4.
何を考えている。開けるなって、書いてあるじゃないか。理性ではそう分かっているにも関わらず、茜はその欲求を抑えることができなかった。ドキドキと異様なほど高鳴る心臓。震える手が汗ばむのを感じながら、茜はそのフォルダを開けた。
中には、一年一組から三年五組まで、さらに十五個のフォルダが並んでいる。クラス毎のデータでも入っているのだろうか。個人情報? でも、そんなものがこんな不用心に保管されていて良いのだろうか。そういえば、最初のフォルダの名前は、KIROKU、だっけ。ということは、やはりクラス毎の何らかの記録が入っているのだろう。少し逡巡しながら、茜は自分のクラスである二年三組を選んで開くと、そこには各個人の名前で保存されたテキストファイルが並んでいてドキリとした。ファイルは名簿順に並んでいる。伊藤茜、川上翔大、藤井悠太、村上由紀――スクロールさせて行くと、全員の名前が確かにそこに保管されていた。
見てはいけない。咄嗟にそう思いながらも、何が書かれているのだろうという好奇心は消えてくれない。クラス毎の生徒の記録。成績だろうか。こうやって保管されているのだから、それが一番考えられるだろう。ふと、隣で課題を続けている由紀を見やる。一生懸命、右手の人差し指で文字を打ち続けている。情報の授業は苦手なようだが、基本的に数学も英語も国語も、主要科目はたいてい成績の良い彼女だ。成績表もほとんど四か五が並んでいるんだろうな。三ばかりで稀に二が混じってしまう茜とは大違いなはずだ。
――少し、覗くだけなら。
茜はまたそう、自分に言い聞かせて、村上由紀のファイルを開いてしまう。画面いっぱいに、文字の羅列。あまりにギッシリと文字が敷き詰められているので、茜は思わず顔をしかめた。
二〇一四年 四月八日 入学 一年一組に所属
二〇一四年 四月十日 女子バレーボール部に体験入部
二〇一四年 四月十三日 女子バスケットボール部に体験入部
二〇一四年 四月二十三日 女子バレーボール部員たちから熱烈の歓迎を受けるが結局断ってしまう
何、これ。日記? 生活の記録? 毎日という訳ではないようだけれど、行動したことが何故こんなにも事細かに記載されているのだろう? もしかして、全員分記録されているのか。学校が、生徒全員の行動を把握しているというのか。まさか。そんな気持ち悪いことがある訳がない。
画面をスクロールさせて行くと、日付は四月から五月、六月と進んでいき、やがて二〇一五年へと変わった。何処まであるのだろうと延々と下へ降りていく。四月、五月になり、やがて六月に変わった。現在に近付いていき、手を止める。
二〇一五年 六月十五日 情報の課題が終わらず居残り
二〇一五年 六月十九日 数学の教科書を忘れて怒られる
二〇一五年 六月二十二日 情報の課題が終わらず居残り
二〇一五年 六月二十九日 情報の課題が終わらず居残り
二〇一五年 七月四日 川上翔大に告白され付き合う
二〇一五年 七月六日 情報の課題が終わらず居残り
今日の日付である七月六日まで辿り着いた所で、茜は目を疑った。川上翔大と付き合う? なにそれ、そんなの聞いていない。居残りについては確かに五月末頃から毎週残っているので間違いはない。しかし、この七月四日の出来事について、茜は由紀から何も知らされていないのだ。こんなの、デタラメだ。嘘に決まっている。
よりによって、茜の好きな人と、由紀が付き合っているだなんて。
そんなこと、あって良いはずがない。
認められない。
信じたくない。
動揺して、思わず、カチリと、十字キーの下を、押す。
文章が一行下にスクロールされる。
二〇一五年 七月七日 通学途中に交通事故 右撓骨遠位端骨折
何これ。意味がわからない。由紀が、交通事故? 日付は、明日。つまり未来の日付だ。
由紀が、川上翔大と付き合っている。
由紀が、明日、交通事故に遭う。
由紀が、ゆきが、ユキが――
「終わった! 終わったよ、アカネ!」
茜は、咄嗟にテキストファイルを閉じた。






