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ワールド・アパート(3)

今、真夜中なんだろう。横に置いてある時計の方を向けば時間はすぐに分かるけど、そうしなくても、感覚でそれが解る。不思議と眠くない。敏感になっていた頭の感覚が、五感のいろんな場所に分散されて、周りがクリアになっていく。

静かな、本当にここが東京にいるのか思えるほど静かな夜だ・・・

テレビや音楽をつけなかったらこんなにも音がないのか。

店長に会いに行った時、あの山道も静かだと思ったけど、それとはまた違った感じだ。

あの時は、静かの中にも音があった。水のせせらぎやそよ風が木々を揺らす音、鳥の鳴き声・・・それに比べたらこの街の静けさは・・・無機質な静けさ、って言えばいいのかな。だけどここには、たくさんの人・・・何万何十万何百万の人間が確かに住んでいて、そこにはそれぞれの人間の生活があって、思考があって・・・その思考がカタマリになってひとつの存在になり、静かに答えを待ちわびている・・・そんな静けさだ。

錯覚なんだろうか?いや、そう錯覚してしまうほど、今から出る答えは、デカい。人類全部を巻き込めるほどのデカさじゃないんだろうか。

だけど、いいのか?

俺なんかで、いいのか?

俺は、学も職もない引きニートだぜ?

そんな俺が、答えなんか出してしまっていいのか?

『空想の世界ですよ。この世界なら空を飛ぼうが女の子にありえないくらいモテようが自由自在です。それこそ世界を滅ぼすことだってできるんですよ』

篠田・・・そうだよな。

結局は俺の頭の中の話だ。世界をひっくり返そうが滅ぼそうが自由自在なんだ。だから、怖がらないでとことん突き詰めていけばいい。たとえ錯覚でも、俺一人だけの問題なんだ。誰にも悪びれる必要なんてないだろう。

だけど、ここからが本当に高い壁だ。多分、歴史上たくさんの人が乗り越えようとしてできなかった壁に今手をかけている。天井のシミが、壁越えの道を示してる。

・・・って、この歳にもなって、まるで中二病みたいだな。思わず吹き出しそうになるけど、こういうのも、決して悪くない。


ここで一度、ここまでの考えをまとめてみようか。

まず、人は自然の恐ろしさを克服するために文明を発達させた。

そして発展した社会は、大きくなるにつれてどんどん複雑に、ややこしくなった。

複雑な社会は、様々な情報をもたらせてくれる。

だがその情報はいいことばかり教えてくれる訳じゃない。比較による迷い、不条理や不満、自分自身の不甲斐ない現実・・・。

そして生まれるしがらみ、負の感情・・・それは、自分を苦しめ、人によっては他人を傷つける形となって表れ、時には人を殺すことになる。

順番に並べるとこんなものか。

さあ、問題はここからだ。ならば・・・人は、俺は何をすればいい?どう考えればその向こうに光があるんだ?

『親も、先生も、マスゴミも、エライ人も、誰も、どうすれば正しいのかを教えてなんかくれやしません。ホントに・・・クソばっかりです。』

篠田は泣きそうに言ってた・・・。

だとしたら本当の正しさってやつを示してやればいいんだろうか?

誰もが納得できる絶対不変の正しさ・・・「正しさ」?

『正しき仏の教えです。』

不意にテラダとイノウエの気色悪いニコヤカ顔が浮かぶ。

今思い出しても怖気のする連中だけど、あいつらは自分らの信じてる正しさを信じて疑わないって感じだったな。

教祖の名前、何て言ってたっけ?・・・べつにいいか、思い出さなくても。

とにかくそのナントカ先生が掲げる正しき教えってヤツを絶対と信じて俺をあっち側に引き入れようとしてたんだよな。あの時は長岡への怒りで途中から飛び出したけど、もしあの場に長岡がいなかったらどうなってたんだろうな?

・・・そうだ、あの時長岡は、辛そうにうつむいて目を逸らしていた。他の二人のように、信じて疑わない顔では、決してなかった。

 ・・・そう思うと長岡は、本当はナントカ先生の教えなんて、信じてなかったんじゃないんだろうか。少なくとも自分のやってることに後ろめたさがある感じだった。

 もしかして、俺を呼び出したのも何か事情があったんじゃないか?

