7.
翌日学校へ向かうと、まだ由紀の姿はなかった。嫌な予感がして、茜は落ち着かず、席を立ったり座ったりを繰り返していた。トイレに行って顔を洗い、また席に戻る。由紀は、交通事故に遭う。今日の通学途中に。昨日の文面が蘇って、茜はブンブンと首を横に振った。大丈夫。あんなの、当たるはずがない。未来の出来事だもの。過去の事が全て記載されていたことについては、気味が悪いけれど、とても情報収集能力に長けたストーカーのような人物が個人情報を纏めているのかもしれない。不可能なことにしか思えないが、それでも未来を予想することなんて、できる訳がない。そう信じて、茜は教室に戻り再び席に着いた。
しばらく時間が経って、始業のチャイムが鳴る。由紀は、まだ教室に姿を現さなかった。朝の会が始まり、隙を見て由紀に連絡を取ったが、返事はない。既読も付かない。どうして。そんなはずない。事故なんて。そんなこと――
――キーンコーンカーンコーン
「はーい、じゃあ、一時間目は……移動教室、か。遅れるなよー」
二年三組の担任である米田はチャイムに合わせてそう言うと、ガラガラと扉を開けて教室を後にした。由紀は、まだ来ない。不安はどんどん募っていく。
一時間目が終わり、二時間目は数学だった。教室に戻り、キョロキョロと教室を見渡してみる。由紀は何処にもいない。スマートフォンを取り出し、緑色のアプリを起動しても、やはりまだ既読も付いていない。彼女は寝坊でもしてしまったのだろうか。それとも――それとも、本当に――。
フッと、今朝茜が送信したメッセージに、既読の二文字が付いた。少なくとも生きている。良かった。しばらくすると、画面の左側から吹き出しが現れた。
『心配させてごめん、三時間目には間に合うと思う!』
遅刻の理由には触れていなかったものの、由紀から返信があったことに安堵する。茜は熊がOKと言っているスタンプを選んで送信し、スマートフォンをスカートのポケットにしまった。手は、じっとりと汗をかいていた。
三時間目が始まろうとしたところで、教室の前の扉が開いた。右手に包帯を巻いた由紀が、そこに立っていた。
「ユキ!」
飛ぶように勢い良く立ち上がり、扉の所まで駆け寄る。由紀はえへへと、舌を出して笑った。
「事故っちゃった。昨日、アカネに気を付けてって言われたのに、ごめんね。私、やっぱり浮かれてたみたい」
茜は、笑えなかった。
二〇一五年 七月七日 通学途中に交通事故 右撓骨遠位端骨折
どうして。どうして未来が分かるんだ。あのテキストファイルは、一体何なんだ。気持ち悪い。怖い。意味がわからない。得も言われぬ恐怖が、茜を支配した。
「そんな深刻な顔しないでよ、大丈夫だから。心配してくれて、ありがとう」
「……うん」
ドタドタと、人が駆け寄る気配がした。クラスの女子数人と、翔大だった。
「どうしたの、ユキ、大丈夫?」
「うわあ、骨折?」
「事故か? 車にでも轢かれたのか?」
動揺しているらしく、翔大はゴクリと喉を鳴らした。
「ううん、轢かれてはないんだけど、轢かれそうになって避けたら転んじゃって。手のつき方が悪かったみたい。骨折しちゃった」
「てゆーか、利き手じゃん! どうすんの、字書ける?」
「ううん、今日の古文の小テストは諦めるしかないなあ。まあでも、これなら居残りもできないし、結果オーライということで」
「オーライじゃねえだろ」
あまりにあっけらかんと言ってのける由紀に対し、翔大は思わず笑ってツッコミを入れた。釣られて、一緒にいる女子たちも笑みを零す。茜だけが、一人笑えなかった。
二〇一五年 七月七日 通学途中に交通事故 右撓骨遠位端骨折
未来が、当たる。どういう理屈かは分からない。でも、もし本当に未来が予言されているというのなら。それが、あのフォルダの中に隠されているのだとしたら。
茜はもう一度、それを確かめることに決めた。