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12 ヤリ部屋(前編)

※サブタイが不穏

 学園都市リグスハイン――高名な建築家集団が設計したというこの街は、機能的かつ美しい外観の都市としても有名だ。


 円環状の街路や、整然とした街区。


 そのもっとも外郭の部分は、住宅や商店、宿屋や飲食店などで構成されている。特に歓楽街は栄えており、学院の関係者や街の住民だけでなく、観光客なども多く利用するが、治安もそれほど悪くない。


 空が紫がかって、夜の空気が近づくとともに、次第に人並みが増えてくる。


 工場での仕事を終えたらしい一団が、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら大通りを歩いていたり、これから夜の店に出勤するらしい若い女性が、足早に通り過ぎて行ったり――。


 そんな騒がしい街並みをアルデアに連れられてリードは、大通りから狭い路地へと折れて、そこから酒場の裏通りをさらに奥へと進んでいた。


 普段のリードであればまず足を運ぶことのない、ひっそりとした街区。そこにアルデアの『別荘』はあった。


「寮でばかり過ごしていては気が滅入ることもあるだろう? だから息抜きのためにここを買ったんだ」


 と紹介されたのは、なんの変哲もない、石造りの3階建ての建物だった。酒場のような看板もなく、ひっそりとした明かりだけが窓から漏れていた。


(さすが貴族の子息……考えることが違う)


 別荘を持っている学院生など、まずいないだろう。


 しかし、息抜きとは? 怪訝に思いながら中へ入ると、アルデアが雇っているという管理人の女性が出てきた。


「お帰りなさいませ、アルデア様」


 美人の若い女性だ。メイド服を着ている。


「ウィラル、2階は使えるかな?」


「もちろんです。準備は済ませておきました」


 準備?

 一体なんの……?


 首をかしげながらリードは、ウィラルに案内されて、2階へと続く階段を登っていった。


   ◇


「…………なんだこれは」


「ん? ああ、あれはウチから持ってきたものだよ。なかなかの品なんだ」


 アルデアは、壁に飾ってあった立派な槍のほうを見て、そう言った。


「いや、そうではなく。まずこの格好なのだが……。そしてこの部屋……」


 2階に通されたリードは、ウィラルに促されるまま、狭い部屋でまず服を脱ぐよう促され、彼女の前で下着1枚の状態になった。それがあまりに自然な態度で勧めてくるので、自分のほうが非常識なのかと不安な気持ちにさせられた。


 次に純白のバスローブを渡され、所在なくそれを羽織る。


 その後、さらに別室へと通された。


 ――それがこの部屋だ。


 寮の自室と同じくらいの広さで、エイベクリスタルを使った高級そうな間接照明が、壁や天井をぼんやりと照らしている。


 部屋の中央には、やや幅の狭いベッドが2台、隣り合って並べられていた。


 しっとりと香が焚かれてあり、甘く、濃密な香りが漂っている。そして暑い。窓は閉められ、温熱効果のある赤いクリスタルが四隅に置かれてあるせいで、立っているだけでじわりと汗ばむ暑さだ。


「それでは私はこれで」


 戸惑うリードの背後でウィラルが退室する。


 ……リードとアルデア、バスローブ姿の男2人を残して。


 これから何を始めようというのか。自分の身に何が起ころうとしているのか。この蠱惑的な雰囲気の部屋は、いったいどんな用途で使われるものなのか――


 服を脱ぐついでに、愛用の剣まで別室に置いてきてしまった油断を、リードは今さらながらに悔いた。


「ふふ、緊張しなくていいんだよ」


 ベッドに腰かけながらアルデアは言う。足を組むついでにすらりとした太ももが見えたが、まったく嬉しくない。


「さっきも話した通り、ここは息抜き、つまり羽目を外すための場所さ。以前は『ハメ部屋』って呼んでたんだけどね」


「…………」


「よくわからないんだけれど、ごく一部、その名前を聞くと眉をひそめるような人もいてね。だから仕方なく、『ヤリ部屋』に改名したんだ」


 壁の槍(すごく太くて長いやつ)をあごで示して、アルデアはそう言った。


「……たぶん、印象はたいして変わらんぞ。むしろ悪化しているような」


「そうかい? まあいいじゃないか。ともかく訓練の疲れを癒やすにはコレに限るよ」


『ヤリ部屋』に男2人……。


 不穏な気配を察してリードは、退路を求め始めていた。


 ドアから逃げるか、外の見えないよろい窓をこじ開けて飛び出すか……。いや、まずは剣を回収せねば。よし、ドアを蹴破って外に――と、リードが動こうとしたその瞬間、激しい勢いでそのドアが開かれた。


「アル君、リー君、おっ待たせー☆」


 水着姿のピーピが笑顔でやってきた。


 そう水着。

 やたら布地の少ない紐ビキニタイプ。


 白だ。純白だ。


 猫タイプの獣人【フェーリス】であるピーピの、すらりとした手足や、しなやかなウエスト、腰のあたりから伸びる細長いしっぽが露わになっていた。


「も~、ピーピちゃん、待ってってばぁ」


 ぱたぱたと追いかけて来たのは、イタチタイプの獣人【ジョーコ】のメイだ。幼さを残したちょっと丸っこい体型で、身につけているのは水色のワンピース型の水着。


 なぜ彼女たちが?