 だとしたら・・・俺は、ホントに悪いことしたな・・・もう一度会って、話してみたい。今更だけど、確かめてみたい・・・いるかどうかもわからない「仏の教え」なんてのにどうやって惑わされたのか・・・

『いやーあなたは本当にいい人だ。こういった方にはなかなか巡り合えませんよ。』

うーん・・・第一印象から胡散臭かったけど、俺を肯定してくれる言葉に一瞬心がぐらついたのは確かだ。それが勧誘の常套手段だったとしたら、長岡もそうやって入信したんだろうか?いや、テラダやイノウエも同じなのかもしれない。

だとしたらそれは・・・・

自分を肯定してくれる存在に、心を寄せ、縋りつき、拠り所とする、ということなんじゃないか・・・。

そうだ、誰にとっても持ち上げて、褒めたたえて、肯定してくれることは嬉しい事だ。そう、たとえ根拠なんかなくても、どんな形であっても・・・

『私、お兄ちゃんのことが好きでよかったと思ってるよ。今、世界中で一番幸せ。』

頭の中がピンクに満たされる・・・・

こ、これはまぁ、アレというか・・・エロゲーなんだけどね・・・

でも、たとえそれが作り物が言った言葉でも、自分への肯定に無上の喜びを感じる、感じてしまう。自分に救いがなければ尚更な。だからこそああいうものにハマる人間は少なからずいるわけだ。

ありのまま自分に肯定を与えてくれるナニモノか・・・それを正しさと認識するということなのか。

ナントカ先生があたえる、「正しさ」がテラダやイノウエを肯定してくれるからこそ、傍から見ておかしいと思えることだってできてしまうんだろう。高いお布施だって払えるし、命令されれば人だって傷つけられるんじゃないだろうか。そう、あいつみたいに・・・

『マニュアルを守りなさい!』

須永にとっての「正しさ」ってのは多分「店のマニュアル」なんだろうな。

この根拠があるから、パートやアルバイトを傷つける言行をしても後ろめたさがないんだろうし。優越感すら感じてるのかもしれない。でなきゃあ、あんな事はできない。少ななくとも俺はできはしない。良心が痛むのもあるが、それ以上に同じことをやり返されるのが恐いからだ。

そう考えると、「正しさ」ってやつは自己肯定の根拠だけじゃなく自己防衛のためにもあるということか。守ってもらえるという保証がある、と思い込んでるからこそ、より大胆に他人を攻撃できるという訳だな。

それこそ戦争でもおっぱじめようってくらい事が大きくなるのなら、「正しさ」はより強力で強固で揺るがないシロモノになる、それは当然な流れだ。

・・・そうか、一つ解った

歴史で習った、国家の思想だの主義だのってのはそうやって出来上がったんだな。

ナチスのユダヤ人虐殺とか、天皇陛下バンサーイとか言って無意味な特攻をするのとか、学校の授業で習ったときには、そういう奴等を単純に「悪いヤツ」と決めつけていたけど、あの行為の根源には、拠り所になる強固で絶対的な「正しさ」があったんだな。

なにか・・・人の行動原理ってやつが、少しづつだけど理解できるようになってくる・・・。

もちろんそれは、肯定とか共感じゃないが、何というか・・・「そういうことか」と納得できるんだ。

ただ納得してばかりでもいられない。

世の中には、資本主義があって少し昔には共産主義との冷戦があって、色んな民族や宗教があって・・・あんまり勉強しなかったから、そういうのはうろ覚えでしかないけど、いまだに世界のあちこちでいざこざがあって、戦争や紛争があって、罵り合い殺し合いを繰り返している。

俺でも、そんなことぐらい知ってる。

 でもって、争ってる連中はお互いに、自分の信じる絶対的な「正しさ」を根拠にしてる。

 でも待てよ?

 もしもだ、その「正しさ」が実は間違ってたとしたら、それが無意味なものだったとしたら・・・それってすごくバカらしいことじゃないか?

 ・・・・・・・

 ピシっ・・・なにかが、割れはじめた・・・

 ・・・・・・・・・・

そうだ・・・

 根拠なく人を傷つけたり殺したりするのは、ただの悪だ。そうじゃなきゃサイコパスかなんかだろう。

 まともな考えじゃ、できはしない。

 でも、その「まともな考え」の人間が、幾つもの「正しさ」を主張してぶつかり合っているこの現実を、いったいどうすればどうにかなる?根本的な解決策ってありうるのか?

 あんたらの信じてる「正しさ」は、実はみんな嘘っぱちだと証明すればいいのか?

