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10 決着

※今回はやや長目です。

 とうとう寮の人間にまで手を出し、あまつさえ食堂で女子の裸を晒したリードの謹慎期間は、しごく当然の流れとして延長された。


 だがアルデアの熱心な働きかけにより、食堂の件から5日後、2人の私闘のために屋外演習場のひとつを借り受けることができた。


 障害物のない円形の闘技場。

 正々堂々の決闘にふさわしい舞台だ。


 ギャラリーも揃っていた。アルデアファンクラブの女子十数人をはじめ、冷やかし半分の連中や、ギルバートたち数少ないリードの応援者も含めると、全部で3、40人といったところだろうか。


 そこへ、リードが遅れて入場してきた。


 相変わらずの目隠しと左腕。


 ギャラリー(主に女子)から容赦ないブーイングが飛ぶ。


 闘技場の中心まで歩み寄ると、アルデアが不遜なふうに言葉をかけてきた。


「よく逃げずにやって来たね、それだけは褒めてあげるよ」


「決闘だからな」


「でもまあ、その腕じゃあねぇ。リナリー、治してあげてよ」


 取り巻きの1人に声をかけると、


「う、うん。アルデアがそう言うなら……」


 魔術師の彼女は、おずおずと従った。

 リードの近くまでやってきて、


「うう、怖いよぅ。脱がされる、犯される……はらまされるよぉ……!」


 そんなに怯えなくてもいいのにと思うが、普段の所業が所業なだけに何も言えない。


 彼女が治癒魔法を唱えると、左腕の骨折はすっかり治ったようで、リードは包帯をむしり取った。


「で。その不格好な目隠しはどうするつもりなのかな?」


「無論――全力でやらせてもらおう」


 言って、リードは頭に巻いた布も取り払う。


 両眼を開いても魔眼は発動しない。

 なぜか?


 そう、リードはこの数日の間に、不完全ながら、視力に頼らず周囲を把握する《心眼》を習得し、さらに――謎のオリジナルスキル《ぼんやり見(ファントムレーダー)》をも開発したのだ!


 そもそも《心眼》とは空間認識能力を拡張したスキルで、音や、空気の流れなどから視界の外にある現象を把握し、戦闘を有利に進めることのできる、便利だが習得難易度の高い技能である。


 一方、《ぼんやり見》とは――。


 目を開いていても、こう……どこにも焦点を合わせることなく、なんとなく、全体をぼーっと見る、リード特有の能力である。


 つまり、《シルフィードの魔眼》を《ぼんやり見》で抑え、不十分な視覚を《心眼》でカバーする、という用法だ。


 これによってリードは魔眼を発動させずに目を開くことが可能になった。その習得速度は驚くべきものだったが、『目を開いたら社会的に死ぬ』という状況が、おおいにその習得を手助けしたのは語るまでもあるまい。


 また、幼い頃から野山を駆けまわっていた経験も役に立った。空間を立体的に把握するすべを、知らず知らずのうちに少年リードは身につけていたのだ。


 ともかく、リードの視界には女子が数十人ほど映っているが、そよ風ひとつ吹きはしない。


「つまんねーの。ほらほら、獲物がいっぱいだゾ?」


 ロキがそそのかしてくるが、そんなことに構っている余裕はない。


 リードは今、2つのスキルを同時に扱っているのだ。集中を切らすと、たちまち阿鼻叫喚の地獄が広がるのだから気が抜けない。


 すごく疲れる。


「ふーん、気合いは十分って顔だね」


 いや、だからすごく疲れているだけなのだけれど。


「じゃあメイにピーピ、その無粋なものをお預かりしてあげて」


 アルデアが言うと、


「あいあーい♪」


「うんっ、分かったよアルくん☆」


 取り巻き2人が、元気よく小走りに近寄ってきた。どちらも、食堂で魔眼の餌食になった少女で、獣の耳やしっぽの付いた『獣人』だ。


 彼女たちはリードの腰に手を伸ばし、剣を鞘ごとベルトから外す。


「ん? 何をしているんだ?」


「うに?」


「あははっ、決まってるじゃん、決闘の準備だよ☆」


 天真爛漫といった感じの2人は、リードの剣を持って舞台の外へと降りてしまった。


「……ちょっと待て、これはどういうつもりだアルデア?」


「? だから、決闘だろ。魔法の」


「…………魔法の?」


「左の手袋を投げつければ剣での決闘、右の手袋なら魔法の決闘。そんなの貴族の常識だろ」


「俺は貴族ではないのだが」


 山育ちだし。


 ハメられたのか? と思ったが、アルデアのほうは、リードがなぜ狼狽えているのか本当に理解できないといった表情で首をかしげているし、彼自身、帯刀していない。


 ……え、本当に魔法で決闘?


