではいささか目立つ。
それでは変態魔術師が近寄ってこない――カグヤはそう考えたのだろう。
カモフラージュ用の『可愛らしい』服装で、待ち合わせに現れたのであった。
夏も近づいてきたこの季節、カグヤにしては思い切った軽装だ。パステルブルーのワンピースで、袖はなく、脚も無防備だ。一部の男子から天使のようだと形容される銀髪は、小さなリボンでツインテールにまとめられていた。
普段は凜々しさがまさる彼女の可愛らしい格好。
たしかに可愛い。
だがこう、もうちょっと表情も柔らかくしてくれるとありがたいのだが。リードはなんとなくそんなことを思った。
背筋はすっきりと伸びていて、視線は油断なく前方を見据えている。いつ、如何なる敵が襲いかかってきても対処できるような、そんな雰囲気。
(これは……本当にカップルに見えているのか?)
自分の振る舞いについても、彼女に近いものがあるとリードは自覚している。だから賑やかな繁華街には似つかわしくない2人なのではないかと不安になる。
組んだ腕は互いに素肌。
肌と肌がずっと触れあっている。リグスハインは比較的涼しい気候にあるはずなのだが、何となく汗ばんでしまうのは、リードだけだろうか。
カグヤの肌はさらりとしている。
まるでシルクの布に触れているかのような、優しい感触なのだ。
「………………」
先日リードは、アルデアハーレムによって皮膚感覚を開発されたばかりで、腕と腕のわずかな接触にさえ反応してしまう。
しかしカグヤは敏感肌のはず。
ツインテールの横顔は平然としているが、なんとも感じていないのだろうか……。
◇
私はいったい何をしているんだろう。
着慣れない服。はき慣れないヒールの靴。歩くたびに揺れるツインテールの髪。
カグヤ・ルークベルトは、リードとともに夜の街をさまよいながら、彼に聞こえないよう小さくため息を漏らした。
同期で初めての任務に指名されたことは誇らしかった。それも、罪のない人びとを苦しめる悪辣非道な変態魔術師の捕縛だ。燃えた。
問題はパートナーだ。
周りには変態だと呼ばれているが、カグヤは彼のことを信じようという気でいた。
しかし――
最近の彼は、女子に囲まれて鼻の下を伸ばして、うはうは、チャラチャラと。初めて感じるもやもやした気持ちが14歳の彼女の胸にはびこっていた。
女に抱きつかれてヘラヘラしている(彼女にはそう見える)リードの背中に近寄り、ばっさりと斬りつけてやろうかと考えたことも、何度かある。
けれど今日の昼間。
リードから提案を受けて――腕を組もうと言われて――なぜかどきりとする自分がいた。
寮に戻り、同室の友人に相談すると、「じゃあまずは服装からだね」というアドバイスを受けた。
彼女は気のいい、明るい女の子だ。はじめの頃はぎくしゃくした時期もあったが、今では友人と呼べる関係になった。
同期だが彼女のほうが年齢がふたつ上なので、カグヤにとって彼女は気のいいお姉さんで、彼女に言わせると、カグヤは『つんつんしてるけど可愛い妹』なのだとか。
外出用の服と言えば訓練着くらいしか持っていなかったカグヤに、彼女は自分の服を貸してくれたのだった。
あれやこれやと着せ替えながら、彼女は「うーん」と唸ったり、「これいいかも!」と喜んだりしていた。
そしてとうとう完成されたスタイルを見て彼女は、
「きゃ、きゃわたん……!」
と、謎の感嘆詞(?)をあげ、盛大に鼻血を吹き出した。
剣士として、強いだとか格好いいと言われるのは嬉しいが、可愛いと評されてもカグヤにはいまいちピンと来なかったのだが、しかし――
「うんうん。これなら彼も絶対かわいいって言ってくれるよ」
その瞬間、またも胸が高鳴った。
同時にカグヤは思い描いた。待ち合わせの噴水前で『彼』に駆け寄っていくと、こちらを見るなり可愛いねって……。
「っ…………!?」
ぼうっと全身が熱くなって、汗が吹き出す。その原因も分からず悶えていると、友人はまた「きゃわわ!」と叫んでプルプル震えていた。
◇
……冷静に思い返すと、リードは他の女子からのアプローチを嫌がっているようにも見えた。
女子に触れられるのが嫌いなのだろうか? それが、自分に対しては進んで『腕を組もう』だなんて。いや、もちろん任務のためだろうけれど。
他意が、あるのだろうか……。
汗が止まらない。顔も熱っぽい。
故に彼女は、リードに合流する直前に自身のスキルを発動させた。
《臆病者の鎧(バイブスキン)》――
そのメリットは防御力だけでなく、カグヤの『肌の表情』を隠してしまえる点にもある。
達人同士の戦闘においては、相手の動きや考えを先読みすることも重要だが、《臆病者の鎧》はそれらをすべて覆い隠してしまえるのだ。腕や足の緊張を相手に気取られることはないし、表情や、発汗の状態まで自在にコントロールできる。
つまり。
リードと腕を組み、内心、すっごくドキドキして、
(これはもう恋人のフリというより、恋人なのでは? 肌と肌で直接なんて……はしたない!)
などと思っていても、けっして相手に気づかれることはないのだ。
完璧だ。
一寸の隙もない。
(そう、今の私は鉄壁……!)
カグヤは、これまでにないくらい、自身の能力に感謝していた。