そして代わりに、全人類を包み込むことができる唯一不変の絶対的な「正しさ」ってやつを示せばいいのか?

 だとしたら、そんなものを、どこから求めればいい?

 いるかいないかもわからない「神様仏様」か?

 アホな二世政治家が支配してる国家か?

 いいやつもいれば悪いやつもいる玉石混合の民族か?

 資本主義だの共産主義だの、いがみ合いの方便になってる思想か?

 ・・・・・・・・・・・・・・

いや、どれも違う!

 そんなのは全部「正しさ」という建前に利用されてるだけの、ただの道具だ。

考えろ、考えろ、考えろ!これが、最後だ!!

形式ぶってややこしく表現する必要なんてない!

もっと根源的に、本質的に、シンプルでいい!

「正しさ」とは一体何か?

・・・わかんねぇ・・・駄目だ、手詰まりか?

いや、解らなきゃ、逆の視点から捉えてみろ

「正しさ」の反対はなんだ?「間違い」「過ち」、そして「悪」・・・

「悪」本質はなんだ?

無意味に、無慈悲に、理不尽に傷つけられ、殺される・・・

そう、死だ

ならその逆は・・・生きること

それは、生きる希望・・・どこかで見た・・・体で感じた・・・あの時・・・あの橋・・・山で遭難したとき、本当に死の恐怖に直面したときに見つけた、あの小さな丸太の橋。

誰かが作ったあの橋が、俺の命を救ってくれた・・・命を繋いでくれた。

そして、橋には道が繋がっていて・・・その先には山小屋があって・・・さらにその向こうには街があって、空港があって、飛行機に乗った先に・・・東京が・・・

・・・

ピシ、ピシっと割れた隙間から・・・光が・・・

・・・・・・

そうだ・・・「正しさ」の本質は、つまり生きること。より善く、より便利に、より快適に、より心地よく、より晴れやかに。

そのために世の中は発展しつづけた。今だって進化し続けてる。あの橋だっていつかは朽ちてしまうだろう。だけど代わりにもっと丈夫な鉄の橋ができるかもしれないんだ。

そう、社会は、世の中は常に変化し続けるものだろ、生きるという「正しさ」に合わせて。

それならそこに住む人間はどうだ?

俺はどうだ?

『武田くん・・・やっぱり大人になってるんだね。』

長岡・・・そうだ、人も、俺も、成長し、変化し続ける。より善く生きるために

ならば・・・それならば・・・


唯一で・・・


絶対不変の・・・


正しさなんて・・・


どこにも・・・ 

・・・・・・・・・・・・・

無い・・・な。

・・・

んでもって、無いものに頼ったって・・・しょうがないだろ。

・・・

・・・・・・・あ

・・・・・・・・・・・・・・あ・・・ああ・・・

全てが・・・繋がった・・・今、光が・・・

夜が・・・明けた。


そうだ!そうだよ!!すべてが解った!!!

世の中が常に変わっていくのなら「正しさ」もまた変わっていく!

だから、無いんだ!元からないんだよ!!世界中の人間があると思い込んでいる唯一絶対不変の「正しさ」なんてものは!

無いなら無いで、それを当たり前にすればいい!

人がより善く生きるために自分がどうあるべきかを考え、変わっていけばいいんだ!

それだけだ・・・ただそれだけのことなんだよ!

うおぉぉぉぉぉぉ!!!

今まで頭の中でモヤモヤしてたものが全てスッキリと吹き飛んだ!

今すぐ飛び上がって駆け出したい気分だ!!

部屋中に光が満ちていく

すごい・・・世界ってのは、こんなにも美しくてキラキラしてたのか

体中が歓喜が震え上がる、内側から溢れだす興奮が止められない!

でも、こうしちゃいられない

そうだ、今すぐ知りたい、確かめたいんだ!

俺が辿り着いたこの答えは、引きニートのただの妄言なのか?

それとも世界中を巻き込める新たなる人の道標になりえるのか?

世の中のみんなが何を考え、どう行動してるのか?

どうやって知ればいい?

部屋中をせわしなくキョロキョロと見渡す

ああ、あれがあった!

棚の奥からパソコンを引きずり出す

すっかり埃をかぶってるけど、まだネット回線は解約してないから使えるはずだ

パソコンの画面に光が灯る

ワクワクで自然と笑みがこぼれてくる

そう、俺にとって、もう知ることは怖い事じゃない


この狭い六畳間から


俺は今、この無限の世界へと、繋がった。


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