第11話:春なのに
まひるに会えない日々が続いていた。隠しても隠せない思いが募るナル。季節は春なのに、毎日悶々と過ごしていた。
季節は春になっていた。
暖かくなってきて、桜が見ごろになってきた。
近所の公園では毎夜、夜桜で宴会で賑わっていた。
あれから1度も女神がコンビニに現れることもなく、勇気を出してまひるの母親に連絡を取ろうと電話をかけたが、ずっと留守電が続いていた。
大学に通うまでには菜の花が咲いていて、桜の花びらが風に舞ってハラハラ落ちてくる。
生き生きしていてとてもいい季節!
なのに心が寂しい。
僕だけかな?
妹のミカが、つくしをとりに行きたいとせがむので、土曜のアルバイト明けに、花見がてら車で1時間くらいのところに家族で行くことになっていた。
父さんは嬉しそうに前日から、お弁当の準備をしている。
僕はおやつでも作ってやろうと、アルバイト前にシフォンケーキを作って置いてきた。
「いらっしゃいませー」
コンビニですっかり板についたこの挨拶も、誰が聞いてるんだか・・ と最近は投げやりになっていた。
今日は花見のお客さんが、一気に押し寄せてきて、お酒やお菓子なんかを買い込んでいったが、それからはわりあい暇になった。
「おいっ今日暇だな」
おしゃべりの工藤が話しかけてくる。
「だね。今夜は少し寒いから、早めに花見も切り上げたんじゃない?」
適当に答えた。
「寒いか?まー暇になのは大歓迎だけどな〜」
ニヤニヤしながらそう言った。
「そういえば、あの子本気で来なくない?ねっお前何か知らないの?」
きたきた。
この質問も、もう何回されたことやら。
「だから知らないっていってるだろ?しつこいなー!」
俺が知りたいよ!って思いながらムカムカした。
「おー! お怒りですね〜あの子可愛いから定期的に見たいんだけどな。残念!」
本当にしつこい奴だ。
聞こえてないふりをしておいた。
それから、工藤の女雑談を聞きながら、アルバイトを終えて家路に着いた。
シフォンケーキがしっかり冷めていたので、取り出しておいた。
このケーキは、完全に冷めないと取り出しに失敗する。
絹のような繊細な生地が美味しい、柔らかいお菓子。
我が家の女性陣は、これに紅茶やコーヒーがお気に入りみたいだ。
親父はよくシフォンケーキを 「女の子を扱うように優しくしなさい」 って言ってたけど、子供のころは何のことやら?だったが、今なら分かる気がした。
ふと、まひるを抱えた時のことを思い出して・・・
一人で赤くなった。
何を想像してんだ!
汚れてもいないテーブルをゴシゴシ拭いた。
誰もいないキッチンで、焦って妙な行動をしてしまった。
「何してるんだ?」
いつのまにか早起きした親父が近くで覗き込んできた。
「いやいやっ別に何も」
困って苦笑いするしかなかった。
「おぉ!綺麗に焼けてるじゃないか。やったな」
抜いたばかりのシフォンケーキを見て、親父は感心していた。
「うん。綺麗に焼けて、生地抜くのも上手くなったよ」
もう何回も失敗しているケーキだったので、ちょっぴり自慢してしまった。
「お前も女の子を扱うように、って言っていたのが分かってきたのか?」
「あーいやぁ・・・どうだろう?」
何か変な汗が出た。
「うんっでもいいぞこれは! 断面みてもいいか?」
親父が嬉しそうにナイフを出してきたので、「いいよ」 と言ってシフォンケーキをカットしてもらう。
綺麗な焼け具合に、親父は「うんうんっ」と満足げだった。
我ながらいい出来だ。
このケーキも、まひるに食べさせてあげられたらいいのに。
心でそう呟いた。
あーっ彼女に会いたい。
そればかり考えてしまう。
こんなに苦しいのは、どうしてなんだろう。
頭の中を一日かけて、ぐるぐる同じ考えが行ったりきたり。