13 ヤリ部屋(後編)
悲嘆する彼に、そして最後の試練がやって来た。
「ね、ねえ、アルデア?」
入口のところに立っていたのは、ハーレムの1人、治癒魔術の得意なリナリーだ。以前、アルデアとの決闘のときリードの骨折を治療してくれた少女である。
「……ほんとに、やらなきゃ駄目なの?」
嫌悪の目つきを隠そうともせず、ベッドで寝そべるリードのほうを見た。
彼女はハーレムの中でもリードに近づこうとしない1人で、それはやはり、リードのことを正真正銘の変態剣士だと思っているからに他ならない。
――そんな彼女は着やせするタイプだった。
普段のローブ姿からは想像もつかない大迫力のスタイル。布地の多い、控えめなデザインの水着なのだが、それがかえって彼女のたわわな胸や、なだらかなカーブを描く腰のラインを強調していた。
嫌そうにもじもじする姿が、余計に扇情的だった。
「頼むよリナリー」
ピーピたちの指圧を受けながら、アルデアが軽い調子で言う。
「君の『アレ』がメインなんだから」
なんだろう、まだこれ以上のことがあるのだろうか。
リナリーは観念したようにうなずくと、こちらのベッドまで寄ってきて、手にしていたガラス瓶からリードの背中へと、なにか液体を垂らした。
「――――っ!?」
はじめての感触だった。
ぬるっとして、それでいて人肌のように温かい、なにか。
「す、スライム?」
その感触が一番近かった。にゅるにゅると、肌にまとわりつきながら滑るそれを、リナリーが手のひらで全身に伸ばしていく。
「……だ、黙っててください。私は今から、あなたをただの置物だとでも思うことにしますから」
そう言われても、これに何も感じるなというほうが無茶だ。
肌を滑る、謎の液体。
リナリーのおずおずとした手つき。
今までとは別角度の刺激――
「んっ、もう、やだ、こんなの……」
嫌がる声が逆に色っぽかったりして、まずい。
そうだ、思い出すんだ。
平坦。平坦。ロキは平坦……。
「うふふ、楽しそうですね。私も混ぜてください。ほら、クリスタちゃんも」
ネーニャがクリスタの手を取って、リナリーの作業にまざる。合計6本の手で蹂躙され、リードの脳みそはオーバーヒート寸前だった。
リナリーに至ってはもはや涙声だ。
「う、うう……。変態の肌になんて触れてたら……て、手が妊娠しちゃう!!」
「しない! そんな面白い生物は存在しないぞリナリー!」
なんだろうか、この、互いに罰ゲームみたいな仕打ちは。
実は手の込んだ嫌がらせじゃないのか。そう思ってアルデアのほうを見るが、
「じゃあリナリー。仕上げをよろしく」
いい笑顔でアルデアは言う。
うん、と小さく応える声がしたかと思うと、リードの背中にずしっと何かが乗った。
水着姿のリナリーがベッドにのぼり、リードに覆いかぶさるように密着してきたのだ。
「!? ―――……!!?」
やわらかな肉の布団に押し潰されて、リードは目を白黒させる。
肌と肌が触れ、全身に引き伸ばされた液体が、ぬるぬるぐちゃぐちゃと水音を立てる。
体をこすりつけながらリナリーは、
「んっ、ふっ……はぁっ!」
なにやらあえぎ声を上げていた。
いや違う。
これは……呪文の詠唱?
「もういやっ! 《天翼の煌光(エンジェルヒーリング)》ぅ!」
きらきらと光の粒が舞い踊り、彼女の治癒魔法が発動した。
「もうやだ、犯された、変態に犯された…………」
うつろに呟きながらリナリーが離れたところで、マッサージはその全行程を終えたらしい。
リードはベッドから降りて、立ちあがった。
軽い。
体が軽い。
ぬるぬるしてるけど。
「うん、効果はてきめんのようだね」
アルデアもマッサージを終えて立ちあがる。
「ピーピとメイは本職――マッサージの国家資格も持ってるからね。プロだよプロ。それから、ネーニャが水魔法も使えるのは知ってるよね? 人間はつまり水の入った皮袋みたいなものだから、魔法で振動を加えればマッサージ効果は倍増するんだよ」
「……クリスタは?」
「ん、クリスタは――」
言い詰まってアルデアは、まだ顔をまっ赤にしている彼女のほうを見、それからポンと手を叩いた。
「部屋の温度を上げてくれる!」
「……じゃあ、リナリーの魔法は」
「ああ、《天翼の煌光》は自身の魔力を分け与えて、さらに精神を落ち着かせる効果があるんだよ」
「それは知っている。だが、密着する必要はあったのか? こんな……変な液体も」
「ローションだって必要なものだよ。本来は手のひら同士で魔力を譲渡するんだけど、それをよりスムーズに、そして余すことなく行うためのスタイルさ。それはリナリー謹製の、魔力がよりよく伝わるスーパーローションだよ」
「いやしかし――」
「効果、なかったかい?」
アルデアは肩をすくめてみせる。
「君はなにやら常に気を張っているようだし――それは鍛錬のためなのかもしれないけど、《心眼》を発動しっぱなしにするなんて、常人なら倒れてもおかしくない負担だよ? そんなのいつか限界がやってくる。ライバルの君には常に最高の状態でいてもらわないとね。……まあ、お気に召さなかったのなら謝るけど」
言われて、今一度自分の体をチェックしてみた。
確かにこれまでずっとまとわりついていた、ずっしりとした『重み』のようなものが剥がれ落ちている。
アルデアは知らないことだが、リードは《心眼》どころか、他に複数のスキルもひっそりと併用し続けているのだ。
視覚を制限し、魔眼の発動を押さえるための《ぼんやり見》。そのせいで不十分になった視界をカバーするための《心眼》。そして新たに、やかましいロキに釘を刺すための《無音声》――。
気力も体力も、知らず知らずのうちに相当消耗していたに違いない。
「……すまない。気づかい感謝する。ありがとうアルデア」
言うと、赤髪のライバルは「親友だからね」と笑った。
ちなみに後日――。
リナリーが友人にこぼした愚痴がねじ曲がって伝わり、リードは【ヤリ部屋のぬるぬる貴族】という、聞くも無残な異名を授かったことを、最後に申し添えておく。