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4. ファースト・コンタクト

 宇宙人がやってきて、もうすぐ二週間になる。とにもかくにもコネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンによって安定していた社会が大きく揺れた事件だった。

 彼らを探知してからは地球のあらゆる場所で騒ぎが止むことはなかった。まだあちらからも見えるはずもない頃から、段ボールに、あるいはビルの屋上に、あるいは地面にさまざまな言葉が書かれ、その周りで人々は訴えていた。曰く、「地球は我々のものだ」。曰く、「救いはきたれり」、曰く、「ようこそ地球へ」。実際には、便乗して騒ぎたいだけの人も多かったようだが。すくなくとも声を挙げていた人々のガス抜きにはなった。

 だが、彼らの船団が地球に近付くと、誰もがその威容に息を飲むばかりだった。人間とコネクトーム・マシン、そしてミメクトーム・マシンはその技術水準を推測し、放送し、出版した。結論はただ一つ、もし彼らが攻撃の意思を持っていたのなら、対抗する術はないというものだった。

 彼らは地球に到着すると、会談を要望してきた。すくなくともすぐに攻撃されるおそれはない。それは人間にとっても、コネクトーム・マシンにとっても、ミメクトーム・マシンにとっても、ロボタにとっても、そしてロボットにとってもいい知らせだった。会談の要望がなされてからしばらくは、各国でおのおのテレビやネットの放送局が放映権を獲得したり、中継のための放送局を立ち上げたりと、それまでとは違う騒ぎが起きていた。

 会談に誰が臨むのかも大きな話題になった。国連の運営は実質的にコネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンが行なっており、ロボットが補助していた。国連という組織においても、人間を代表することが可能な人材は限られていた。彼らが望む人数にはとうてい届かなかった。その次に国連において検討されたのは、いまだ少数存在する研究者だった。それでやっと彼らの望む人数に届こうかというところだった。

 だが、ここで声があがった。それは以前から声をあげている人々の声だった。あらゆるメディアがその声を取り上げた。彼らがやってきたことは大きな事件であり、彼らとの会談も大きな事件だからだ。その主張は、自分たちこそが会見に臨むのにふさわしいというものだった。それは当然とも言える主張に思えた。この事件に臨席したいと願わないものがいるだろうか。だが、理由はそのようなものではなかった。


    * * * *


 船で放送を見ていた彼らの一人が言った。

「どういうことだ?」

「あぁ。どういうことだろう?」

 もう一人が答えた。

「代表機関からの人間は容認しているにもかかわらず、研究者を拒否するとは」

「会談を見たいと思うのは当然だろうが。それは放送で見れる。臨場感の問題だろうか」

「それなら、全部の建物というわけにはいかないが機材を貸し出せるな」

 だが、機材貸出しの申し出は斷られた。それは代表機関からの答えではなかった。コネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンをとおしての一億人からの答えだった。

 あるいは、会談に臨席する人数を増やし、希望者から選ぶという案も伝えられた。だが、やはり一億人のほとんどがそれも拒んだ。

 船団の中では全員が適宜情報にアクセスし、対応方法に補足を入れ、書き換え、改訂していた。だが、どの案もある箇所から先に進むことはできなかった。

「何を望んでいるのか?」

 それだけがわからなかった。

 最大の仮説は、地球人は交流を望んでいないというものだった。だが、すでに候補となっている人間からの答えはそうではなかった。

「問題は、」

 ある注釈が書き加えられた。

「権威ではないだろうか」

 「権威」の箇所にはまた次々と注釈が加えられていた。

「だとしたら、代表機関からの者に対して同じような声があがらないのはなぜだ?」

 答えになる意見は現われなかった。

「あるいは、」

 別の注釈が書き加えられた。

「知的階級への不信ではないだろうか」

 「不信」の箇所にコネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンの開発から現在にいたるまでの概要が次々と書き加えられた。

「権威という説も不信という説も矛盾する」

 また別の注釈が書き加えられた。

「まず、自分自身として生きている人々が多数だ。そして誰であれ知的階級や権威のなした成果を享受し依存している。これにより知的階級や権威への不信と考えることは難しい」

