1.
「それでは、授業を終わります。完成したファイルはCドライブ内にある、ローマ字でKADAIと書かれたフォルダの中に入れてください」
ガヤガヤと視聴覚室の中が賑わい出す。また間に合わなかった。茜はハァと溜め息をついて画面に表示されているアルファベットが羅列したウインドウを閉じた。保存しますかと画面に表示され、「はい」を選択する。コンピュータ内のCドライブを開くと、いくつかのフォルダの名前が並んだ。
「先生、終わらなかったんですけど、もしかして居残りですか?」
教室の後ろの方で、一人の男子生徒が面倒くさそうに手を挙げた。
「そうだな、来週のこの時間までに完成させて提出すること」
えー、と気怠そうにしながら男子生徒は苦笑いを浮かべる。そう。居残りしないといけないんだよ。諦めなさい、藤井君。私なんて毎週居残りしているんだから。
カチカチ、とKADAIと書かれたフォルダをダブルクリックしようとして――誤ってその隣にあったフォルダを押してしまった。中身が表示されて、慌てて戻るボタンをクリックしようとしたところで、ふと手の動きを止めた。「開けるな」と書かれた、如何にも怪しいフォルダがひとつ、そこにはある。なんだこれは。そもそも、今開いてしまったこのフォルダは何だろう。確かめてみると、アルファベットで「KIROKU」と書かれている。記録? 何の記録?
――キーンコーンカーンコーン
ハッと我に返り、茜は指定されたフォルダを選び直してそこに出来上がったファイルを保存した。そそくさとパソコンを終了させ、教科書と筆箱を手に視聴覚室を出た。
「アカネー、今日の課題、終わった?」
ポンと肩を叩かれ茜が振り向くと、そこにクラスメイトの村上由紀の姿があった。
「全然。もう、意味分かんない」
首をすくめて答えると、由紀が安心したように微笑んだ。
「良かったー、私もなんだ。じゃあ、今日も一緒に居残りだね」
「ユキも? うん、一緒に頑張ろう」
情報の時間は、毎時間ごとに何らかのファイルを作って提出するのが常となっていた。一年生の初めは簡単な文章を書いて提出するだけだったので居残りすることもなかったが、二年生になってからはプログラミングを書くという内容に変わり、だんだんと時間内に課題を終えることが出来ない生徒が増えてきた。そもそも、今週はコンピュータとジャンケンをするというプログラムを作るのが課題だったのだが、それを作る能力を得て一体将来の何の役に立つのか理解出来なかった。まあそんな情報の授業も一学期で終わり、二学期からこの時間は数学の授業に充てられることになっていたので、夏休みを迎えるまでの我慢だと思えば乗り切れないこともない。今日も放課後に由紀と二人、仲良く教科書を睨みながらプログラムを完成させればすむ話なのだ。とはいえ、二学期になって数学の時間が増えるのも嬉しいことではないのだけれど。
「さっさと終わらせて、アイスでも食べて帰ろう」
「いいね、最近暑くなってきたし!」
「そういや、駅前にフォーティーワンできたでしょ? あそこ行こうよ!」
「行く!」
よし、今日もひとつ楽しみができたぞ。由紀の提案に二つ返事で答えて、二人は教室へと向かう階段を上がっていった。