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ワールド・アパート(1)

俺は寝そべって天井をじっと見つめてる。そこには相変わらずシミがへばり付いてる。

そう、俺は未だに東京のアパートにいるのだ。

店長からの誘いに

「考えてみます。」

とだけ返事して東京に返ってきた、それが三日前だ。

で、こうして今天井を見つめてる。ただ、今までと違うのは万年床の布団に寝っ転がってるんじゃ無く、カーペットの上で横になってるということかな。

帰ってきて一番に部屋の掃除を始めた。やらなくちゃいけないっていうような強い想いじゃ無く、何となく体が動いて、片付け始めていた。ただ、今まで何カ月も掃除してこなかったツケはかなり大きかったみたいでかなりの大仕事になった。特に台所なんかはすさまじかったな、皿は黒や黄色に変色して元の色がわからない、吐き気をもよおす様な異臭、無数にたかる小蠅に三角コーナーには正体不明の物体がうごめいてる。 あれは・・・まさに魔界そのものだったな。

そんなこんなでようやく部屋の掃除が一区切りついたところだ。まだ完璧とはいえないけど、少し前のゴミ屋敷状態から比べれば、ずっと人間らしい生活ができるまでにはなったと思う。で、今は寝転がって一休みしている。布団は、外に干してるところだ。今日は暖かいので一日干しっぱなしにするつもりだ。

それにしても・・・どれだけ念じても動かなかった俺の体が、こうしてたどたどしくも動くようになった事に、我ながら驚いてる。もちろん身体的にはまだまだ絶不調だ。昼間でもすさまじく眠いし、片付けの作業もなんだかんだで休み休みやっていた。それでも、何もできなかった日々から比べたら大きな前進だろう。

店長に会ったおかげだろう。・・・確かにそうだ。だけど、それなら何故店長の誘いに対して即座にイエスと言わなかったのか。いや今からでもいい、電話して「東京からそちらに引っ越します」と言ってしまえばいい。

何故そうしない?

そうしてもいいだろう?

その方が救いがあるんじゃないのか?

確かにそうだ。そうしてもいい。そう考えてる一方で俺の頭の中で引っかかってるものがある。いや、引っかかってるというのは少し違うのかもしれない。

なんだろう、この感覚は

『これが僕の辿り着いた答えさ。』

あの言葉をふと思い出す。

ああ、そうだ

もう少しで見つけられるかもしれないんだ。ずっと巡り廻っていた頭の中の答えが。

答えなんか、見つからないと思っていた

ずっと堂々めぐりするものだと思っていた

その思考の流れが、落とし所に向かって一気に流れ出したんだな。

まるで、ハマったけど手詰まりして途中で投げ出したパズルゲームをもう一度やり始めるような、そんな懐かしさとドキドキ感。

そのきっかけを、店長が与えてくれた。だけど、だから、その答えが見つかるまで返事は置いておこう。

でも、見つかるのか?

いいや、見つからなかったら、たどり着けなかったら、それはそれで一つの答えなんだろう。そうやって俺の中の結末にたどり着くまで、天井を眺めている。

・・・・・・・?

あのシミ、少し大きくなったか?


『多くの人がしがらみにとらわれて苦しんでるんだよ』

店長の言葉が浮かんでくる。

下山中に他の人から聞いた話だが、店長はかなりのエリートらしい。出身大学の名前を聞いて驚いた。高校しか出てない俺みたいな馬の骨とは何だか人間の次元が違うような気が、一瞬した。

一瞬だけそんな気がして、すぐに思い直す。

皆がすごいと思うようなエリートコースを歩んだからといってそれが幸せにつながってると、はたして言えるのか。子供の頃、親父やお袋から口を酸っぱくして勉強しなさい、それでいい大学に入って、いい会社に入りなさい、と。その頃は右から左に聞き流すだけで勉強なんてこれっぽっちもしなかった。それからある程度年をとって、その言葉が身にしみて解るようになり、後悔する事もあった。だが、今この瞬間、俺の中ではどうだろう?