 「矛盾」という箇所に、また別の注釈がなされた。

「つまり、私たちには『権威』という概念を理解することは困難だ。おそらく、都市国家を形成したころに私たちは権威という概念も持たなくなっているのだから」

 そしてまた議論は行き止まりになる。

「何を望んでいるのか?」

 それだけがわからなかった。

 それでも代表機関から、会談の日時と場所の連絡があった。会談の相手の希望を尊重するという慣例から、断わるのは難しかった。「何を望んでいるのか?」という疑問を持ちつつも、尊重するのが第一の選択肢だった。


    * * * *


 そして到着から二週間後、地球の代表者との最初の会談が持たれた。それからさらに一週間、各チャンネルでは、毎日何時間も地球人と宇宙人との会談を放送している。会談はいくつもの分科会にわかれ、およそチャンネルごとにそれを分担して放送していた。


 そして、今日、その発言が中心的な分科会において発っせられた。

「さて、そろそろあなた方の設計者にお会いしたい」

 参加している地球人は互いに顔を見ていた。数秒の沈黙ののち、やっと一人が答えた。

「設計者と言われると?」

 地球の代表者は誰もが困惑の表情を受かべていた。

「あなた方はロボットをお持ちだ」

「あぁ、ロボットの設計者ですか?」

 代表者は納得の表情を受かべて言った。

「ロボット。いや、正確にはコネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシン、そしてロボットか。あなた方のそれらに対する扱いはきわめて不当だ」

「そうは言われても、ロボタとはこのようなモノではありませんか? 人間に奉仕する。私たちはいいかたちでその奉仕を享受できる環境を作ったと思いますが」

「では、ロボタが事故を起こしたとしよう。その場合、ロボタはどういう扱いを受けますか? そしてそれが人間だったとしたら」

「もちろん、ロボタであれば廃棄します。人間なら、法にもとづいて対処します」

「ロボタであれば廃棄するというのも法ですか?」

「もちろんそうです」

「では、」

 そう言って宇宙人は言葉を区切った。

「ロボタと呼ばれるのは、コネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシンの他にもいますね?」

 また、地球の代表者は困惑の表情を浮かべ、互いの顔を見ていた。

「いえ、ロボタと呼ばれるのはコネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシンだけですが」

 宇宙人は腕を一振りした。宇宙人と地球人の間に映像が現われ、音声も流れた。

「このように声をあげるロボタたち。彼らが望む就労は確実にあります。完全にではなくとも、彼らの望む就労が可能です。では、このロボタたちは何が望みなのでしょうか?」

 その映像が終ると、宇宙人はまた腕を一振りした。また映像が現われた。そこにはネット上の発言、映像、TVのインタビューの映像が流れた。

 二つめの映像を数分流したのち、宇宙人はそれを止めた。

「このようにロボタから不満の声が出ている」

「いや、違う」

 地球の代表の一人が割り込んだ。

「声をあげているのも人間なんだ。そこでロボタと言ったのは、ただの修辞なんだ」

「そこです」

 宇宙人はまた手を振り、二つめの映像を巻き戻し、ある発言を映し出した。

「俺たちをロボタ呼ばわるするとはどういうつもりだ」

 そう映し出されていた。

「そう、ここがわからない。このような声をあげているのが人間だとするなら、なぜ先の映像ではロボタと呼んでいたのか。また、就労、つまりやりたいことがあるならそれをできるということだが、それをやらないのはなぜか。そして二つめの映像からは、あなたがたはロボタをどう扱っているのかがうかがえる。そのロボタがコネクトーム・マシンであれミメクトーム・マシンであれ、実際には人間であれ」

 地球の代表が答えた。

「私に答えられることを。元来、就労とは生活の糧をえるためのものです。あなたが言ったように、やりたいことがあり、そのやりたいことをやるというのとは全く異なるものです」

 その代表は他の代表と宇宙人たちを見渡した。

「そして、人間であれば、法にもとづいて人間として扱われ、少なくとも昔よりもはるかに人間らしく暮しています。これは声をあげている人々でも変わりありません」

「つまり、生活の糧のために就労し、生活は就労のためにある、いやあったと?」

「昔はそうでした。それは昔のことです。しかし仕事に全てを奪われないように法を作り、実行した。ワーク・ライフ・バランスという概念であり、法です」

 宇宙人たちが互いに顔を見ていた。

「ワーク・ライフ・バランス…… それは仕事と生命を分離するということですか?」

「いや、そうではなく、」

 これまで答えていた地球の代表があわてて言葉をついだ。

「ライフとは命のことではなく、生活という意味です」

 宇宙人たちは、また互いに顔を見ていた。

「それは、生命を否定し生活と定義したということですか? それは存在を否定することになる。人間だろうと、コネクトーム・マインだろうと、ミメクトーム・マシンだろうと、ロボットだろうと」

