第5話:恋できますか?
彼女<女神>を送ることになったナルだが、そこは予想しなかった高級マンションの最上階。彼女は何者??考える暇もないくらいパニックになっているナルを尻目に、彼女は・・・
「チーン」 エレベーターのドアが開いた。
僕はこの階に着くまでに、ダッシュで運動場を駆け巡ったような汗をかいていた。
早く、はやく帰りたい。
情けない自分からほんとに逃げ出したい。そんな気分だった。
「鍵。開けて」
彼女がおもむろに僕に差し出す。
「へ?どっどこが君の部屋?」
なんで僕に鍵を? 疑問に思ったが普通に受け取ってしまった。
彼女はドアを指差し「開けて」 とだけ言った。
僕は分けも分からず鍵を開けて「はいっ」 と返した。
ゆっくりドアを開けたが彼女は進まないので、僕もどうしようもなく、突っ立っていた。
「早くはいって!」
「えっでも・・・」
「いいから!」
少し怒ってる口調に感じて慌てた。
「僕ここで帰るから」
といいかけたとき、焦った僕は支えてた腕を放してしまって、彼女がその場に倒れた。
しまった! 何やってんだ!
「ごめん!大丈夫?ねぇ大丈夫?」
軽くゆすったが反応がない!
どうしよう。
とりあえず急いで靴を脱いであがり込んだ僕は、彼女を抱きかかえて、ベットをさがした。
2つ目のドアを開けたら、ベットが目に入ったので取りあえず彼女を寝かせて、救急車を呼ぼうと携帯をポケットからあわててだした。
あんまりあわてて出したので、携帯をベットの下に落としてしまった。
「なにやってんだよ〜くそぉ!!」
早くかけないと!
携帯を素早くひらいて番号を押したとき
「ただいまぁー」
女性の声。家族の人?
彼女が大変だって伝えないと!!
思うより先に、部屋を出て玄関へ走っていた。
「すいません!ぼ、僕、怪しいものではないんです!娘さん歩けなくって、送ってきたんですけどまた倒れてしまって!救急車呼ぼうとしてて!」
「君だれぇ?」
こんなときに何てのんびりしてんだ! 彼女が一大事ってときに!
「彼女の知り合いなんですっ!犬に彼女が襲われて、それで動けなくなってて、また玄関先 で倒れちゃって・・・」
「あぁ〜〜大丈夫!いつものことだから気にしないで。あの子極度の貧血なのよぉ。だから出歩くなって言ってあるのにー!ほんともぅ!ごめんね迷惑かけて」
「いやっ僕は全然いいんですけど、彼女ほんとに大丈夫ですか?今から病院連れて行きましょうか?」
「大丈夫、大丈夫!ママが言ってるんだから間違いない♪少し寝かせてたら良くなるから。それより君どこに住んでるの?まひるに、こーんなカッコイイお友達いたってことに、ビックリだわぁ〜」
あの子まひるって言うんだ。
ずっと午前の女神なんてあだ名で勝手に呼んでいたから、名前が分かったことに少し嬉しかった。
それにしても・・・かわった母親だな。
普通、男が家にあがってたら怒るもんじゃないのか?
疑う様子も、心配そうな様子もないし。
うちの家だったら、大騒ぎになってるところだよ。
まひるの母親はお化粧バッチリで、着ているものも娘と違って、とても派手だが若く見えた。
「ねっうちにお客さんなんてめったに来ないからさぁ。お茶でも飲んでかない?」
お茶? 見ず知らずの男にお茶まで出すか?
「いえっ。そろそろ帰らないと、ご飯作らないといけないんで」
家で待っている育ち盛りの三姉妹が「腹減った〜!」 と言ってるのがふいに目に浮かんだ。
「ええー! お料理つくるのぉ? うそーいいわね! 私、家事嫌いでね。うちもそんな息子欲しかったわぁ! あっそうだ! まひるの番号かメアド知ってるよね? また遊びにおいでよぉーまひるお友達なんて、今までいっかいも連れてきたことないのよぉ! ママ嬉しくって」
ほんとに親子なのか? ぜんぜんタイプが違うみたい。よくしゃべるしものすごく僕たちの年代の女の子に近いノリって言うか・・・
正直僕が苦手なタイプ。
色んな母親がいるもんだ。
なんて思いながらふと周りに目をやった。
今までそんなどころではなくって気がつかなかったけど、部屋には服や雑誌、CDなどが所狭しとバラけていて、掃除してるのか分からないくらい正直かなり汚い! 家事が嫌いってセリフにうなずけた。
「あの、僕まひるさんとは知り合いではあるんですけど、電話番号なんかは知らないんで。とにかく、彼女にお大事にって伝えてください。じゃっ帰ります。」
「まってぇ! じゃっ私が聞いとくから」
何故かかなり笑顔
どうしよう。
これは教えなきゃ帰れない感じのムード。
あれ?でも待てよ・・・とゆうことは、電話番号を教えてたら、もしかしてまた彼女に会えるかもしれないってこと?
いやいやっ考えすぎ!僕はただ偶然送り届けてあげただけの存在なんだし。
まひるの母親は嬉しそうにメモ用紙とボールペンを差し出した。
僕は電話番号とメールアドレスを、わけもわからず素直に書いて渡した。
彼女から連絡があるとは思えなかったけど、早く元気になってほしい。
また午前0時にコンビニに来て欲しい。
僕は「まひるさんが元気になったら、よろしく言っていたとお伝えください」 とだけ伝えると、急いで我が家へ向かった。
足早に帰りながら、ぐったりしていたまひるのことを思うと、胸が締め付けられそうだった。
絶対に関わることもないって思ってた女神と、今日は話せた!
それだけで気持ちが飛んでいきそうなくらいフワフワした。
それにしても、変わった母親だったな・・・うちの母親も誰とでも話すし、すぐ友達になりたがるタイプだけど、あそこまではないなぁ。
なんて考えてると、すぐに家に着いていた。
「おにぃちゃんおっそーーーい!!」
ただいまを言う暇もなく、一番下の妹、ミカが飛び出してきた。
「もうお腹がすいて死にそうだよぉ〜おにぃちゃん!」
はぁ〜っ案の定だれも夕食の支度をしてるでもなく、帰りを待ってたな!こいつらめ。
そう思いつつ、お腹減ったコールする妹たちの為に、食事の支度にとりかかった。
時間が予定より遅くなったので、仕方なくメニューは変更した。
圧力鍋でポトフを作って、その間にサラダとベーグルサンドを用意した。
ベーグルはすぐ作れるし、妹や母親も大好きで昼・夜問わずよく作っていた。
親父は今日も帰りが遅いので、豚汁と鮭を焼いたものを用意しよう。
ご飯の支度をしながら、今日あった出来事、そして何よりまひるのことが頭から離れなかった。
これはもしかして、彼女に恋してるのか?
そんな言葉が浮かんだと同時に、どうしようもなく不安な気持ちがこみ上げた。
脳裏から離れない元カノ優菜の裏切り。
あのときの光景がフラッシュバックして、いまだに苦しめられる。
ま・・・安心していいよ。僕が本気で恋することはもうないだろう。
気持ちなんて伝わりっこない。大切に思えば思うほど、失ったときの絶望感は言葉に出来ないくらい辛くて悲しい。
そうやって僕は、まひるへの浮き立ちそうな気持ちを、心の奥へと押さえつけた。