静かな出遭い。
何だ、お隣さんか。
私は黙って聞いた。
「何や、変な風にしゃべらはる男の人でな?私も挨拶してんけど、ニタニタ笑いはるねん」
「はぁ…」
頷くと、彼女は首を振った。
「沙織ちゃんも、あんまり関わらんときや?近頃は変な人多いからなぁ。ほな…」
またね、とみどりさんは手を振ると、エレベーターに向かって廊下を行ってしまった。
「ニタニタ…って」
手を振り呟くと、私はお隣さん、という部屋の前に近づいた―――。
そうそう。
1月前、このマンションの近くにできた、ケーキ屋さん。
ここのケーキはとてもおいしい。
それが、一体なんだというのか。
実は、これから、このケーキ屋さんの店長さんとは、とてもとても長いお付き合いになるのだ。
硬派なのか、それともただ人見知りなのか、笑顔をほとんど見たことはないこの店の店長さん。これから、彼にはしばしば相談をすることになる。
髪をストレートで横に結び、化粧は濃いが、どこか素朴な印象のかわいい子が、よく受付をしているっけ。
これが初恋となる、私でさえ、彼女には良い印象しかない。
だが、私はその日、その店長さんと一緒に、運命を変えることになる。
出社の途中、私は踏切につかまった。
カンカンカン…。
遮断機が下りて、私は渋々待つことにした。
少し遠くから、電車が迫る音が聞こえる。
「やっばい、また遅刻かも…」
腕時計を見て、私は呟いた。
焦るが、後の祭り。何となく、私は踏切の向こうを見た。
その時、ほんのわずかに見えた影。
女の子だった。遮断機の中、線路の上にしゃがみ込んでいる、幼稚園児ぐらいの女の子がいた。
「…!!」
私は、気づくと、慌てて遮断機を持ち上げた。
「おい、あんた!何してるんだ!」
中年のサラリーマンと自転車を持つ女の人が私を止めた声が聞こえた。しかし、振り払って、私は踏切に足を入れた。
「―――…!!」
「―――…っ!!」
どんっ!
気づいたら、女の子はおらず、私は誰かに突き飛ばされていた。
その後は、よく覚えていない。
慌ただしく、誰かが救急車とパトカーを呼んでいて、きらきらと赤色灯が眩しくて、電車を止めさせたこと、かすり傷で済んでよかった、と話す声が聞こえただけ。
でも、私が必死に説明した、女の子は見当たらなかった。