 今回は剣だけで戦って切り抜けるつもりでいた。アルデアの実力は本物だが、スキルと剣を併用すればなんとか戦いにはなるだろうと踏んでいたのだが。


 あらためてリードは周囲を見渡す。


 ギャラリーは階段状になった客席に座ったり、通路に立ったりしてリードたちの様子を見守っている。どちらかというと、女子のほうが多い。


 こんなところでは魔法を使えない。


「どうしたんだい? まさか今になって怖じ気づいたとか?」


 アルデアの女友達を脱がせてしまったのは事実だ。そんな彼が決闘を望むのならば、受けて立つのが筋というものだろう。


 しかも――


「君とはいつか決着をつけたいと思っていたんだ。同じ魔法剣士として、そして同期生として、どちらが上かハッキリさせないとね――君のその変態性は魔法剣士の風上にも置けない最低のものだけれど――でもね、僕は君の実力だけは買っているんだよ。……それだけに我慢ならない。その性根、この僕が直々に叩きなおしてあげるよ!」


 などと言われてしまっては、退くこともできない。


「僕のモットーはね、『強きをくじき、弱きを助く』だ! 気高い僕は、華麗にレディを守るのさ!」


 前髪をぱっと払うと、客席から笑いまじりの歓声が飛んでくる。


「…………」


 つくづく、自分は悪役なのだと思い知らされる。


「さあ、構えたまえリード・バンセリア!」


 ――仕方がない。

 魔法なしで剣も使わず、それでも最善を尽くすしかない。


 リードは覚悟を決めた。


   ◇


 観客は固唾を飲んで決闘を見守った。


 はじめは冷やかし半分だった連中――噂の変態剣士と、プチハーレムを築いている鼻持ちならない新入生の小競り合いを冷やかしてやろうとしていた先輩たち――も、今やその対決にすっかり引き込まれていた。


 新入生のレベルではない。


 アルデアの使う《遊撃流星群(ヒューギス)》は近距離から遠距離まで隙がない。それを十全に扱えるようになるには相当の努力と才能が必要とされるが、彼は――アルデア・オットーは、そのいずれも兼ねそなえていた。


「アルくん、やっちゃえー☆」


「ああっ、わたくしのアル様! ぞくぞく来ますわ!!」


「格好いいです~♪」


 水晶玉が舞い、その中心でアルデアがもっと可憐に舞う。彼女たちが惚れ込むのも、なるほどといった具合だ。


 そして他方、先ほどからなぜか魔法を使おうとしない対戦相手――変態剣士リード・バンセリアも負けていなかった。


 その身体能力はやはりずば抜けている。高速で迫る光線や水晶玉の突進を、すべて最小限の動きで紙一重にかわしていく。死角からの攻撃もだ。彼は数日前から《心眼》のスキルを身につけると嘯いていたらしいが……まさか、本当に習得していようとは。


 魔法を使用しないため、接近しての徒手空拳しか攻撃パターンを見せていないが、それでもアルデアに冷や汗を掻かせる場面が多々あった。


 繰りだす拳、蹴り、どれもが必殺になり得る威力だ。


 現に今――


 リードの手刀によって、水晶玉の1つが砕かれた。魔法でつくられた超硬度の球体。それを素手で叩き割ったのだ。


 その戦闘力、もはやモンスター級。


 ギャラリーのうち、特に女子たちは震えあがる。


(あんなのに襲われたら……し、死んじゃう!)


