6.
視線を合わせずアイスを見つめたまま、由紀が言った。周囲の音が、全て消えたような気がした。左手が握りしめたアイスは、ブルブルと震えている。
「え、そうなんだ! 誰? 誰なの?」
できるだけ一緒に喜んでいると思えるように、声のトーンを高くする。ゴクリと息を呑むと、額から汗が一筋伝った。店内は涼しいはずなのに、アイスで身体も冷やされたはずなのに、嫌な汗がダラダラと噴き出してくる。やめてくれ。嘘だと言って欲しい。聞きたくない。
「ショウダイくん」
両手の震えは、止まらない。
「そうなんだー! おめでとう!」
大袈裟に祝福すると、由紀は照れ臭そうに頭を掻いた。なんで。どうして。由紀が翔大のことを好きだなんて、聞いたことがない。なのに、どうして。
「どっちから告白したの? てか何、ユキってショウダイくんのこと好きだったの?」
嘘だ。そんなはずはない。聞きたくない。早く帰って何もかも忘れて眠ってしまいたい。心ではそう思うのに、動揺を隠すため口はペラペラと動く。まるで二重人格者になってしまったかのように、本音と建前が分離していくのを感じた。
「ショウダイくんから告白してくれたんだけど、私もずっと好きだったから、凄く嬉しかった」
デレデレと口許を緩めながら由紀はアイスを頬張った。ああ、そうか。前から好きだったなんてことは今初めて知ったけれど、そもそも茜だって翔大が好きだということを由紀には話していなかったじゃないか。
「良いなー。私も彼氏欲しいなー」
突然、由紀が吹き出して笑う。茜の気持ちに気付いて馬鹿にしているのかと思ったが、そういうことではなかったらしい。由紀は茜の左手を指さした。
「アカネ、アイス! 溶けてるよ!」
ハッとなって左手を見る。チョコレートと抹茶のアイスが溶けてドロドロになり左手の甲を伝っていく。まるで茜の心中のようにグチャグチャに混ざったアイスの冷たさが、いまさらになって茜の頭に届いた。
「うわあ、最悪」
見かねた由紀が鞄からティッシュを取り出して茜に渡す。ありがとうとお礼を言って、右手でそれを一枚受け取ると、左手を丁寧に拭った。右手はまだ震えていて、上手く拭き取れない。
由紀は、翔大が好き。
翔大も、由紀が好き。
茜は、翔大が好き。
翔大は、茜を――
「ほら、また溶けちゃうよ。さっさと食べちゃお」
最後の一口をパクリと食べ終えた由紀は、コーンを包んでいた紙をゴミ箱へ捨てに立った。うんと頷いて、茜は残りのアイスを口にする。味は感じられなかった。がむしゃらにアイスを齧ると、口の中がすぐに冷たくなった。キンと、頭に響いて痛い。それでも次の一口を齧る。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、私待つから」
由紀の制止も気に留めず、急いで残りのアイス食べ終えると、茜はスックと立ち上がった。
「おまたせ、行こっか」
由紀は頷いて、茜の横に並んだ。二人して店を出て、駅を目指す。フォーティーワンから駅までは目と鼻の先で、数分もしないうちに辿り着いた。改札を抜け、二人は逆方向の電車に乗るため、いつもここで別れを告げる。由紀が、くるりと茜の方を向いて手を振った。
「それじゃ、また明日ね」
明日。その言葉に反応して、先刻読んだ文章が再び脳裏に蘇る。
二〇一五年 七月七日 通学途中に交通事故 右撓骨遠位端骨折
由紀が、明日、交通事故に遭う。
「ユキ!」
ハッと我に返った茜は、既に十数メートル離れた由紀を呼び止める。由紀は歩みを止めて、どうしたのと訝しげな表情で茜を振り返った。
「気を付けて、ね」
ポカンと呆気に取られた後、由紀は声を出して笑った。
「何言ってんの?」
「あ、いや、ほら、家に帰るまでが遠足、じゃないけど、帰り道とか、通学途中とか、気を付けてねって。彼氏ができて浮かれてると、ユキ、すぐ躓いて転んだりしそうだし」
茜の言いたいことがよく理解できないらしく、由紀は少し戸惑った様子だったが、すぐに優しい笑顔を浮かべて答えてくれた。
「ありがと、心配してくれて。それじゃーね」
そう言ってホームへの階段を上っていく由紀の後ろ姿を、茜はただ黙って見送ることしかできなかった。