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11 ハーレム(?)

 リグスハイン学院205期生、総勢82名――。


 定期ミーティングは週に1回。今日もこうして講堂に集められた彼らは、教壇に居並ぶ教官陣からいくつかの連絡事項を聞かされていた。


 そして最後に、スキンヘッドの指導教官が重々しく口を開いた。


「――諸君らに『依頼』が来た」


 彼は205(マルゴー)の教官を束ねる、教官陣のトップだ。


 やたら厳めしい面構えをしていて、がたいもデカい。「今それ必要?」というくらいの重厚な鎧を身につけていて、滅多に声を発さない寡黙な男。ついたあだ名が【地獄の門番】。


 ただ最近は、魔法剣士クラスの女性教官と街で歩いているところを見かけられたりと、ちょっぴり話題の人物でもある。


 そんな彼のひと言に、学院生たちが色めき立つ。


 講堂のなかごろに座っていたリードも、


(ついに来たか)


 と、ひそかに胸を躍らせていた。


 学院に寄せられる『依頼』は、より実践的な鍛錬の場とも言える。内容次第では、未知の相手との戦闘にもなるのだ。見事任務を果たせば学院生個人にも報酬が支払われるという仕組みになっている。


 入学して2ヶ月が過ぎたこの日、ようやく205期生にも依頼が回されて来たと、指導教官はそう言っているのだ。


「近頃、街に不審者が出没するという。しかも魔術師だ。夜の闇にまぎれて婦女子ばかりを付け狙い、その衣服を奪い去るという卑劣漢である。断じて許せん」


「…………」


 心なしか、皆の視線というか、気配が、こちらに向けられている気がする。


 気がするのだ。


「クキキッ。あーあリード、オマエとうとうやっちまったのカ?」


「とうとうとはなんだ。やってない。潔白だ」


 となりに座るアルデアや、彼の取り巻きの女子たちに気づかれないよう、ロキにだけ鋭い視線を向ける。


「貴様はいつも俺といるだろう? 俺の無実は貴様が一番よく知っているはずだ」


「んー、どうだかなァ? オレ様ってば忘れやすいからよ、オマエの犯行に記憶がないだけかもナァ」


「…………」


 もちろん犯罪に手を染めてなどいないが、もしリードが寝ているあいだにロキがその体を操り、街を徘徊しているという可能性もゼロではないのでは――などと考えてしまう。


 指導教官は続ける。


「無論、自警組織も防犯に努め、犯人を追っているが、これがなかなか手を焼いている――そこで、我らがリグスハイン学院に協力要請があったという次第だ。ついては、今回の任務には205期生から2名を派遣することとなった。まず1人目」


 指導教官の言葉を受けて剣士クラスの教官がうなずき、その名を呼んだ。


「カグヤ・ルークベルト!」


 おおっ、という声があがり、向こうのほうで彼女が立ちあがった。


 銀髪のうら若き剣姫が、皆の視線を集める。 


 これは順当といったところだろう。剣士クラスのなかでは頭一つ飛び抜けていて、合同演習でも常に結果を残している。そんな彼女が選ばれることに誰も異存はないようだった。


「ふふ、『女の敵の敵』となれば、やはり選ばれるのは僕だろうね」


 アルデアが耳打ちしてくる。


「光魔法は目立ちすぎるんじゃないか?」


 正面を向いたままリードがそう返したとき、教壇では魔法クラスの教官――例の女性教官が歩み出て、こほんと咳払いをし、そしてなぜか、ため息をついた。


 嫌な予感がした。


「……リード・バンセリア」


 やっぱり。


 しぶしぶと立ちあがったリードに、疑いやら蔑みやらの視線が突き刺さる。


「静粛に」


 ざわつく面々をたしなめるように、指導教官が重く、静かな声で言った。


「適材適所。もっとも相応しい人間として我々が選定した結果である。『蛇の道は蛇』ということだ」


 変態には変態を――。


 リードはそれで得心がいったような、いかないような……。


 何気なく、向こうのカグヤのほうを見ると一瞬だけ視線がぶつかったが、


「――――」


 ふいっと目を逸らされてしまった。



 ミーティングが終わり、憂鬱とした気分いると、ポンと肩に手が置かれた。


 アルデアだ。


「どうしたんだい? 暗いじゃないか親友。悩みでもあるのかい親友。相談に乗るよ親友」


 輝く笑みで、顔を寄せてくる。

 あの決闘以来彼は、やたらとリードに構ってくる。確かに腕を磨きあい、語らいあうことができる相手がいるのはいい。それはリードも楽しく思っている。


 が。


「僕は君が心配なんだよ親友!」


 まだ人も残っている講堂で立ちあがり、演技がかって彼は、


「リード! 君のその瞳が憂いに染まり、唇がきゅっと引き結ばれるだけで僕の心も締めつけられるのさ! 君のそのかたくなな心も、体も、僕が解きほぐしてあげたい……! 頭ポンポンしてあげようか? 夜景の見える塔のてっぺんで、愛について語りあおうか? ああそうだ! 君の部屋は殺風景だから今度花束を持っていくよ!」