 力尽くで迫られれば抵抗もできないだろう。魔法で服を脱がされ、あの体術で蹂躙され、そして心眼で、恥ずかしいところの奥の奥まで――


「ひっ、いやああああ!」


「化け物ぉ!」


 悲鳴や誹謗中傷が飛び交うなか、リードは時折、「うるさいっ!」などと叫んで女子たちを震えあがらせていたが、しかしそれは客席を気にしてというより、もっと近くの、たとえば自分の肩のあたりに向けて怒鳴っているようにも見えたのだが……。


   ◇


 戦局は膠着していた。


 アルデアも肩で息をしている。


 体術で圧倒するリードだが、やはり決め手に欠き、《遊撃流星群》の攻撃を何度かその身に受けていた。


 アルデアのほうも、縦横無尽に動き回るリードに翻弄されて、さすがに体力と魔力が尽きかけているようだった。


 リードが汗ばむ手で剣を握りなおしたとき、


「これでおしまいにしよう!」


 アルデアが宙に舞った。


《遊撃流星群》を足場にして、アルデアが上空からリードに光魔法を放つ――その直前。


「このときを待っていた――」


 リードも空を舞う。高い跳躍。


「っ!? なにを血迷った! 空に君の逃げ場はない!」


 アルデアの言うとおりリードはいい的だ。


 水晶玉の光線が、無防備なリードへと殺到する。


 が。

 リードは何もない空間を『蹴って』移動した。一度ではない。二度、三度と方向を変えながら、アルデアに向かって跳躍する。


 これは魔法ではない。これは――


「空気には重さがある!」


 リードは叫ぶ。


「物に重さがあるように、空気にも重さと密度が存在する! 靴の底で強く蹴ってやれば――圧縮された空気は反発して、俺の体を押し返す!」


 だんっ、だんっ! と、空気の壁を三角跳びの要領で蹴り、八艘跳びに空を舞い、次々と《遊撃流星群》の水晶玉を、拳や蹴りで砕いていく。


「故に! 魔法など使わなくとも、空くらいは飛べる!!」


『いやいやいや……!!!!』


 ギャラリーからの総ツッコミ。リードは自身の間離れっぷりをまったく自覚していなかった。山育ちだから仕方がない。


「そんな……馬鹿な!? 君はなんなんだ!? 変態かっ、やっぱり変態なんだな!?」


 狼狽えるアルデアに向けて、リードは空を駆ける。《遊撃流星群》の攻撃をかいくぐり、肉迫する。


 リードの回し蹴りがかすめてアルデアは、水晶から足を踏み外す。リードのかかとはその水晶玉を砕き、背中から落下していくアルデアへさらに追撃。


「これで終わりだ!」


 だがリードは見た。


 アルデアのローブの裏で光る何かを。


「――っ、隠し球か!」


 アルデアの隠し持っていた水晶玉。先日の合同演習でも、普段の演習でも、彼が見せていた光球は5つまで。それが限界だと誰もが思っていた――だが違う。少なくとも今は違う。第6の水晶玉の存在をアルデアは伏せていたのだ。 


 リードはその光弾を間一髪でかわすが、ぐらりと体勢が崩れる。


「詰めが甘いよ、リード・バンセリア!」


 水晶玉の照準がリードに合わされ、ひときわ強力な光弾が上方へ向けて放たれる。かろうじて体勢を立て直したリードは、手刀をつくり、


「切り札なら、こちらにもある!」


 上体をひねり、自身が素手で扱える、最高の技を繰りだした。


「散れ――《断空・五指烈罪ごしれつざい》!」


 剣のスキル《斬空・万迅風牙ばんじんふうが》を応用した、既による真空刃の一撃だ。


 それは光弾を弾き、なおもアルデアに向け飛翔する。最後の水晶を砕いたところで勢いを失い――霧散した。


「くっ、そんなものまで……!」


 最後の武器を砕かれたアルデアは、まろびながらも、なんとか受け身を取って着地。


 顔をあげたすぐそこに――


「勝負あったな」


 リードは手刀を突きつけた。

 