確かに勉強して、努力して、出世して、大きな家に住んで、結婚して、子供産んで・・・そんな生き方は周りからは称えられるだろう。うらやましいと思われるんだろう。

だけど、当の本人はどうなんだ?

俺達や周りの人たちから見てエリートとか一流とか呼ばれる、「そういう人」たちってのは、自分は本当に 幸せだと胸を張って言えてるのか?

『確かにこの世界は勧められんな。』

小川・・・確かそんなこと言ってたよな・・・

たとえ自分のやりたいように生きているように見えても、小川にも小川なりの、しがらみってやつがあるんだろうか。

「そういう人」が自殺したり精神病になったりするようなニュースはしょっちゅう耳にする。テレビのワイドショーや週刊誌なんてその手のネタでできあがってるようなもんじゃないか。いや芸能界の世界だけじゃない、例えば一流企業や高級官僚みたいな人たちの中にだって途中で挫折し、辞めていくような人間が少なからずいるはずだ。

 それは「そういう人たち」の生き方が絶対に幸せってわけじゃないからだろう?

 皆があこがれる生き方が、一流って言われる生き方、人生の幸せを保証してるわけじゃないってことじゃないのか?

 そうだ

 きっとそうだ。

じゃあ幸せな人生って何だ?

満足できる生き方って具体的にどんなのだよ?

・・・・

六畳一間の幸せ、なんて言葉も聞いた事があるな。

貧しくったって慎ましい生き方にだって幸せを感じてる人がいる。そういえばテレビので鉄道模型が趣味の人を特集してたな。あの人は六十近くになっても独身で、それでも自分の好きなものに囲まれて幸せだっていっていたな。そういう幸せの形だってある。

だとしたら・・・答えなんて考えるまでもないよな

それなら・・・なんでだろう?

また新しい疑問出てくる

それなら、なんで親は、学校は、世間は、これが幸せのカタチを押しつけて来るんだ?

俺の頭でもちょっと考えればわかるような事をしないで、自分自身が本当に型にはまった人生のスタイルを作ろうとしないで、全部他の人が与えるカタチにたよろうとするんだ?

『今までやりたい事も辛い事もガマンしてひたすら勉強して、必死に勤めて、会社のため、家族のために頑張ってきた。周りは、それでいいとか、立派な生き方だと言ってくれた。だけどそんな生活の中に満たされないモヤモヤを抱え続けていたのも事実だったんだ。』

満たされないモヤモヤか・・・・もしかして、みんな確信が無いんだろうか?

いくら勉強したところでそういう事って理解できることじゃないんだろうか?

少なくとも、どんなにいい学校に行ったところで、その答えは教えてはもらえないんだろう。

じゃあ、そもそも何のために勉強なんてするんだ?

ん?・・・勉強するってどういうことだ?

 勉強・・・学ぶこと・・・国語、数学、社会、道徳・・・知識を得ること・・・

それで、どういういいことがあるんだ?

いい大学に行けていい就職先にいける・・・ってのはたぶん学ぶことの本質じゃないような気がする。そう、それは結局たくさん勉強した結果じゃないのか?

・・・そうだよな。

より多く、より深く学ぶために、いい大学に行き、その学んだ事を生かすために仕事をする。役者になるためにはそのための勉強がいるし、そんなのは普通の高校や大学にいっても教えてはもらえない。確かに一流大学出身の役者やタレントだっていっぱいいるが、だからといって学歴なんてものが絶対に必要なわけじゃない。

・・・そんなの・・・当たり前のことじゃないか。

だけどその当たり前の事を、親は、先生は、世間は逆に捉えてる。

本質とは逆の形で俺たちに訴えて、押し付けてくる。

勉強をした結果としての大学や仕事、でなく、いい大学に入るため、大企業や国家公務員なんかに就職するために学びなさい、勉強しなさい、と。

俺も、今までそう思っていた・・・・だけどよく考えてみたら、実は本質は逆にあったりするんだよな。

うん・・・?