「……花ならもらった」


「そうだったね! 僕らが契りを交わした1ヶ月記念に贈ったばかりだったね!」


「契りとか言うな。…………2週間と、それから1週間記念のときにもだ」


「ああっ、僕としたことが――って、覚えていてくれたのかい? 嬉しいなぁ!」


「…………」


 男子寮に馬車いっぱいの花束と、熱い親愛のメッセージが届くという悪夢はそうそう忘れられるものではない。管理人さんの蔑むような、それでいてちょっと愉しそうな視線ももはや恒例になっている。


 これまで女性とばかり付き合っていたせいか、それとも親友という響きに酔っているのか、ともかくアルデアからのアプローチがきつい。


 色んな意味できつい。


 そのうえ、彼が近づいてくるということは、彼のファンクラブ――もはや『ハーレム』と呼ぶほうが正しいかもしれない――もまた、リードに接近するということであった。


「リード様、アルデア様の愛を、独り占めしないでくださいまし……!」


 金髪縦ロールのクリスタが恨めしそうな目つきでにらんでくるので、リードは目を反らした。


 彼女は前の席から見あげるように振り向いてくるので、ざっくりと開いた胸元が大変なことになっている。


 彼女は言葉づかいの通り良家のお嬢様らしいのだが、大事なところのガードがゆるい。あまりにゆるすぎるのだ。


「えぇ~、じゃあリーにいは私が独り占めです~♪」


 舌っ足らずな口調のメイがリードの腕に絡みついてくる。彼女はイタチに似たタイプの獣人である。


「あーずるい! じゃあわたしはこっちー☆」


 反対の腕にはスレンダーで小柄なピーピが。猫の獣人である彼女の動きは気まぐれで、いつも先が読めない。


「あらあら皆さん。リードさんが困ってらっしゃいますよ。ねぇ?」


 そして、年下とは思えない母性と妖艶さを兼ね備えたネーニャは、背後からリードに抱きついてくるのである。


「貴女がた! それこそリード様が困ってらっしゃいますわ! お離れなさい!」


 ……これはこれで四面楚歌。


 リードとて木石ではない。女性に興味はあるが、しかし耐性がない。村で同世代の女子といえば幼なじみのシャルロくらいだったが、彼女とは兄妹のようにして育ったため、そういう目で見たことはない。


 おまけに学院に入ってからは周囲に敬遠されてばかりだったので、女子と近づく機会などほどんどなかったのだ(ロキはノーカウント。というかまだ女子なのかどうか疑っている)。


 ――それが、アルデアと友人になったとたんにこれである。


 ロキはもちろん『イタズラ』に励んだ。だが、それにもすっかり慣れてしまったたアルデアハーレムの彼女たちは、


「り、リード様! お慎みください!……そ、そんなに見たいのでしたら今度わたくしが、一人で!!」「わぁ、リー兄えっちだぁ~♪」「あはは! リー君、もっとやってもっとやってー☆」「うふふ、お元気ですこと」


 などと、むしろ楽しんでいるふうだった。


 しかもその光景を前に、ハーレムの主ことアルデアは、こんなふうに独り言でわめいたりした。 


「なぜリードは僕のことは脱がせてくれないのだろう……そうか! 唯一の親友は大事にしたいと、そういうことなのか!? 普段冷たいのもそういう……ああっ、このツンデレめ! リード・バンセリア、可愛いやつ!!」


 こんな調子なので、リードへの誤解というか悪評は、加速するばかり。


 まあ、賑やかなのはまだいいとして、しかしリードの《シルフィードの魔眼》はいまだ健在なので、気を抜くまいとして精神的な疲労はずんぶんと増しているのである。


 今日もそういう感じでやんややんや騒いでいたのだが、


「すみません」


 背後から、冷ややかな声が浴びせられた。座ったままのリードがそちらへ首だけで振り向くと、


「任務開始は明日の夜です。――それだけ伝えに参りました」


 カグヤ・ルークベルトは、凍るような眼でこちらを見おろしていた。


「あ、いや、これは……」


 少女たちに抱きつかれたまま、リードは口ごもる。


「……よ、よろしく頼む」


「ええ、わたしはまだ子どもですので、そちらの皆様のようなサービスはできませんが」


 くるりと振り向き、行ってしまう。


 リードが落ち込むのなどお構いなしにアルデアは、


「おや、顔色が悪いね親友。きっと疲れが溜まってるんだよ――そうだ、君の謹慎、『外出禁止』も解けたんだよね? じゃあ僕らが『いいところ』に連れて行ってあげるよ」


 と、そんな不吉なことを語りかけてきたのだった。

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