 水着?


 理解が追いつかない。まったくの想定外。唖然としていると、またもドアのほうから、


「ちょ、ちょっと、まだ心の準備が……!!」


 ブロンドヘアーをアップに結んだクリスタが、ネーニャに背中を押されて入ってきた。


 クリスタは女剣士だ。

 いつも凜々しい立ち姿をしているのだが、フリルの付いた水着を着せられた彼女は、顔をまっ赤にして体を小さくしていた。


「うふふ、大丈夫、似合ってますよ」


 妖艶に笑うネーニャは……ああ、もはやただのサキュバスだ。そうにしか見えない。


 黒いカットアウトの水着で、そのへんの悪魔より悪魔っぽい容姿をしている。


 4人は、アルデアとリードとは別行動でここを――ヤリ部屋のあるこの別荘を訪れ、準備をしていたらしい。だが、なぜ?


 リードの戸惑いなど気にも留めずアルデアは、


「よし、じゃあ始めようか」


 バスローブを脱ぎ去り、下着だけの姿になった。




 さて。

 この夜、このあとに起こった出来事は………………ここでは割愛する。





   ◇


 ……なんてことはなく、一応紹介する。


 先に断っておくと、彼女らが彼らに施したのは、ごくごく健全なマッサージであった。


 超健全。

 有害な情報など一切ない。


 この、薄ぼんやりした甘い香りのする部屋で行われたあれこれは――期待も、絶望も、そして通報もする必要がないくらいに健全だったのである。


 いやまじで。


 まず、すっかり固まってしまったリードは、あれよあれよという間に、ピーピとメイの手によってバスローブを脱がされ、ベッドにうつ伏せに寝かされた。


 隣ではアルデアが同じようにして寝そべる。


「な、なにを……」


 平然としている彼の顔に向かって、かろうじて言葉をしぼり出した。


「なにをしようというのだ?」


「だから癒やしだよ、癒やし。今日は僕らが癒やしてもらう番さ。僕らっていうか、君のためだよリード」


「お、俺の?」


「戦士の休息ってやつさ」


「じゃあマッサージ始めるよー☆」


 まだ混乱するリードの左右にはピーピとメイの獣人コンビ(ロリコンビとも言う)が、アルデアのほうにはクリスタとネーニャのアダルトコンビが担当についた。


「んー、でもその前に、やってみたいことがあったんだよねー」


 ピーピはリードの背中に顔を寄せ、頬ずりしてきた。


 すりすり、すりすりと。


「リー君の背中、ごつごつなのにすべすべ。しかもあったかい……にゃー、これは癖になるかも☆」


 ピーピが心地よさそうに喉を鳴らしていると、


「あ~、わたしも~」


 メイまで頬をこすりつけてきた。

 まさに天国のような地獄。


 リードは、剣と魔法を極めるまでは寄り道をしないと心に決めてある。


 山育ちの彼にしてみれば大都会であるリグスハイン――年頃の少女も大勢いるこの街に来たところで、恋人をつくるつもりもなかったし、そもそも女性と触れあうことなど考えもしないでいた。そういう気持ちは、己を磨くうえで障害となるからだ。


 ロキの呪いのせいで女性の服を切り裂いてしまったときも、なるべく視界に入れないように努力したし、見えたとしても、即刻その光景を忘れるように努めてきた。


(そうだ、これは試練だ。耐えろ、無になれ! リード・バンセリア!!)


 自分に言い聞かせるとリードは、眼と、口とを引き絞り、無の境地を目指した。


 ピーピとメイの甘えるような声。


 すべすべと、ぽにょぽにょとした少女のほっぺた。


 たまに腕や背中に当たる、なにかやわらかい弾力――。


 それらをすべて排除し、黙殺する。文字どおり、眼を固くつぶって。


 だがしかし。


(こ、これはっ……! 逆効果!)