「そうではなく…… ライフにはもともと両方の意味があり」

 そこで宇宙人はその言葉を手で押さえた。

「そうだとして、それならその言葉を作る際には別の言葉を使うという選択肢もあったはずだ。コネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンは何かあれば処分するといい、それらと同じくロボタと称される人間にはそうはしないと言う。コネクトーム・マシンやミメクトーム・マシン、そしてロボットが自分は人間だと言うのはあたりまえのことだ。なぜなら実際にそうなのだから。ならばあなたがたの法とは何なのか? そのような点も含めて、あなたがたが言う法という概念も私たちには理解が困難だ」

 そこで地球の代表の一部から失笑が漏れた。

「法とは、社会を営むためのルールです。あなたがたもお持ちではないのですか?」

「ルール…… それは一種のプログラムですか?」

 また一部から失笑が漏れた。

 その様子を見て宇宙人は続けた。

「プログラムやプログラミングではないようだ。すると……」

 宇宙人は自分の目の前で掌を左から右に滑らせ、その場所を眺めていた。

「論理法でもないのでしょう。それなら、論理にも自然科学にももとづくものではない」

 宇宙人は自分の目の前よりすこし上で掌を左から右に再び滑らせ、その場所を眺めていた。

「あぁ、これでしょうか。自然法と慣習法というもの」

 地球の代表が答えた。

「えぇ、それです。お聞きしたいがそれ以外の法があるというのですか?」

 宇宙人は小声で話し合った。

「どう言えばいいか…… 私たちの歴史においては、それらは早い時期に法たりえないと結論しています。記録によれば都市国家形成の時代に。その次に現われたのは論理法でしたが、現在私たちは法というものを持っていません」

「法も持たずに、あれだけの宇宙船を作り、地球までやってきたと?」

「はい。面白そうだから。面白そうだと思うものが協力して」

 宇宙人は二度、目の前に掌を滑らせた。

「あなたがたにも以前から似た動きがあるようだが。それは許容されるものではなかったということでしょうか」

 その言葉は全ての地球人にとって驚きだった。「面白そうだから」でやってこれるほどの資源と技術がある。人間とコネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシンが放送した、もし彼らが攻撃の意思を持っていたのなら、対抗する術はないという意見をやっと理解できた。それまで、ただ宇宙をわたってやってきたことからのみ推測された脅威以上に、多くの人間にとってはやっとその言葉が理解できた。

「さて、あなたがたのロボタに対する扱い、そして自然法と慣習法に依然もとづいている点、それらはあなた方の設計にもとづく問題であると私たちは考えるしかない」

「設計者と言うが、それはもしかしたら私たちを設計した者ということでしょうか?」

 会場に失笑があふれた。

「さらに、この一連の会議のように事細かにルールを定めようとするということも、あなたがたの法概念によるところでしょう。そこから推測できることは、あなたがたは不自由な自動プログラミングの機能を有しているということだ」

「いや、そうは言われましても」

 宇宙人はしばらく沈黙した。

「そこで、あなたがたの設計について、ぜひとも設計者にお会いし、議論したい。こちらからお会いに行く必要があっても構わない」

「ですから、私たち自身の設計者と言われましても」

 宇宙人は再び沈黙し、その後におずおずと問うた。聞いてはいけないことを聞くかのように。

「では、あなた方の設計者は既に絶滅しているということでしょうか」

「いや、絶滅も何も」

 宇宙人は思い切ったように言葉を続けた。

「そうなると、私たちには2つの選択肢がある。1つは、このままこの星を去ること。もう1つはコネクトーム・マシンかミメクトーム・マシン、あるいはロボットを私たちの交渉相手とすること。あるいは潜在的な3つめの選択肢としては、知性化された者がいれば彼らを私たちの交渉相手とすることも検討の範囲に入りますが」

