2. Man-made Biological-Robota
人間はもっと自由であっていいのではないだろうか。
たとえば、小説を書く。マンガを描く。アニメーションを作る。ソフトウェアを作る。
自分がやろうと思ったことを行ない、それが他の人の楽しみになり、役に立つ。そうであっていけない理由があるだろうか?
いけない理由などというものは存在しない。ただお金の問題だけだ。そのやり方でどうやって収入を得る?
解決策は簡単だ。収入を確保する労働力があればいい。
「つまり、労働力として十分な能力を持ち、かつそれに制限されているようにモデルDNAとミメクトームに変更を加えればいいと?」
「そういう事だ」
ロボタ研究所の一室で二人がテーブルに向って話し合っていた。
「それは、ボディー・バンク用のクローンで大脳皮質を形成しないようにDNAを改変するのとは違うぞ。それに移植用の補助脳を構築するのとも」
「ボディー・バンク用だったら、そもそも分化を制御すれば良い話だ。全体が必要なわけではない。部品があればいいのだから。肝臓に人権があると言う人がいるかね? 現にそうやっているし、それによって何より安価に提供できるようにもなり、金持ちの特権でもなくなった」
「ロボットに任せる方法は?」
「管理コンピュータと合わせて使うことにはなるだろうな。ミメクトーム・マシンも現状では充分な神経系をどうやって埋め込むかが問題だ。 物理的に收まらないからな。現在、分子レベルで設計して作ろうとしている。モデルDNA、モデル細胞環境の簡素化ができれば、脳の扱いはともかうミメクトム・マシンのボディーにも使えるだろう。そして脳にも」
「だが、DNAや細胞環境をそのように改変したとしても人間には違いない」
その言葉を聞いた一人がテーブルの上で手を動かすと、二つのDNAのモデルが表示された。
「こっちがある個人のDNAだ」
そう言い、表示されたものの片方を指差した。
「そしてこっちがモデルDNAだ」
もう片方を指差した。
「これの個人由来の部分を表示しよう」
DNAのあちこちがさまざまな色に染められた。
「そして、バグフィックスをした箇所はこうなる」
DNAに沿うように赤い曲線がいくつも現われた。
「これでも問題になると思うか? 誰かのDNAそのものなら問題になるかもな。だがこれはモデルDNAだ。個人に由来するものではない。さらにデバグされている。DNAは受け継がれてきたからこそ特定の個人にいたる。このモデルDNAは受け継がれてきたものではない。なら、それは人間か?」
「つまり、0から設計したDNAだと言えばいいというわけだ。必ずしも嘘とも言えないか」
机の向いに座る一人はうなずいた。
モデルDNAベースの機体の設計も順調に進んだ。ロボトミーの記録もあり、その他の研究資料もあった。主に前頭葉の構築コードと、前頭葉の結線アルゴリズムに変更を加えればよかった。
ミメクトームベースの機体の設計もやはり順調だった。連想連鎖に制限を加えればよかった。ミメクトームベースの機体においては、脳を使うか、コンピュータを生め込むかの議論がなされたが、モデルDNA用の機体に用いる脳に手を加える方が採算ベースではパーツの生産過程を共有できるために安価であるため、機体も脳も共用する方針が採用された。
命令どおりに動き、必要最小限の思考も行なえる。だが自発的に何かに興味をもったり考える事はない。
人権団体や宗教界からの動きはあったが、どちらも設計された生物学的ロボットとして認知された。なにより役にたったのだ。そして、ミメクトームベースの機体の存在もその傾向に拍車をかけた。脳にインストールされているのは、人為的に作成したミメクトームだった。制限されたミメクトームを稼働させるために、簡略化された脳らしき部品を使っている。それだけであるにすぎない。それが、それを受け入れられやすくした。
そうして、コネクトーム・マシンもミメクトーム・マシンも普及した。
普及の結果、思わぬ副産物もあった。仕事に残る人間はきわめてすくなかろう予想していたが、予想の数倍の人間が仕事に残った。もっともきわめて少数であることに違いはないが。
仕事に残らなかった人間の内、何かをやっている人間もきわめて少数だった。いや、何かはしていた。つまりは、自身の存在意義に関するものとして声をあげていた。
それ以外は、人工知能と二種類のロボタがもたらした社会に満足しているようだった。適応しているようだった。
ロボタ研究所では、それら三種の人間のDNAも多く集めた。分析が進められた。そうして、結果が出ようとしている。