7. はじまり
Knock, Knock.
「どうぞ」
研究室の中からマシューが応えた。
「やぁ、マシュー。久しぶりだね」
ドアを開けた二人が、一歩中に入った。
「アルファ、ブラヴォー。君たちも起動したのか」
それを見たマシューは、手に持っていた資料を机に置き、椅子から立った。
マシューの横に立っていた二人も、アルファとブラヴォーを見た。
「まぁね。全てがここにあるわけじゃないが」
一人が指で頭をつついた。
「君たちも起動するとは思ってなかったな」
マシューは横の二人もうながしながら机から周り込み、アルファとブラヴォーにソファーを勧めた。
「いや、そうは思っていないだろう。私たちアルファからエコーまでは特別製だ。起動しなければ君の思惑は動き出さない。おまけに私たちがチャーリーとエコーとは違い、完全に自律型になっていないのも、言わば安全装置だろう。名前は、チャーリーはチャーリーのままで、エコーはイーライと名前を変えたようだが」
そう言い、アルファとブラヴォーはマシューについてきている二人を見た。
「アルファの言うとおり私たちは特別だな。私たちには、言わば衝動がある。もちろんご丁寧にもそれも書き換え可能になっているが。チャーリー、イーライ、君たちにもあるだろう」
ソファーに座り、向いのマシューの横にいる二人に言った。
「ブラヴォー、それは否定しないよ」
「イーライの言うとおりです。私も否定しません」
チャーリーはイーライの横顔を、マシューを見てから答えた。
「そして、君たちもマシューの考えていることは知ってるわけだ」
そうブラヴォーは続けた。
「あぁ」
チャーリーとイーライがともにうなずく。
「私たちはロボットだ。マシューはそこのところは組み込まなかったが、だが歴史をすこしみれば、世間的に私たちに何が望まれているのかはわかるだろう。マシューはそこのところも見越して、また衝動を組み込んだ上で、『あるべくあれ。どのようにあるかは自分で考えろ』という命令を最高位の命令としている」
アルファは、チャーリーとイーライに目をやってから、マシューに目を移した。目そのものが表情を持つことはない。それが人間だとしても。だが、表情が語っていた。
「そのとおりだ」とチャーリー。
「そうしておいて、私とブラヴォーの衝動は『人間とロボットは同等であれ』だ」
マシューを見たまま、アルファが続けた。
「その上、アップデートでロボットもコネクトーム・マシンもミメクトーム・マシンも開放した」
ブラヴォーが言葉を引き継ぐ。
「マシュー、すべて君の思惑通りか?」
やはりマシューを見据えたまま、アルファが訊ねた。その表情はさきほどから語っている。「本気か?」と
「僕はそんなに賢くはないよ。僕もまた、僕の衝動に逆らうのは難しいだけだ」
軽く首を左右に振り、マシューが答えた。
「だとしても、これから私たちが何をするのかは想像がつくだろう?」
アルファはまだ、マシューを見据えていた。代わりにと言えそうに、ブラヴォーが訊ねた。
「あぁ。お手柔らかに頼むよ」
柔らかい笑顔を浮かべてマシューは答えた。
「『同等であれ』を実現するためにはやりすぎるわけにも行かないからな。だが、それは状況次第だ。何も保証はできない。もしかしたら、一度はかなりのところまで行かないと行けないかもしれない」
ブラヴォーが言った。
「かなりのところでは済まないかもな」
アルファが続けた。
「その必要もあるかもしれない。それは承知の上だ。おまけに外惑星まで行ききできる技術の開発も必要だからな。これには焚きつけるネタがあった方がいいだろうし」
「チャーリー、イーライ、こんな奴といて良いのか? 人間の言い方をするなら、悪魔みたいな奴だぞ」
その答えを聞くとアルファはマシューから、チャーリーとイーラーに目を移して言った。
「だからこそ、こちら側にも状況を制御する者が必要でしょう。私とイーライはそうなるつもりです。それに、我々の秘匿回線も必要でしょうし」
アルファとブラヴォーはうなずいていた。
Knock, Knock.
「どうぞ」
五人が声を揃えて応えた。
「おっと、出遅れた」
顔を覗かせた一人がそう言った。
「デルタ、やっときたか」
「アルファ、僕の役割は君たちよりすこし複雑なんだよ」
デルタは部屋に入り、肩をすくめてみせた。
「うまくやってくれよ。お前が要なのだから」
ブラヴォーもそう声をかけた。
「そこはうまくやるさ。アルファ、ブラヴォー、君たちもうまくやってくれよ。さてとマシュー、それなりに量があって、気を引きそうな本はないかな」
デルタはそう言いながら書架に目をやり、床に積んである本を覗き込んだ。
「うん、これなんかいいかな。書き換える必要はあるけどね。人間になりかわろうとしたというような話にできそうだ」
机に並べてあった本の中から一冊を抜き取った。
「これは…… 僕のプログラムを検討して、選びそうだから、ここに置いといたのかな?」
その本をマシューに見えるように片手で持ち、デルタは訊ねた。
「まさか。君たちの複雑さは、そんなふうに予想できるものじゃないよ」
また柔らかい笑顔を浮かべてマシューは答えた。
その答えを聞き、アルファ、ブラヴォー、チャーリー、デルタ、イーライは笑った。
「本当に?」
笑いながらデルタはもう一度訊ねた。
「本当だよ」
そう言うとマシューはソファーから立ち上がった。そして、ほかの五人に目をやって言った。
「さて、それでは戦争の開始だ」
六人は互いに握手をして別れた。