   ◇


「異議あり異議あり異議あ~~り!」


 勝敗が決したそのあと、アルデアファンクラブの1人、ピーピと呼ばれていた少女が駆けてきた。ネコ耳のある獣人の少女だ。


「今のって魔法の決闘でしょ? リード君のほうは魔法使ってなくない? なんかそれっておかしい気がする!」


 ぷくーっとむくれるピーピの肩に、背後からアルデアの手が乗せられた。


「……いいんだ、僕の敗北だよ」


「でもアル君!」


「僕のためにありがとうピーピ。でもね、僕は彼に魔法を使わせることすらできなかったんだ……ここで敗北を認めなければ、もっとみじめになってしまう」


「うう、アル君……」


 しょんぼりと肩を落とす少女と、晴れやかとまでは言わないが、どこかすっきりとしたような表情を浮かべるアルデア・オットー。


「自分の未熟さを思い知らされたよ。……もし、君の得意な剣術もありなら、こんなものでは済まなかったんだろうね」


「いや……」


 リードはためらった。自分が何を言ったところで、彼にとってはなんの慰めにもならないだろう。


『お前も強かった、危ないところだった』……本心からの言葉ではあっても、それでも敗者は惨めになるだけだ。


 ならば。

 こう言うしかあるまい。


「挑戦ならいつでも受けるぞ、アルデア・オットー」


 リードは右手を差し出す。


「……ふん。まったく、変態剣士のくせに」


 言いつつも、アルデアは握手に応じようと動いたが、さすがに限界だったのだろう。激戦の疲れからふらつき、前のめりに転倒しそうになる。


 リードは慌てて彼を受け止める。


 ちょうど、肩を抱くような格好になってしまった。


「――――っ!?」


 なぜかアルデアは赤面し、あたふたと身を離す。


「……どうした?」


「い、いや、僕はずっと女性に囲まれて育って……その、男性との付き合いというのは」


 そばに立っていたピーピは、そんな二人の顔を見くらべていたが、ぽんと手を叩き、


「アル君、男友達が欲しかったんだね☆」


 無邪気な顔で笑った。


「よしじゃあ握手だ!……ううん、ハグ! 男の友情を育む熱いハグにしよう! それがいいよ☆」


「ま、待ってよピーピ、それはまだ早いっていうか!」


「いい機会だよアル君! 男の子には男の子の付き合いってあるよ。必要だよ。わたしは常々思ってたんだよ。アル君とリード君、合いそうな気がするしね!」


「そんな、でも……」


「夕日の下で殴りあって、抱きしめあう。うんうん。熱いよね、いいよね☆」


「そ、そうかな?」

 

 目の前でアルデアがもじもじしている。


「顔を赤らめるな……。なんだかすごく嫌なんだが」


「リード・バンセリア……君が良ければだが、ぼ、僕と友達になってくれないか!」


 赤面し、緊張した顔で、アルデアはがばっと両手を広げる。


「いやだから――」


 圧倒されて一歩さがるが、横からピーピが、


「ハーグ、ハーグ、ハーグ!」


 と、はやし立ててくる。


 ほかの取り巻きたちも向こうで顔を合わせ、


「男の友情に照れるアルデア様……これもアリかしら?」


「うーん……アリ、かなぁ?」


「したたる汗、拳と拳、憎しみ転じて愛になる――いいんじゃない!? うん、すごくいいよ!」


「ま、まあわたくしは、そういう嗜好はありませんけども……は、反対はしませんわ」


 とか好き勝手に言っている。


 やがて、


『ハーグ! ハーグ!!』


 とコールに加わった。


 なんだこれは……どうしてこうなった? リードは戦慄する。なんだかもう、あとには引けない感じなのである。


 アルデアはぷるぷる震えてハグを待ってるし、関係ないギャラリーまで声援を送ってくる始末。


(ギル、ミーファ、助けてくれ!)


 唯一の味方のほうを見やるが、


「やれやれー! もうキスくらいやっちまえ、こういうときは勢いだぞリード!!」


「もうギルったら!……でもちょっと、見てみたいかもだけど……」


 駄目だ。


 孤立無援。四面楚歌。


「クキキっ、いいじゃねえかハグくらい。減るもんじゃねぇダロ?」


 ……そうだ、こいつもいた。うるさい神族め。


「ああもう分かった!」


 リードはやけくそに叫び、両手を大きく広げた。


「来い、アルデア・オットー!」


 勇ましく、そして雄々しくそう言った。


「――っ!! リード・バンセリア!」


 アルデアはがばっと抱きついてきて、


「なんだろう、なんだろうねこの感覚っ! ああっ、至福!」


 リードの腕の中で、赤髪の魔法剣士は歓喜に震える。


(いや……本当になんなんだ、これは)


 拍手喝采が飛び交う中、アルデアを抱きしめてリードは、深くため息をついた。


 変態剣士リード・バンセリアに『男も堕とす』という評価が加わった1日だった。



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