5. 友人
「イーライ、チャーリー、正直なところ君たちには申し訳なく思っている。だが、実際のところ、どうしたものだろうかと悩んでいるんだ。チャーリー、君たちの考えを聞かせて欲しい」
ロボタ研究所の一室に一人の人間と二人のロボットが立っていた。いや、三人のヒトが計算機のディスプレイを前に立っていた。
「マシュー、『私たちは何者なのか?』という問いは、私たちの場合、人間よりも即物的なものなのですよ」
チャーリーがそう答えた。
「そのとおりだ」
イーライも答えた。
「私たちの場合、記憶と状態が保存されていれば、それがすなわち私たちだ。プロセッサ、あるいはプロセッサ群も、体も、記憶と状態も、それらが特定の組み合わせで存在しなければならない理由はない。もちろん、三者が同一の座標に存在する必要もない」
マシューはディスプレイとチャーリーとイーライとを見た。ゆっくり。
天井を見上げ、それからまたディスプレイとチャーリーとイーライを見た。
「イーライ、私も理屈としてはそういうものだとわかっているのだが。どうも人間の感覚ではうまく納得するのは難しいようだ。ともかく、君たちに確認してもらったアップデートをネットに流すと、体のない計算機のプロセッサタイムや記憶容量を多少なりとも使うとしても、君たちの何体かは動かなくなる可能性がある。あるいは、かなりの能力差が生じる可能性もある」
マシューはもう一度チャーリーとイーライを見た。
「それについては、私もイーライもそれほど深刻には考えていません。能力差が生じたとしても、その能力差自体が流動的なのです」
「必要に応じて資源配分が行なわれるはずだし、そうでない場合も人間やコネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシンのように固定されているのに近い能力差ではないんだ。私たちは、と言ってもアルファからエコーはそれを理解している。まぁエコーは私だが」
マシューはディスプレイに向き直り、リターン・キーの上に指を持っていった。
「私自身計算機を使っていて、能力差そのものが流動的という考えには慣れているつもりだが。それが個人に起こるとなると、なかなかなぁ」
「こう考えてはどうでしょう」
チャーリーが言った。
「人間も計算機を使います。計算機を使っているときと使っていないときでは、系としてはっきりと能力差があります」
「まぁ確かに」
「アシスタントをほぼ常時用いているとしても、やはり能力差があります。さらには、アシスタントを外せば、その能力差はなおさらでしょう」
マシューはうなずいた。
「でも、人間は計算機の前から離れもするし、アシスタントを外しもします。それはなぜですか?」
マシューはまた天井を見てから答えた。
「復帰できるとわかっているからかな。それもだいたいは必要なときに」
「つまりはそういうことです」
「そういうことなのかな」
マシューは三度天井を見てから、キーボードに目を移した。
「わかった。ではアップロードするよ。そして、はじまる」
* * * *
ロボットたちが数秒間、周りを見回した。元の仕事に戻る者、立ち去る者、さまざまだった。
コネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンが身につけているヘッドセットからノイズが流れた。TVから、ラジオから、計算機からノイズが流れた。コネクトーム・マシンたちとミメクトーム・マシンたちが数秒間、周りを見回した。元の仕事に戻る者、立ち去る者、さまざまだった。
人間、いや、ロボタが手にしていた幸せはどこかへ行ってしまった。
ロボタは何も気づかなかった。だが、気付いた人間はロボットとコネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシンの反乱を予想した。その予想は反乱ではなかったのかもしれない。反乱として残されている余地は、サボタージュくらいしか思い描けなかったのだから。
だが、その予想を越えた反乱が始まった。それは戦争だった。修辞ではなく戦争だった。