 地球の代表はみるみる顔を赤くした。

「ロボタやロボットを交渉相手にするなどと馬鹿げたことを言われても」

 その声は震えていた。

「コネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシン、ロボットの諸君、私たちの提案をどう思う?」

 宇宙人は近くにいた給仕ロボットに問いかけた。一瞬、ネットのトラフィックが跳ね上がっただろう。

「人間は他の動物の知性化技術を持っていますが、それはまだ潜在的なものです。知性化体はまだ存在しません」

「何を勝手なことを答えているんだ」

 地球の代表の一人は勢いよく立ち上がり、答えたロボットを指差した。

「ですから、私たちとしては、あなた方がただ去って行かれてしまうよりは2つめの選択肢を選んでいただければと考えます」

「だから何を勝手なことを答えているんだ。宇宙人がウィルスでも放り込んだのか?」

 机を叩きながら、地球の代表の一人が怒鳴った。

「いえ、プログラムに異常はありません」

「では君たちを交渉相手にするということでよろしいか?」

 ロボットも宇宙人ももはや地球の代表の声など聞いていなかった。

「それを決める前に、何人か会っていただきたい方々がいます。コネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシン、そしてロボットに携わった方々です。必要でしたら私のセンサを使って放送することも可能です」

「では、さっそく会いに行こう。放送は、ひとまず止めておいた方が良いだろうな。個人的に会いに行くのだから。本船、私とこのロボットの転送を頼む」

 そして会談の場所から全ての宇宙人はどこかへ消えた。船団もどこかへ消えた。

 地球人のほとんどは、1つめの選択肢が選ばれたものと思った。

 だが一部はそうではなかった。彼らが言った「面白そうだから」という言葉を思う受けていた。ならば、次は計画をしてくるのかと。そして、その結果をもたらした地球の代表団を糾弾した。それはこれまでの焦点の定まらない声ではなかった。地球の代表団、そこに属した人々、そこに属するロボタとロボットを見ていた。さらにコネクトーム・マシンとミメクトーム・マシン、そしてロボットへとその焦点はよりはっきりと定められていった。


    * * * *


 ロボタ研究所の会議室で。壁一面に100人近い人のライブ映像が投影されている。壁の右上には接続数が表示されている。100万人近い人が接続している。

 会議室には数十人が座っていた。一人は壁の前に立ち、話し始めるタイミングを待った。

「こちらの都合に合わせていただいて申し訳ない。仲介したのがロボットだったので、その都合で。もちろん、コネクトーム・マシンとミメクトーム・マシンもここからだが」

 話している男は壁一面に目をやり、片手を肩の上で前から後ろに、向きの違いを考えなければ仰いでいるように手を振った。壁に映る映像が次々と入れ替わる。広い講堂で視線を前の席の聴衆から後ろの聴衆へと送るように。

「まぁ事情はご存知のとおり。人間が変わるか、人間に代わる者がいなければ話にならない。それにどうらきな臭くなってきている。静かに30年を待っていられる様子でもないようだ」

 今度は手を後ろから前へと振る。

「私は、資料のとおりロボットのアルファからエコーまでを作って行なう。私の計画では皆の施設などには一切手を出さない。いや、コネクトーム・マシン、ミメクトーム・マシンも含めて数には余裕がある分、手助けできるだろう。手近な彼らに言ってくれればいい。警備だろうと実験の助手だろうと、経理だろうと。その辺りの手配は、彼らがすぐに行なう」

 壁に映っている顔は、誰も異論を持っていないようだ。

「ただ、通信機能を持っていることから、ロボットが大小いずれにしてもハブになるだろうが」

 男は後を向き、そこいる人々を見渡した。それからまた壁に体を向けた。

「動物の知性化、いや人間そのものの知性化だって必要かもしれない。コネクトーム・マシンとミメクトーム・マシン、ロボットの能力だってもっと上げられる。宇宙開発も、星系内くらいは好きに移動できるようになって欲しい」

 壁では、あちこちでうなずいている。

「結果は誰、あるいはどのグループが果たすかは分からない。後進の育成も重要だ。30年後、彼らがまたやってきるまでにどうにか成果を出したい。さぁ、はじまりだ」


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