《シルフィードの魔眼》を得たリードは、以来、《心眼》を磨いてきた。《ぼんやりファントムレーダー》との併用で、自動発動型の魔法を押さえ込んできた――故に、彼の《心眼》の習熟度は、達人も真っ青なレベルにまで達していたのである。


 眼を閉じてているにも関わらずリードは、ピーピやメイがどんな体つきをしているのか、今どのような体勢でいるのか、表情は、指の動きは、息づかいは、脚の開き具合は……


 そのすべてを知覚し、把握している――把握してしまっている。


《心眼》により鋭敏になった感覚には、眼を閉じるなどまったくの逆効果だったのである。


 やがて彼女たちは、リードの背や腕を指圧するマッサージに移行した。


 あどけない二人が一生懸命に指を動かし、リードのことを押し、撫で、固い筋肉をほぐしていく――それがまた心地いい。意外にもテクニシャンだ。


 左右の耳元で彼女たちは囁く。


「リー君、どうかな……?」


「リー兄、気持ちいいですかぁ?」


 えぐい。これはえぐい。

 えぐいくらいに甘ったるい声だ!


 そこでリードは妄想に逃げた。まったく興奮するはずもない光景を思い出せば、きっと自身の熱も収まるはずだ。そう考えた。


 思い出せ、思い出せ……。


 ギルのイヤらしい笑い顔、師匠のくるぶし、ドノバン・ゴリラの汚いよだれ――。


 駄目だ!

《心眼》の能力が勝る! 少女たちの吐息がくすぐったい! やわらかい! 駄目だ!


 こんなふうに彼が苦しんでいる場面に、ロキが立ち会わないわけがない。いつのまにか、他の誰にも見えないイタズラ用の姿で、うつ伏のリードの眼前でパタパタと飛んでいる。


「おーおー、楽しそうだなァ、リード」


「うるさい、黙れ……!」


「そんな大声出していいのかヨ……って、ああん?」


 リードの『独り言』に、なぜかピーピたちは反応しない。


「へぇ。最近、何にかやってると思ったら……それが新しいスキルかよ?」


「そうだ。《無音声(ウィスパーサウンド)》と名づけた。音に指向性を持たせて、貴様にだけ語りかけるスキルだ」


「まーた無駄なもんを」


 悪神ロキはクキキと笑うと、


「しかしオマエがそんなにマッサージが好きだとはな。それとも水着か? 水着なのか? よし、出血大サービスでオレ様も脱いでやろうか?」


「……頼む」


 ごく真面目な顔でリードは言った。


 ロキは怪訝なふうに首をかしげる。


「はあ?」


「お願いしよう、と言ったのだ。脱げ」


「な、なんだよ急に――どんな風の吹き回しだ?」


「貴様に脱いでもらうと助かる。……平常心に、戻れそうな気がする」


「テメェ、どういう意味だそれ!」


 ぎーぎーと騒いで噛みついてくるが、この小型なボディであればたいして痛くもない。


 おかげで気持ちも落ち着いてきたし――などと、余裕があったのもそこまでだった。


 さらに選手交代。

 今度は、クリスタとネーニャがリードの背中に触れた。


「はーいリードさん、力を抜いてくださいね……」


 言いながらネーニャは、柔らかな手のひらで、リードの腰、背中の筋肉、それから肩までをしっとりと撫でまわす。


「クリスタちゃん、脚とお尻はお願いしますね」


「そ、そんな! 殿方の臀部でんぶを……アルデア様以外の!」


 いやいやと首を振るクリスタ。


「あらそうですか? じゃあ仕方ありませんね」


 うっとり声でネーニャは言った。


「では私がリードさんの全身を、くまなく、隅々まで、余すところなく、一切合切、ねっとりじっくり揉んで、ほぐして、こすって、固くして、痺れさせて――『ああもう、ネーニャ様なしでは生きていけないよ僕ぅ……!』状態にして差しあげますね」


 怖い!


「た、頼むクリスタ……君に、して欲しい」


「えっ、ええっ!? そ、そんな破廉恥なっ」


 突然の指名にクリスタは頭のてっぺんから湯気を噴く。


「で、ですが、それがリード様のご命令とあらば……!」


 別に命令はしていないが、だがもうこの際、そう取ってもらっても構わなかった。


 やけに心地よい手つきでネーニャが上半身を、たどたどしい手つきのクリスタが下半身を担当する。


 リードは、孤軍奮闘する戦場の騎士のような気分で、満身創痍の心と体を奮い立たせた。


(負けてたまるか……! 敗走の誘惑に負けるな、俺!)


 みたいな。


 しかし彼が守るのは、祖国でも、愛するお姫さまでもなく、自身の貞操だというのがなんとも悲しかった。

年齢制限? ただのマッサージですよ?

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