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開けるな  作者: 春野 青
10/11

10.

 その日の夜はあまり眠れず、学校へ向かう途中の電車の中で茜は何度も意識が飛びそうになった。何とか学校の最寄り駅で降りて、改札を潜る。大丈夫。きっと、大丈夫。何も悪いことは起こらない。そう信じて学校までの道を歩んでいると、ポンポンと誰かが肩を叩いた。驚いて茜が振り返ると、いつもの笑顔を浮かべた由紀がそこに立っていた。

「おはよ、アカネ。あれ、どうしたの? 凄く眠そうだけど」

「おはよう……いや、昨日、ちょっと夜更かししちゃって」

「大丈夫? しっかりしなよ、授業中居眠りしたら怒られるぞー」

 由紀はそう言って右手で茜の背中をバシバシと叩いた。

 ――右手?

「ユキ……右手、もう大丈夫なの?」

「え? 何の話?」

「だって昨日、事故で……」

 言いかけて、茜はハッとした。昨日、由紀のテキストファイルから、交通事故の一文を消してしまったことを思い出す。そうだ。そうだったのだ。彼女の右手が治ったのではなくて、元々事故には遭っていないという筋書きに変えられてしまったのだ。

「何言ってるの、変な夢でも見た? あ、分かった、それで寝不足なんでしょ」

 由紀が話を進めるので、茜はそれに合わせることにした。

「うーん、そうなんだよね、怖い夢を見て、それで眠れなくなってさ」

「どんな夢見たの?」

「……ユキが私の目の前で事故に遭う夢」

「なにそれー、やめてよもう。」

 不愉快そうに顔をしかめて由紀が言うので、茜はごめんごめんと作り笑いで謝った。

「てゆーかさー、ちょっと聞いて」

 ハァと溜め息を吐いて、由紀。日頃溜め息を吐くのは茜の方なので、珍しいなと思いながら、すぐにその理由を悟る。昨日、翔大と喧嘩したからだろう。茜がそう、書き換えた。

「昨日、ショウダイくんと喧嘩しちゃった」

 茜がゴクリと息を飲む。由紀を一瞥すると、今にも泣き出しそうな、悲しい瞳をしていた。

「そっか……」

 未来が、変わる。茜の書き換えた通りに。恐怖感とともに、今にも吐き出してしまいそうな気持ちの悪さが胸に込み上げる。でも、もう、そういう筋書きにしてしまったのだ。もう一度書き換えてしまえば、茜の罪悪感も拭うことができるだろうか。しかし、元に戻そうと思っても、正直な所、由紀の輝かしい未来をそっくりそのまま書き直すことなんてできる気がしなかった。二年弱ぐらいの未来を消してしまったのだ。今更どうこうしようと思っても、もう遅い。


 二〇一五年 七月十四日 川上翔大に告白され付き合う


 ドクンと、脈打つ鼓動を感じた。付き合える。そう、茜が人為的に書き換えた内容も、今、現実のものとなって再現されていることが分かったのだ。これで――これで、茜にも彼氏ができる。茜の大好きな、翔大と――。


 学校に着いても、由紀の右手の怪我が治っていることには誰も触れなかった。茜が書き換えたことで、おそらくクラス全員の記憶から「由紀が事故に遭った」という記憶が消えてしまったのだろう。そう思えた。しかし、由紀が予想していない奇妙な出来事が起こったのだ。それは、川上翔大が、教室に姿を表した時だった。

「おはよう……」

 由紀の隣を通りすぎようとした翔大が、バツが悪そうに言った。由紀も気まずそうにおはようと返した。

「あれ、てか、右手、もう大丈夫なの?」

 翔大のその台詞に、茜は目を丸くした。それは、由紀も同じだった。

「どういう意味?」

「だって、昨日怪我してたじゃん。交通事故に遭ったって」

「何言ってるの、変なこと言うのやめてよ」

 茜の声に、苛立ちが混じっていた。

「いやいや、だって、昨日あんな包帯グルグル巻きにして……お前も見たろ?」

 近くにいた藤井悠太に翔大が尋ねるが、悠太は首を傾げて返答に戸惑っていた。

「なんで覚えてないんだよ、意味わかんねえ」

「何よ、私が事故に遭ってしまえば良いとか、そういう風に思ってるの?」

 声を荒げる由紀に、なんだなんだと、教室中の視線が集まる。

「何言ってんだ、意味分かんねえよ」

 同じように翔大も大声を挙げると、由紀が右手を挙げて、そのままパンと彼の頬を打った。教室が俄にしんとなる。打たれた頬を、翔大は左手でそっと撫でた。

「何なんだよ昨日から……もう、嫌になった、別れようぜ、俺ら」

「……こっちこそ、さよなら」

 大きな身体をクルリと翻し、ズカズカと自分の席に戻ると、肩に掛けていたスポーツバッグを乱暴に床に投げ捨てた。教室の中が再びザワザワとし始め、しばらくして予鈴が鳴るとその喧騒も次第に収まっていった。

 しかし、どういうことなのだろう。どうして、翔大の記憶は改竄されなかったのだろう。確かに、交通事故の記録は村上由紀のテキストファイルから削除したはずなのに。いくら考えてもその答えはでない。しかし、ただ書いた内容は確実に真実に変わっていった。

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