実は、逆だった、という捉えかた・・・

・・・ドクン

『逆に考えてみ、お前がしがらみを乗り越えるチャンスかもしれん。いろいろすっきりするかもしれんしや』

・・・・・天井のシミが、揺れる・・・

・・・物事を逆に辿ることで、本質が探せるってことなのか・・・?

・・・辿る・・知ること…学ぶこと

学べば、知恵や知識を付けられる、それは確かだ・・・それは生きていく上での力になる、っていう言い分 も確かに解る。

だけど同時に・・・

一つの映像を思い出す。

あれはいつだったか?そう、新宿の本屋に、資格の本を買いに行った時だ。

あの時俺は、目の前に並ぶ大量の本の前に立ちすくんだ。

手に取って開けば開くほど、どれを選べばいいのかわからなくなったんだよな。

知恵・・・知識・・・情報・・・知れば知るほど・・・選択肢が増えて・・・

逆に・・・

知ることが、人を迷わせるのか・・・

・・・

いやいや、どうなんだ?まだ決めつけるのは早いだろ・・・よく考えてみろ。

知識ってのは、情報ってのは本来、迷わないために身に着けるものじゃないのか?

自分自身の力を高めるためだろう、この広い世の中で生き抜くために・・・

うん?

広い・・・世の中・・・?世の中は・・・広い・・・広くて・・・複雑で・・・たくさんで・・・たくさんあった・・・そうだ・・・あの時見た、遥か向こうまで場を埋め尽くす本の壁・・・あれだけでも読みつくせる人間なんて・・・

そうか・・・そういうことか・・・

どんなに知ろうと思っても、人独りで知ることができる知識や情報の量なんてのは限界がある。

人生の限られた時間の中では世の中の全てを知ることなんてとてもじゃないが不可能だ。

仕事や、生き方や、趣味だって同じことがいえるんじゃないか?

これだけ多くの職種や楽しみ方があって、だけどそれを全部選べるわけじゃない、時間や、学歴や、資格や、お金やらの制限があって、どうやったって限られた選択しか許されない。

それが、本当に納得できる、後悔しない選択ならいいんだろう・・・だけど、そんな完璧な人生なんて送れるのか?

『みゆきぃ・・すまん・・・子供は無理なんや・・・堪忍してな・・・』

できやしないんだろう。多分たくさんの人が、いやもしかしたら大半の人が、壁にぶつかったり、つまずいたり、仕方なく妥協することだってあるだろうな。

迷わない生き方ができる人なんてほんの一握りじゃないのか?

すると、どうなる?

あの時こうすれば良かった、違った生き方があったんじゃないのか?そう思わないほうがかえって不自然だろう。比べるのが、比べられるのが嫌で目を背けたくもなるよな。それでも、こんな時代だからいろんな情報が、いやでも目に、耳に入ってくる。それに・・・

『ダメなやつはどこへ行ってもダメ、ニートみたいな奴が夢見たって周りや親が迷惑するだけだ、って。くやしい。本当にくやしいけど、あいつの言う通りですよ。』

それだけじゃない、情報ってのはいつもいいことばかり教えてくれるわけじゃないんだろう。見たくない現実や、認めたくない自分自身、不条理な社会、どうしようもない人との格差・・・広くて複雑な世の中ってやつは、そんなイヤになるような情報も、知らしめて来るんだ。

そうやって生まれる気持ち・・・怒りや、妬みや、憎しみ、恨み・・・そんなゆがんだ感情だって生まれるんだろう。たとえ抑えようとしても、心の奥底に残る燻った思い・・・

そうなったら人は何を思う?

俺は何を思う?

少なくとも俺は・・・問い詰めたくなるな・・・誰かに、世の中に、神様に、そして自分自身に・・・

生きる意味って何なのか?ということを・・・・

そうか・・・これが、根源か・・・

なんだろう・・・?

天井のシミから、細い線が伸び始めた・・・



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